塔の研究室(3)
「……ところで、ミナの父母、祖父母、曽祖父母、その前……とにかく、血がつながっている先祖で、誰か皇家に仕えた人はいないのか?」
私は首を横に振った。
「ぜんっぜん!村の他の家でも聞いたことないです。
帝都も皇家直轄領も奉公とかにいける距離じゃないですし。
村から出ても、せいぜい領都くらいまでですかね……」
皇家どころか男爵家に仕えた人も知らない。
それに、なにげに地元志向が強いのだ。
山奥のなーんにもないとこだけど、そこまで貧しくはないし、ご飯美味しいし。
ふむぅとアルベルト様は考え込まれたけど、それ以上はおっしゃらなかった。
たまにこういうことがある。
「ここから先は、私には言ってはいけない」っていう壁が、アルベルト様にはある。
別に私のことを信用していないから言わないってことじゃなくて、誰に対しても言えない皇家の内緒ってことなんだろう。
無理に壁を叩き壊そうとしたら、きっとアルベルト様を苦しめてしまうから聞かないけれど……
ギネヴィア様にも「壁」をほんのり感じることがあるけれど、あちらはヨハンナのぶっちゃけトークのおかげで、だいぶ「壁」のかたちがわかるようになった。
アルベルト様のことはまだヨハンナには言ってないから、アルベルト様の「壁」のかたちは私が自分で見つけなきゃ。
……ま、アルベルト様の「壁」は、要するに皇家の魔力の秘密とかなのかな!て気は相当しているけど。
「で、アルベルト様の方は、なにか新しくわかったこととかないんですか?」
「ああ。
ヴェント村の歴史を調べてみたら……
なんと入植の記録がなかった!!」
ものすごいドヤ顔で言われて、はいい??ってなった。
「隣のペジテ村、セム村には、事前調査や入植計画の検討資料、入植者の募集、入植後の状況報告といった記録が色々あるんだ。
あのあたりに入植が始まったのは皇暦40年代頃みたいだね。
だけど、ヴェント村には記録がない」
「いやそりゃちっちゃい村ですけど、ペジテやセムだってそんな大きくはないですし。
なんでうちだけないんですか……」
ちっちゃいからって記録しなかったとか?
ちょっとひどくない??
領主様にお伺いしたらって思ったけど、男爵家の領になったのは4代前のことで、それまでは今はなくなった侯爵家の領だったのを思い出した。
百年ほど前、皇家のお家騒動に連座して取り潰されたんだって聞いた覚えがある。
「でも徴税記録は古くからある。
最初のものは皇暦33年だった」
んん?
ペジテやセムに入植する前から?
領都にはペジテやセムの方が近いし、便利だ。
別にペジテやセムが暮らしにくいわけでもないのに、わざわざさらに奥にあって不便なヴェント村から先に入植した意味がわからない。
アルベルト様はどういう意味かわかるかなって、ラピスラズリの瞳で笑ってる。
「えっと……
魔獣の大群がめちゃめちゃ湧くようになってエスペランザ王国が滅んだ後、今の帝国のほとんどの地域は人が住めなくなって、小さな国に分かれて海っぺりとかでほそぼそと暮らしてたんですよね」
帝国史の授業で習ったことを言ってみた。
うんうん、とアルベルト様は頷く。
「それで200年くらい経った後に、初代皇帝エルスタルが現れて、小さな国をまとめながら魔獣の群れをどんどん撃退し、初期帝国が成立。
その後も帝国は版図を広げ、最後の魔獣の大群をエルスタルの娘『カイゼリン』が「キームの栄光」で打ち破って、魔獣の大群は出なくなって……
3代皇帝の頃に、今の帝国の領土がほぼ確定して、魔獣のせいで住めなくなってたところに、どんどん入植できるようになって、どんどん豊かになったと」
指を折りながら、帝国初期の動きを確認する。
そういえば、宮殿で初代皇帝エルスタルの王宮の彫像を見たのだった。
背は高いけれどひょろっとした、髭を伸ばした細面の人で、悲しげな眼でこちらを見下ろしていた。
超人的な活躍で魔獣を撃退し、諸国を次々と併合して大帝国を作り上げた人だから、スーパーミハイル様的な、ムキムキなタイプかなと思っていたら、むしろ修道士のような印象だった。
ちなみにひょろっとした感じは、アルベルト様にちょっと似てる。
「逆に、ヴェント村には、ずっと人が住んでいた?とか??」
それくらいしか思いつかなくて、言ってみた。
ヴェント村はちいさな盆地に広がる村で、川も流れている。
冬は寒いし雪も降るけど、そこまで厳しくはないし、自給自足できなくもない。
「よくできました!!
俺もその可能性があるんじゃないかと思ってるんだ」
アルベルト様は私をむぎゅーと抱きしめて、わしゃわしゃと頭を撫でてくれた。
えへえへってなってしまう。
「あ? だったら、ヴェント村が『発見』された時の記録はないんですか?」
入植するなら、魔獣で住めなくなったまま、200年放置されていた土地を探索して、どこなら入植できそうか、事前に調査したはずだ。
誰もいないはずの山奥に、いきなり村があったら、めっちゃびっくりしそう。
「そうそう。
そっちも探してる。
あるとしたら、帝国文書館だとは思うんだが、問い合わせても該当資料はないって返って来たんだよな」
「最初にヴェント村を治めてた侯爵家のものって残ってないんですか?」
「あの家は徹底的に潰されたからね。
とりあえず、ヴェント村の話はこんな感じか。
ああそうだ、今季のミナの魔法修行はどうする?
引き続き探してはいるんだが、光魔法の資料がさっぱりなんだよな……
下級魔法の魔法陣の手引書もないってのがどうにも」
「あ……」
そうだった。
魔導研究所に来てるのはそもそも光魔法の研究&練習のため。
なんだけど、全然進んでないのだった……
私も帝国図書館で少し調べたけど、光魔法を使った記録があるのは帝国初期の皇族くらい。
魔法の名前と簡単な説明しかない。
属性魔法なら、エスペランザ語で魔法陣の描き方を下級から練習して、できるようになったら中級、上級と進んでいくものなんだけど、とっかかりがなさすぎる。
「とりあえず、無属性魔法でいくつか覚えたいものがあるんですけど。
『防御結界』って無属性なんですよね?」
うんうんとアルベルト様は頷く。
遺跡でエドアルド様が使ってた「結界石」は、床に叩きつけたりして衝撃を与えると「防御結界」を発動できるようにした魔石だ。
「私、ギネヴィア様の侍女候補にしていただいてるじゃないですか。
でも、気がきく方でもないし、せめてなにかあったときにお守りできたらいいなって」
「なるほろ……」
アルベルト様は頷いた。
皇家について調べていてびっくりしたけど、「不慮の事故死」「突然の病死」「謎の不審死」を遂げた皇族って結構多いのだ。
要は暗殺とかそういうことだよね……
ギネヴィア様は難しいお立場だということだし、今後、お嫁入り先の選定が進むにつれて、悪い人に狙われることもあるかもしれない。
「ん。そういうことなら、『ライト(大)』を高威力化して、光魔法の『閃光の矢』みたいにできないか、やってみるのもよいかもしれないな。
春季中に、もう少し新しい魔法も覚えたいところだが……」
「わーい!
どんなのが良いですかね……」
せっかく学院に来てるんだし、魔法はできるだけ使えるようになりたい。
アルベルト様は、無属性魔法のハンドブックを出してきてくださって、あれこれ相談しているうちに、気がついたら夕方。
夕ご飯、食いっぱぐれる!
もっかいむぎゅむぎゅして、また来ます!!って、慌てて寮へ戻った。
 




