塔の研究室(1)
「ただーいまー!」
4月、貴族学院に戻ってきた私は、荷解きもそこそこに、お土産を詰め込んだズタ袋を担いで魔導研究所の主塔のてっぺんまで駆け上がると、バンと鍵のかかってない扉を開いた。
「ミナ!!やっと帰ってきたか!!」
瓶底眼鏡によれよれ白衣のアルベルト様が飛んできて、むぎゅーって抱きしめてくださる。
えへえへになりながら、ぎゅーって抱き返してすりすりした。
家じゃないのに、なんか帰ってきた!!て感じで、にゅる〜…って溶けそうになる。
は、と気がついて顔を離して見上げた。
「アルベルト様、『ただいまー』には『おかえりー』ですよ?」
「あ?そうか。
じゃあミナ、『おかえりー!』」
「ただーいま!
いっぱいお土産もってきたですよ!」
おでこにキスしていただいて、もっかいむぎゅむぎゅし直して、ソファにくっついて座った。
最後にここに来たのは年末のこと。
それから色んなことがあった。
まず帝都の男爵家に移動して、新年は領主様ご家族とご挨拶。
跡取りの長男ご一家だけでなく、独立していらっしゃる次男ご一家もいらしてにぎやかだった。
立ち居振る舞いが令嬢らしくなったって、褒めていただいた。
領主様の叔父様とか、初めてお会いする人もいて、緊張したけど楽しかった。
年明けには初めての舞踏会。
エスコートは領主様にしていただいた。
場所は大宮殿の、一番大きなホールで、集まったのは3千人はいたのかな。
先代皇帝陛下、皇帝陛下、皇太子殿下ほか主要皇族ご臨席で、なにもかもとにかくすごかった。
それから、ギネヴィア様のお住まいである小宮殿にお招きいただいた。
大宮殿は「荘!厳!」という感じで、入り口のホールとか初代皇帝を真ん中に、「カイゼリン」とか「アウローラとレクシア」など有名な皇子皇女のめっちゃ大きい石像が並んでたりして、ちょっと怖い感じもあったけれど、ギネヴィア様のお住まいは、冬なのにお花でいっぱいでかわゆくて素敵だった。
帝国では皇帝だけが複数の妃を娶れるのだけど、ランクがいくつかあって、皇妃だと独立した小宮殿に住み、それ以外は建て増し建て増しで迷路のようになった「中の宮」「後の宮」と呼ばれるところに住むことが多いらしい。
ギネヴィア様のお母様、第三皇妃殿下にもお目にかかった。
年が離れたお姉様じゃないの?ってくらい若くみえる、可愛らしい方。
ギネヴィア様はお母様似みたい。
妃殿下は、お姉様の忘れ形見であるアルベルト様がご心配のようで、研究室の様子やら普段の暮らしぶりやらお話した。
代わりに?アルベルト様やギネヴィア様の子供の頃のお話とかしていただいて、とても楽しかった。
ギネヴィア様は、フオルマへの嫁入りが消え、帝国に留まることになったので、皇家に伝わる高度な魔法を改めて伝授されているとかで、ちょっとお疲れのご様子だったけれど。
それからそれから、卒業されたお姉様方のおうちに遊びに行かせていただいたり。
ウィラ様はエドアルド様と一緒に領地に戻られたので一度しかお会いできなかったけれど、ゲルトルート様に歌劇に連れていっていただいたり、エミーリア様のお買い物にお供したりした。
あとは、ヨハンナやリーシャと一緒に帝都見物!
下町の繁華街でお店を見たり、買い食いをしたり、めっちゃ楽しかった。
「買い食いって初めて」って言ったら、「どこのお嬢様!?」ってリーシャにびっくりされたけど、村だと祭りの時でも屋台とかないからね……
というか、お祭りでもないのに、帝都ってなんでこんなに人がいるんだろう。
ヨハンナとは帝国図書館や本屋、博物館や美術館にも行った。
実はヨハンナは学院入学よりずっと前、10歳の頃に、図書館でギネヴィア様と知り合ったんだって。
歴史書の古典を読みに来たら、その本は書庫にあるけれど平民には出せませんとか言われて、どゆこと??てやってたところに、ギネヴィア様が通りがかり、面白がって、本を貸してくださったのがきっかけらしい。
図書館では、やっとアルベルト様──アルヴィン皇弟殿下の項目が確認できた。
よく考えたら年も聞いたことがなかったけれど、今年で20歳。
魔法属性欄は空欄になってた。
10歳の時に魔法研究所の所長になって、アルケディアの遺跡に関する論文で、2年前に「魔導考古学」の学士号を取られてる。
論文をたくさん書いててびっくりしたけど、ヨハンナに、複数の著者がいる場合は最初の人が「筆頭著者」といって論文を主に書いた人、最後の人が研究グループの中で一番偉い立場の人だって教えてもらって、筆頭著者になってる2本の論文だけ、とりあえずノートをとった。
ヨハンナのおうちに何度かお泊りもさせてもらって、学院では話しにくい、皇家の歴史ぶっちゃけ版やら、ギネヴィア様の今のお立場を中心に、国内の政治状況というか勢力争いというかな話も聞いた。
強引に召し上げられたアルベルト様のお母様が亡くなったことで、先代皇帝とご実家のバルフォア公爵家の間がかんなりこじれてしまい、隙あらば皇家を批判するようになった先代バルフォア公爵(ギネヴィア様の母方のおじいさま)と、批判されたら3倍にして返す先代皇帝(父方のおじいさま)の間で色々気を使わないといけなくて大変なんだそうだ。
黒髪のギネヴィア様を歓迎していない、フオルマ王国へのお嫁入りの話がずっと残ってしまったのも、帝国としてフオルマとの結びつきを深めたいというのももちろんあるけれど、ギネヴィア様を帝国の外に出して、バルフォア公爵家の勢力を削ぎたいと考える人達がいたからなんだって。
フオルマ王太子との婚約が空中分解して、ギネヴィア様がめちゃくちゃ喜んでらしたのはそういうこともあったのか。
とかやってる合間に、奥様にエスペランザ語を習ったり、紅茶や珈琲の淹れ方や刺繍を習ったり。
お茶会は基本、紅茶だけれど、ギネヴィア様はちょいちょいコーヒーも飲まれる。
ほんとはコーヒーの方がお好きな風でもあるので、そっちの淹れ方も覚えないと。
2月の終わりに、領主様が領地へ戻るのに合わせて私も戻り、実家にも帰省した。
すっかり大きくなってた弟のトマは、最初「誰……?」ってなって大泣きして、こっちが泣きそうになったけど、しばらくしたら思い出したのでむぎゅむぎゅこちょこちょの刑にした。
父さんも母さんもすっごい喜んでくれた。
手紙は何度か出してたけど、学院で、私がいじめられてるんじゃないかってずっと心配だったんだって。
ギネヴィア様やお姉様方にかわいがっていただいてること、ヨハンナやリーシャや友達もたくさんできたことを話すと、よかったよかったって安心してくれた。
というわけで、てんこもりの春休み。
ヨハンナに聞いた勢力争いの話以外は、アルベルト様にも「手紙鳥」でお知らせしていたのだけれど、やっぱりお顔を見ると、あれもこれもってお話してしまう。




