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番外編:ピンク髪ツインテヒロインはなぜ攻略対象を一人も落とせなかったのか

ギネヴィア視点の番外編です。

「ギネヴィア様、こちらのデイドレスはいかがいたしましょうか」


「ああ、それもあったわね。

 置いていってもよいと思うけれど、あなたの判断に任せるわ」


 学院舞踏会が済んだ翌日、わたくしはのんびりと帝都に戻る支度をしておりました。

 生徒の半分近くが今日中に出立するので、貴族寮や一般寮はざわざわしているようですが、今はわたくし一人しかいない皇族寮は静かなもの。

 こちらは明後日に出る予定です。

 帝都に戻ると、また面倒な調整が続きますしね。


 服や身の回りの物は侍女にまかせて、帝都に持ち帰って読まなければならない本や資料を整理します。

 あらかた整理できたところで、文箱の下の方から、今季、叔父様から受け取った「手紙鳥」がまとめて出てきました。

 順番を揃えながら、軽く読み返しておきましょうか。



------------



<今日、学院から、魔法の指導が難しいんでこっちでなんとかならないかって、学院長が女の子を連れて来た。

 1年の編入生で、ウィルヘルミナ・ベルフォードって子なんだけど、どういう子なのか調べてくれる?

 俺の「隠形」が通用しなかったんだよね。

 どういうことなのかこっちもわかんないんだけど。>


 ミナについて触れた最初の手紙です。


 この時、私はミナのことはほとんど知りませんでした。

 光魔法で魔獣を倒したことがある元平民が1年に編入生として入ってきたとは聞いていましたが。

 じゃあ今度お茶会に呼びますわと返事をしたはずです。


 叔父様の「隠形」はかなり高度な魔法で、わたくしならすぐそばまで近づかれてもまったくわかりません。

 先代陛下エロクソジジイ当代陛下おとうさま皇太子殿下おにいさまならば、ある程度の距離で気がつくとは思いますが、巧く陽動を合わせられたら難しいかもしれません。


 はっきり言ってしまうと、叔父様は皇家の中で忌まれています。


 一つは凶悪なまでの「魅了」の強さ。

 叔父様の世話は自分がするのだと女官同士が争って怪我人が出た事件で、叔父様が「魅了」体質だと発覚したのですが、その時、女官の一人は相手の眼を素手で抉り出し、頸動脈を狙って噛みついたと聞いています。

 そんなことをしでかした女官は、魔力も十分あり、本来なら魅了にかかりにくいはずの人で、普段はおとなしい性格だったそうなのですが……

 その事件の少し前に心臓が弱って突然亡くなられた叔父様のお母様、わたくしから言うと伯母様の死因を改めて調べたところ、叔父様の侍女による毒殺だったことがわかりました。

 あまり知られていない異国の毒で、侍医も見過ごしてしまったのです。

 侍女はもともと伯母様の乳姉妹で、大変仲が良かった、それでも伯母様を殺めてしまったのだと、わたくしは聞きました。


 さらに「魅了」で他人に悪影響を及ぼさないよう工夫するうちに、使えるようになってしまった魔法「隠形」も警戒されています。

 「隠形」を見抜くことができるのは、皇族の中でも特に魔力が高い者だけ。

 いくら護衛を置こうとも、すぐそばまで気取られずに接近できてしまいます。

 人に知られたくない秘事を暴くこともできます。

 悪事の証拠を捏造して私的な金庫に入れ、知らぬ顔で告発することもできます。

 護衛の間をすり抜けて、暗殺することもできます。

 万一途中で露見しても、「魅了」の力で護衛を自分の味方に換え、標的を襲わせることまでできます。


 身内ではありますが、身内だからこそ、その力は恐ろしいのです。

 数代前の話ですが、皇族同士で私怨による殺人事件が起きたこともありますし。

 皇宮の奥深くに隔離し、「塔」に移せる年になったらさっさと移してしまったのは、先代皇帝エロクソジジイ当代皇帝おとうさまも、叔父様を不気味に思われていたからではないかと思います。

 第3皇妃であるわたくしのお母様と、その実家のバルフォア公爵家という後ろ盾がなければ、いつの間にか「消されて」いたかもしれません。

 もともと、わたくしのお母様と当代皇帝おとうさまの婚姻が先に決まっていて、伯母様は別の方に嫁ぐはずだったのが、デビュタントで伯母様を見初めた先代皇帝エロクソジジイが無理やり召し上げたあげくの惨事です。

 ここで忘れ形見の叔父様までどうかなってしまったら、皇家と公爵家の対立が致命的なものになりかねませんからね。



 そんな叔父様ですが、わたくしにとっては数少ない本心を打ち明けられる相手。

 「塔」に移されてからも「手紙鳥」のやりとりを通じて、フオルマとの縁談に振り回され続けたわたくしをずっと励ましてくださった方です。

 「魅了」のリスクがありますし、あまり皇家を刺激したくないこともあって、近くにいてもなかなか直接お会いできませんが、叔父様のためならばできる限りのことはしたいと、すぐにお茶会にミナを招きました。



 一度目のお茶会、ミナは自己紹介のやり方も知らなくてびっくりしました。

 昔は学院でも皇族は上位貴族とばかりつきあっていて、上位貴族下位貴族の間にも大きな隔てがあったそうですから、男爵家はミナがいきなり正式な自己紹介が必要になる場に招かれるとは思っていなかったのでしょう。


 でも、緊張はしても臆さず、知らないことを積極的に学ぼうとするミナにはとても良い印象を持ちました。


 皇族の中でも、特に魔力が強い者とそうでもない者がいます。

 わたくしは属性が水土の2つだけですから、後者とみなされています。

 僻みと言われるかもしれませんが、魔力が強い皇族には、おのれの力を誇るあまり、視野が狭くなり人格が歪んでいる者が少なからずいます。

 

 ミナにはそういう癖がまったくありませんでした。


 兄弟姉妹の間でも魔力の多い少ないを巡って角突き合いがあり、父や祖父母からも自分の立場をより優位にするための駒として見られがちな環境に育ったわたくしには、並み外れた魔力があるのにここまで素直な子がいるということは大変新鮮なことでした。

 

 そんなわけで、叔父様には、ミナの印象と、彼女は自分の魔力の価値を理解していないこと、貴族社会でうまくやっていく準備がまだできていないことを書き送りました。

 後者についてはこちらでなんとかするけれど、叔父様がミナに関わるつもりならば、魔力についてはそちらででなんとかしてやってほしいとも伝えました。


 といっても、わたくしがみずから礼儀作法を教えるわけにはいきません。

 いきなりそんなことを始めたら、特別扱いされているとミナが学院で孤立する可能性もあります。


 ふと子供の頃からの友人、ゲルトルート、エミーリア、ウィラがそれぞれ婚約者との間に問題を抱えていることを思い出しました。

 3人の問題にミナを巻き込めば、それぞれ令嬢としてやっていくために必要なことを学んでもらうことができそうです。

 3人とつながりができるのも、後々役に立つことでしょう。

 ヨハンナに相談して、巧く段取りをつけることができました。


 というわけで、「悪役令嬢連合協議会」の活動兼ミナの令嬢修行が始まりました。



------------



 そんなことをしているうちに、叔父様から来る「手紙鳥」は、次第に<ミナかわいい><ミナ今どうしてるかな>と、ミナ一色になり、ちょっと返事に困るようになってきました。


<学院でミナに彼氏ができたらどうしよう>

<イケメン貴公子っていうのは、なんなんだ! 俺よりどのくらいイケメンなんだ!?>

<今日もミナがかわいかった!俺のことちょっとは意識してくれてるのかな…>

<俺がキモいこと考えてるのがバレたかも!ヤバイ!もう無理!>


 ほんっと、もだもだもだもだうっせーですわ!!

 数えるほどしか会っていない上、会う度に不快な態度をとってくる「婚約者」はいましたけれど、わたくしだって恋なんてしたことがないのですよ?

 恋の助言なんてできるわけがないじゃないですか。


<どうしようって、どうしようもないんじゃないかしら>

<叔父様のお顔、わたくし見たことないからわからないわ>

<ミナはなんにも意識してないから!叔父様正気に戻って!>

<そもそもこの手紙がほんとキモいんですけれど!!>


 包むオブラートも尽きてしまって、何度かこんな返事を送ってしまったのは仕方ないと思うのです。


 叔父様は長年女性と接していませんもの。

 そんなところに愛くるしいミナが現れたのですから、好きになってしまうんじゃないかとは思っていました。

 でも、重い宿命を背負わされているのに、いつも飄々としている叔父様が、ここまでもだもだし始めるとは思ってもみなかったことでした。


 ある日、意味がわからない「手紙鳥」が来ました。


<やらかした。

 ミナに合わせる顔がない>

 

 深夜に「手紙鳥」を何往復もして、ようやくなにがあったのか──ミナに「魅了」が影響しないことがわかったこと、例の事件以来初めて人に触れ、動揺して泣いてしまったことを聞き出しました。

 ミナはわけがわからないなりに叔父様を抱きしめて慰めてくれたそうですけれど、我に返るとさっと逃げてしまったそうです。

 今度こそ嫌われたと叔父様のもだもだは凄いことになりました。

 魔力おばけだからといって、「手紙鳥」をがんがん送って来られても、わたくしは明日の朝1限から授業があるのですけれど!


 叔父様のもだもだより大事なことがあります。


 「隠形」が通用しなかっただけでなく、叔父様の「魅了」も影響しない。


 この一点だけでも、ミナには計り知れない価値があります。

 「隠形」だけなら、たまたま叔父様がしくじった可能性もありましたが、意図せず相手を狂わせる「魅了」も効かないということは、もうこれは精神干渉系の魔法が効かないとしか考えられません。

 ミナを側に置いておけば、検知しづらい精神干渉系の魔法を使った謀略を無効化できるのです。


 これを知ったら、先代陛下エロクソジジイも、当代陛下おとうさまも、皇太子殿下おにいさまも必ずミナを欲しがるでしょう。

 大公、公爵といった準皇族だって欲しがります。

 ということは、権力者におもねりたい人には、ミナは絶好の貢物になるということです。

 まずはミナをわたくしの庇護下に置く手続きを進め、特に先代皇帝陛下エロクソジジイの魔手が伸びてきそうになったら、最悪、帝国から逃がす算段も考えなければ。


 同時にどうしてこんなことが起きるのか、ミナの魔力の解明も進めなければなりません。

 光属性も闇属性も、適性をもつ者が少なすぎて研究が進んでいませんけれど、光属性魔法が使えるからといって、闇属性魔法を打ち消すことができるとか、そんな話は聞いたことがありません。


 思いついたのは、母方の親戚にあたるエドアルド。

 彼なら十分な能力もありますし、もし公になったらまずいことがわかっても、秘密にしてくれるでしょう。

 なにしろ、ウィラもミナを大変可愛がっていますからね。


<大丈夫?

 エドアルド、ミナに惚れたりしない?

 ミナがエドアルドに惚れたりしない?>


<そうなったらそうなったで仕方ないじゃない!

 自分が顔合わせらんないって言い出したんでしょ?

 なに言ってんの!>


 こっちは忙しいのです。

 叔父様の扱いがどんどん雑になるのも、仕方ないことですよね。

 エドアルドがどんなにウィラを熱烈に恋しているか説明しても、叔父様のもだもだが止まるわけでもありませんし。



 遺跡での事件を挟んで、久しぶりに「塔」を訪問しました。


 一度、遺跡研究員から、普段から研究所に出入りしていて回復が早かったミナ個人に調査協力の要請が出ていたそうなのですが、それは叔父様が気づいて止めてくださったそうです。

 ミナはなにを話したらまずいのか、まだよくわかっていませんからね……危ないところでした。

 主にエドアルドから説明し、雲行きが怪しくなったら最悪わたくしが切り上げる段取りにして向かいました。


 叔父様は、相変わらず私には「見えない叔父様」でしたが、会合に同席してくださいました。


<それにしてもギネヴィアは綺麗になったなぁ。

 美しくて、威厳もあって、立派な皇女殿下だ。

 髪を耳の上で結んで、庭を駆け回るお転婆な女の子だったのに。

 おじさん嬉しいよ。>


 ちょっとしんみりしてしまいました。

 そういえば子供時代、わたくしはよく「ツインテ」にしてもらっていたのですよね。


 それにしても、顔を合わせてしまえばまた仲良くできるだろうと、ミナに居残りを勧めたのに、珍しくミナのことに触れていません。

 違和感を感じつつ、「ありがとうございます。また折りを見て、お目にかかる機会を設けたいと思います」と久しぶりに普通に返事をしたのですが……



 図書館でミナから叔父様に「振られた」と聞いた時には、どうしてくれようかと思いました。


 あれだけ!わたくしに!もだもだ「手紙鳥」の相手をさせておいて!!!なんなのそれ!!!!

 せめて報連相してください報連相!!!

 あの場で「染み出し」を起こさなかった自分を自分で褒めてやりたいです。

 

 といってもこのままじゃミナがかわいそうですし、叔父様のことも放ってはおけないので、舞踏会の夜にはミナが塔に顔を出しやすいよう、念の為の用意もし、ミナが向かった後、叔父様に<ミナにお誕生日の贈り物をもたせたので、お茶くらいだしてやってください>と一報入れておいたのですけれど。



<「ベルジェの卵」、懐かしかった。

 ミナと、ワルツもどきを踊ったよ。

 ありがとう。

 全部、君のおかげだ>


 昨日の夜遅く、叔父様から来た「手紙鳥」です。

 巧く行ったのかしら?と首を傾げていたら、朝になって、ミナが挨拶に来ました。

 自分の思いを伝えられたと、とても晴れやかな顔をしていました。


 色々ありましたけれど(主に叔父様のせいで)、まずは収まるところに収まってくれて、本当に嬉しく思いました。



------------



 手紙を整理して封のかかる文箱にしまい直し、他の片付けも終えたところで、少し外に出ることにしました。

 挨拶を受けるのが面倒なので、学院のカフェテラスにはあまり行かないのですが、今日ならそんなに生徒はいないかもしれません。


 案の定、生徒はほとんどいませんでした。

 営業はしているようです。


 サンルーム風になっている窓際の席の方に向かうと、エミーリアの婚約者のオーギュスト・コンテがいることに気が付きました。

 珍しく女子生徒に囲まれておらず、一人です。

 

 こちらに気がついて挨拶に来たので、手を差し出して唇を受けました。

 学院でこの挨拶をするのは、大仰な気がしてあまりしないのですが、彼にはつい手を差し出してしまうのが我ながら不思議です。

 流れで、一緒にお茶でもということになりました。

 コーヒーを頼んで、エミーリアとの新年の予定の話を聞きます。

 その後、エミーリアとは順調なようで安心しました。



 そういえば、一つ不思議なことがありました。


 わたくしは、ミナが叔父様と巧く行けばよいなとは思っていましたが、一方で腐りきっていると言わざるを得ない状態の皇家にミナを巻き込んでしまうのはどうかという気持ちもありました。

 なので、もし、ミナを守る力のある者と確かな関係が作れるのなら、叔父様には気の毒なことになるけれど、その方がミナにとってはよいかもしれないと思っていたのですが……


 でも、「下剋上」の標的になった3人はちっとも引っかからなかったのですよね。


 ゲルトルートに怯えていたミハイル、エミーリアの礼儀正しい塩対応に疲れていたオーギュストあたりはころっとミナに行ってしまうかもと思っていました。

 ウィラが好きすぎるエドアルドはさすがに無理だろうとは思いましたが、ミナとの出会いをきっかけに、頑なにエドアルドを認めないウィラを諦めてしまう可能性もなくもなかったはずです。

 3組とも、それぞれ巧い具合に収まってくれて、それはそれでよかったのですけれど……

 ちょっと腑に落ちない気もするのですよね。


 ミナは可愛らしいし、なにより生き生きとした魅力があります。

 わたくしもそうですけれど、ゲルトルートもエミーリアもウィラも、ミナを可愛がっています。

 わたくし達が男爵家の養女、しかも農家で生まれ育った娘とこんなに親しくなるだなんて、普通なら考えられないことです。

 

 言ってみれば、ミナはわたくし達にはめちゃくちゃモテています。


 でも、男子にはそうでもないみたい。


 舞踏会のエスコートの申し込みが一人もなかったと聞いてびっくりしました。

 ゲルトルートも驚いて、ミナをよく知っている男子に訊ねたら、「…ミナはかわいい。けど、なんか違う…」と要領を得ない答えが返ってきたと言っていました。


 あまたの令嬢から熱視線を向けられ、それに応えながらも、でも決して深入りはさせずに巧く楽しんでいるオーギュストなら、なぜミナが男性に今ひとつモテないのか、教えてくれるのではないでしょうか。



「ウィルヘルミナのことはご存知よね」


「ええ。

 昨日の夜、ワルツを少し踊りましたが、デビュタントも問題ないかと」


「あなたがそう言うなら安心だわ。

 ところで、あの子にエスコートの申し込みがなかったと聞いて、わたくし達びっくりしたのだけれど、なぜなのかしら。

 彼女に魅力がないとは思えないのだけれど」


 んん、とオーギュストは首を傾げました。


「もちろん、レディ・ウィルヘルミナは大変魅力的で、愛らしい令嬢ですが……

 私は最初に会った時から『異性』として、まったく意識されていませんでしたし、エミーリアの夕食会で彼女と話した友人達も、同じ印象を受けたと言っていました。

 なんと言いますか、壁にかけられた肖像画を『鑑賞』されているような感じで……


 それで、他の男がまったく目に入らないくらい、強くお慕いしている方がいるのだろうという話になったのですが、他の者もそう考えたのではないですか?」


「え。そんなはずは……?」


 今度はわたくしが首を傾げてしまいました。


 わたくしは、ミナが叔父様のことを「意識」するようになったのは、皆で塔に出かけた日、叔父様がミナを「振った」時だと思っていました。

 数日後、叔父様に振られたと聞いた時に、なにか覚悟のようなものが見える顔に変わっていましたし。


 オーギュストがミナに会ったのは……確かヨハンナにねだられて悪役令嬢四天王ごっこをした日のはず。

 その時点で、女性からの視線に敏感なオーギュストが、自分はまったく意識されていないと感じるほど、ミナがはっきりと叔父様のことを想っていたというのは腑に落ちません。

 そこまで想っていたのなら、婚約者達の気を引いて「真実の愛」に目覚めさせるなどという話は断っていたでしょうし。


「それは違う、ということでしょうか」


 頷きます。

 恋人ができた時期の話をして、では誰だということになると面倒です。

 あまり詳しく話したくない雰囲気を汲み取ってくれたようで、それ以上は訊かれませんでした。


「ふむ……

 では、もしかしたら、彼女は恋の準備ができていないのではないのかもしれませんね」


 「えええ?」


 思わず声に出してしまいました。


 ミナは思いを伝えたと言い、叔父様は二人でワルツを踊ったと言うのですから、少なくとも互いに好きだと伝えあっているはずです。

 ……ですよね!?


「確か殿下も『大陸文化史』の授業をとっていらっしゃいましたよね。

 最初の方に、いにしえの哲学者は『愛』を4つの種類に分けていたという話があったじゃないですか」


「性愛のエロス、隣人愛のフィリア、家族愛のストルゲー、見返りを求めぬ神の愛のアガペー、だったかしら」


 それです、とオーギュストは頷きました。


「人によって、4つの愛のバランスは異なります。

 聖職者であればフィリア、アガペーが強く、エロスが弱くて抑えやすい人の方が向いていますよね。

 学院には、家門を誇りとして、自分より下位の生徒には冷たい者もいますが、同じ血で結ばれた者は愛していても、同じ学院に通う仲間に情を向けないということですから、ストルゲーは強くともフィリアは弱いと考えられます。


 彼女の場合、他の面では愛情深くとも、エロスについてはまだよくわかっていないのではないでしょうか

 だから男子生徒は皆、自分は異性として意識されていないと感じ、申込みをしなかったのではないかと。


 別に、エスコートを申し込んだからといって、いい思いができる可能性は限りなく低いのですが、可能性がゼロの令嬢と、たとえ0.001%でもゼロではない令嬢がいたら、男は普通、ゼロの令嬢には申し込まないんです」


 我々は現金ですからね、とオーギュストは笑いました。

 

 そんなはずは、と思いました。

 ミナは去年まで村にいたのですから、男と女の間のあれやこれやについては、普通の令嬢よりも知っているはずです。

 少なくとも今は、叔父様のことが好きなはずです。


 でも、今朝のミナの様子を思い出しました。

 とても嬉しそうではありましたけれど、照れであったり、気恥ずかしさであったり、そういう気配はまったくありませんでした。

 キスの一つでもしていれば、相応の表情をちらりとでも見せたのではないかと思うのです。


 二人は思いを伝えあい、ワルツも踊った。

 でも、キスもなんにもしていない、のかも……しれません。


 ミナならありえる、と直感してしまいました。



「殿下もそのお一人ですが、レディ・ウィルヘルミナに愛される人は幸運です。

 嬉しいことがあれば心から一緒に喜び、辛いことがあればひたすら寄り添ってくれるでしょうからね。


 でも、彼女の恋人は、相当な苦労をすると思いますよ。

 抱きしめる、頬にキスするくらいのことならよいとして、『その先』に進む雰囲気にすることは、今のところ難しいのではないでしょうか。

 少なくとも私には、あの()()()()()()()()()と、どうやったらそうなるのか想像ができません」


 お手上げだ、と言わんばかりに、オーギュストは軽く両手を上げて説明を締めました。


「ああ……」


 「並外れた無邪気さ」。

 ミナを一言で言い表すなら、これ以上の表現は思いつきません。

 さすがオーギュストです。


 そういう子だから、わたくしや、ウィラ達はミナが大好きなのです。

 でもそれは、男子から見ると、友人なら好ましくとも、深い仲になるのは難しいと判断される理由でもあるのですね。


「なるほど……よくわかりました。

 あなたに聞いて、よかったわ」


 わたくしは納得して頷きました。

 

 「光栄です」とオーギュストは、世慣れない令嬢が向けられたらバタバタと失神しそうな、少しはにかんだ笑みを浮かべて、軽く頭を下げました。

 


 それにしても、もし私の想像が正しければ──


 叔父様は、今は思いが通じた喜びでいっぱいかもしれませんが、そのうちどうやったら「その先」に進めるのか、もだもだしはじめるのではないでしょうか。

 「体質」こそ特殊ですが、健康な若い男性なのですから。


 でも、学院一のモテ男であるオーギュストがここまで言うミナを、箱入り息子ならぬ「塔入り息子」の叔父様ごときがそう簡単にどうにかできるはずがありません。

 というより、「塔入り息子」だからこそ、男子生徒達が「なんか違う」と無意識に避けたミナに一直線に恋をしてしまったのかも……


 

 わたくしは、引き続き叔父様のもだもだ「手紙鳥」に悩まされることを覚悟するしかありませんでした。

ご覧いただき、ありがとうございました!

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☆★異世界恋愛ミステリ「公爵令嬢カタリナ」シリーズ★☆

※この作品の数百年後の世界を舞台にしています
― 新着の感想 ―
[一言] 非常に奇妙な物語と非常に異なるタイプのラブストーリーは確かに。少女の愛は、ミナさんが友達とスキンシップをすることにとても幸せで興奮していることだけにまで及ぶように思われることを考えると、これ…
[一言] きあーー!? ちょっと年始年末の忙しさに幽体離脱している間に、第二部始まってたァーーー!! ……という事で、前に読んだ所のラスト読み返しから入りました。 ……………叔父様もだもだもだもだもだ…
[良い点] みんな好きです。好感の持てるキャラばかりで読んでて癒しでした。 [気になる点] 続編が大変気になります。 [一言] ミナもお姉さまがたもかわいらしかったです。 完結されたので全編読み返して…
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