エピローグ 塔の研究室(1)
クロークで自分の荷物とギネヴィア様の贈り物を出してもらう。
贈り物は、バッグに入っていた。
ブーツに履き替えて、マントを羽織って外に出た。
ひゃあああ! もう陽が落ちてるし結構寒い。
ドレスの裾が地面に着かないよう少しからげて、足早に歩いていく。
ブーツだし、気合で走れなくもないけど、着付けがズレて直せなくなりそう。
アルベルト様、会いに行ったら喜んでくれるかな……
ちゃんと令嬢らしくなったって、褒めてくれたりとかとかとか!!
でも宿題なんにもできてないし、顔見た途端、「おかえりください」コースかな……
とか、希望と不安の間で、足を速めたり、涙目になってのろのろになったりしているうちに、研究所の正面玄関に着いた。
覚悟を決めて、守衛さんに目礼して中に入る。
すっごいびっくりされたけど、ドレス姿で夜に一人で歩いてくる令嬢なんてこの世にいないだろうからそりゃそうか。
中に入ったところでマントを脱ぎ、靴を履き替える。
玄関のホールを抜けようとして、ふと歴代所長のプレートに目が止まった。
今の所長の名前……
アルヴィン・ロベルト・コルネリオ・ユースタス。
最初の2つをくっつけると、アルベルトになったり……する?
いやいやいや、今の所長が就任したのは、今から10年前だ。
アルベルト様は当時10歳くらいってことになる。
10歳で所長はないでしょ、と思いながら、念のため歴代所長のプレートをたどっていく。
歴代皇帝の生年没年はまるっと暗記したばかり。
着任時に父親が何歳だったかは、このプレートだけでもわかる。
いた。
父親である6代皇帝が32歳の時に所長に着任して、8年務めている人がいる。
皇族や貴族の男性は、18歳から20代前半で結婚することが多い。
20歳で結婚してすぐ妊娠・出産となったとしても、着任時点で11歳、第3皇女だからもっと幼かった可能性が高い。
1人見つかると、2人、3人と見つかった。
探せばもっといそうだ。
歴代の所長の中には、普通に成人してから公務としてここの所長になった人もいるだろう。
でもここは、問題がある魔力を持ってしまった皇族を子供のうちから隔離する場所でもあるんだ。
皇族とはいえ子供なのに、なんで「所長」という肩書をつけるのかはよくわからないけれど……
ああああ、なんで所長をちゃんと『皇族譜』で調べなかったのかなあああああ!?
ギネヴィア様は、わざわざ馬車道から行くようおっしゃった。
近道になる野原を突っ切っていったら裏口が近いけど、馬車道からだとこのホールを通る。
もう一度、プレートを見なさいってことだ。
きっとこれが正解だ。
ぎゅっと、ギネヴィア様の贈り物を抱きしめて、塔へ上がる階段へ急いだ。
薄暗い階段のなかほどに、瓶底眼鏡によれよれ白衣、ラピスラズリのついた髪紐を結んだアルベルト様が壁に背をもたせかけて座っていた。
私に気づいて、こちらに向きなおる。
深々と、カーテシーをした。
「……アルヴィン・ロベルト・コルネリオ・ユースタス皇弟殿下、ギネヴィア皇女殿下より、お誕生日のお祝いをお届けにあがりました」
包みを差し出して見せる。
アルベルト様は、はー……と、ため息をつき、片手で顔を撫でると、バレたか、と笑った。
「とりあえず、俺のことはこれからもアルベルトと呼んでくれ。
……ここはエスコートするところなんだろうが、階段の幅が狭すぎるし、慣れてない俺がやると却って危ないから、自力で上がってもらった方がいいな。
ミナのペースで、ゆっくりでいいから」
荷物はこっちによこしなさい、と階段を降りて私から荷物を受け取ると、ほんとはアルヴィン様だけどやっぱりアルベルトってことになったアルベルト様は私の後ろに回った。
確かに、クリノリンで膨らませたスカートは階段の幅ぎりぎりだ。
上りでも、足元は全然見えないし、ちょっと怖い。
ドレスを軽くからげ、壁に手を添えて、ゆっくり上がりながら聞いた。
「ギネヴィア様とは、子供の頃から仲が良かったんですか?」
「ギネヴィアの母上は、俺の母上の末の妹だ。
それで、母上が亡くなった後もずっと気にかけてくれて、俺の『体質』がわかってからも、ギネヴィアとやりとりする機会を設けてくれた。
姿は極力見せずにね」
お母様、子供の頃に亡くなられているんだ。
というか、姉妹で父と息子に嫁いだのか。
『皇族譜』で姉妹共に同じ皇帝に嫁いだ例を見つけて、ドン引きしたことがあるから、姉妹で父子にならまだマシなのか……
といっても、父方で言えば叔父姪、母方で言えば従兄妹って関係は平民では考えられないけど。
アルベルト様は、階段を上りながら、どうやってギネヴィア様と遊んでいたのか教えてくださった。
左右の部屋とつながっている部屋にチェス盤を置き、ギネヴィア様が一手指すと右の部屋に行って合図し、入れ替わりにアルベルト様が一手指して左の部屋で待機したりしていたそうだ。
後は手紙や絵日記の交換をしたり。
アルベルト様が姿を隠す魔法「隠形」を使えるようになってからは、魅了の効果を遮断する眼鏡やローブ、手袋をつけた上で「隠形」をかけ、念の為ギネヴィア様の視界に入らない位置からおしゃべりしたり、庭で遊ぶギネヴィア様達をそっと見守ったりしていたこともあったらしい。
ギネヴィア様は「見えない叔父様」とアルベルト様を呼んで、慕っていたようだ。
「アルベルト」という名は、うっかりギネヴィア様が他の方の前で「アルヴィン叔父様」と口にして、お2人が交流していることが漏れてしまわないようにするための名で、本名より自分の名前のような気がするとおっしゃった。
小さい頃から、そこまでしないといけなかっただなんて。
「アルベルト様の目を見たり、身体に触ったりすると、普通はどうなっちゃうんですか?」
お互い表情が見えないからか、ぽんぽんと聞いてしまう。
「魔力が弱い者だと、近くで姿を見るだけでも駄目なんだが……魅了される。
狂って、他の者を殺してでも、俺を独占しようとするようになる。
6歳の時に、俺の世話をする女官が酷い掴み合いをして、一人が大怪我をしてわかった」
魅了体質って、前に禁呪に絡んでヨハンナからちらっと聞いた覚えがある。
それで王宮では隔離されて育ち、10歳でここに来て、ずっと塔の上で暮らしてたのか……
振り返って、アルベルト様に手を差し伸べた。
けど、ドレスのせいでアルベルト様は5段くらい下にいる。
全然届かない。
なにやってるんだ?とアルベルト様が、固まってる私に首を傾げた。
「や。手を握るとか、ぽんぽんするとか、なんかしたかったんですけど……
ドレスって、不便ですね」
「……そうだな……」
さっさと上がれ、と上を指される。
いつもはぴゃっと駆け上がる階段だけど、ドレスの重さのせいで、結構ぜーはーになりながら、研究室に着いた。
特に腿は絶対筋肉痛になりそう。
壁に片手を突いて、休憩してしまう。
あああ、せっかく令嬢らしく振る舞おうとしたのに!!
アルベルト様はそんな私にちょっと笑いながらドアを開けてくれた。
入ってすぐ、部屋の雰囲気が変わっていることに気がついた。
間仕切りのように使われている本棚がいくつか動かされている。
以前は、窓を塞いでいた本棚が移動して……遠くに、学院の本館の灯りが見えた。
窓辺にはマグカップが置いてある。
……一人で、舞踏会が行われている学院の方をご覧になっていたの?
私の視線に気がついたのか、そそくさとアルベルト様はマグカップを回収し、流しで洗って、私の分もお茶を淹れて持ってきてくれた。
いつの間にか瓶底眼鏡を外してる。
ソファに座るよう促され、私がかけると、ローテーブルを挟んで向かい合った肘掛け椅子にアルベルト様が座る。
お茶は熱くて美味しかった。
「ミナが言ってた『龍』は、こういう感じだったか?」
アルベルト様が紙ばさみをテーブルの上に出して開いた。
歴史の授業で見せてもらった拓本だ。
碑文やレリーフに紙を当てて、上から墨をぽんぽんするやつ。
拓本には、私が見たのと同じ、4つの珠を握った二匹の龍が互いのしっぽを噛み合って輪になっている絵が写し取られていた。
大きさは私の手のひらより2回り大きいくらい。
デフォルメはしてあるけど、きっと私が見た幻覚?幻視?を描いたものだ。
「これです!
片方が白でもう片方が黒、それで両方とも、赤青黄緑の4色の珠を握ってました!
……でも、エドアルド様達はご覧になってないとかで、私の幻覚なのかなって思ってたんですけど……」
改めて考えると、そんなあやふやな話でむりくり引っ張っていたのが申し訳なくて、視線、めっちゃ泳がせてしまう。
ふむ、とアルベルト様は考え込まれた。
「これはアルケディアの遺跡でいくつか発見されているレリーフだ。
彩色された跡はあったんだが、色はわからなくなっていた」
「え、じゃあ私、どっかで見かけて、魔力切れ起こした時にほわんて思い出してたんでしょうか」
「んー……
あそこの遺跡だと、このレリーフは地下4階の『礼拝の間』でしか見つかってないからなぁ……」
「あー……?」
そこは私は見ていない。
なので、アラクネと戦う前に見ていたとしたら、あの縦穴か、ドームの中のどっかにあったかだけど、そもそもレリーフを見て覚えていたのなら、その記憶もあるはずだ。
わけがわからないよ!
「引き続き検討ということで……ギネヴィア様の贈り物を」
二人してうんうん唸っていても説明がつく気がしないので、持っていただいていた荷物の中から、絹の包みを低いテーブルの上に出した。
「こういう時って、誰が包みを解くんです?」
「俺に訊くな俺に。
宮廷作法なんか知るわけがないだろう」
言いながら、アルベルト様は自分で包みを解いた。
ほんとはアルベルト様の侍従が解いたりしそう。
包みの中は木箱。
開けると、つるっとした大きな卵型の細工物が入っていた。
「『ベルジェの卵』か」
「……なんですかこれ?」
子供の頭くらいの大きさの、台座がついた藍色の卵はエナメルと金、宝石で飾られている。
アルベルト様は無造作にひっくり返して、台座の裏にあるゼンマイを回した。
「こうすると、音楽が聞けるんだ」
スイッチをカチリと押すと、ぱかりと卵の殻が6つに分かれて割れ、真ん中に、正装して手に手をとった男女の人形が現れる。
華やかで可愛らしい、三拍子の曲が流れ始めた。
人形はリズムに合わせて、上下しながらくるくる回っている。
本当に踊ってるみたい!
「わー!すっごい!!」
思わずぱちぱち拍手した。
アルベルト様もどこか懐かしげに微笑んで、「卵」を眺めている。
ふと、アルベルト様は木箱を覗き込んで、封筒を取り出した。
二つ折りになったカードを抜き出して一瞥すると、妙な噴き方をして脱力して笑ってる。
「なんですか?」
「ギネヴィアは……これは一体どういうセンスなんだ」
カードを差し出されて、私も読んでいいの?て思いながら開く。
メッセージは流麗な書体で書かれていた。
叔父様
2ヶ月半先ですが、お誕生日おめでとうございます。
ベルジェの卵に、曲が流れている間、嘘がつけなくなる魔法をかけました。
なお、曲を無理に止めると爆発します。
ギネヴィア
「え!?そんな魔法あるんですか!?」
「真に受けるな!そんな都合の良い魔法があるわけないだろう!!
理性を弱めて隠し事をできなくする魔法はないわけじゃないが、かけられたらだいたい廃人だ」
あ、それ諜報機関とかで使われそうなヤツ。
でも、エドアルド様は盗み聞きできなくする小箱を作られてるし?
試しに、嘘をついてみることにした。
参考:ジュ・トゥ・ヴ/72弁リュージュオルゴール
https://www.youtube.com/watch?v=D2Q6Qa_KfNo




