30.美味しい話には呼んでくださいなのです!(2)
行ってみると、なんか人垣になってる。
ギネヴィア様もいらっしゃるし、ゲルトルート様達、エミーリア様達もいらっしゃる。
近寄ったら、人垣に加わっていたリーシャが私に気がついてこっちこっち!と手招きしてくれた。
ヨハンナもどっかにいそうと思いつつ、リーシャと合流して、人垣の隙間を探して伸び上がるようにしながら見てみると……
人垣の真ん中の空いた空間にはウィラ様とエドアルド様。
両手で口元を覆って固まっている様子のウィラ様に、エドアルド様が跪いている。
あああああああ、これ、公開プロポーズ!?
9年も前から婚約してる気がするけど!!!
さすが、ウィラ様が大好きすぎて頭おかしくなってる勢!!
人垣のざわめきが収まったところで、ウィラ様を優しげに見上げて、エドアルド様は口を開いた。
「初めて君を見た時、なんて美しくて優しい人だろうって、大好きになった。
君と婚約して、強くて、少し不器用で、愛らしい姿を知って、もっともっと好きになった。
将来、君の隣に立てる人間になれるよう努力してきたけど、僕は君の父上みたいな偉丈夫にはたぶんなれない。
魔力だってたいしたもんじゃない。
でも、僕は魔具を開発できるようになった。
魔具で、領民や騎士団を強化して、歴代辺境伯に負けないくらいしっかり君と領を守る。
絶対に、君に悲しい思いはさせない。
約束する」
真っ赤になったウィラ様は、両手で口元を覆ったまま、ぽろぽろと涙を溢れさせはじめた。
図書館でエドアルド様のお姿を見た時、全然関係ない私でも、辺境伯は無理でしょって思ってしまった。
領の人たちも心配してるだろうし、中にはあからさまに無理だって言う人もいるだろう。
ウィラ様ご自身も、エドアルド様を辺境伯にするのは可哀想だから、婚約を解消したいと思われていた。
そんな中で、エドアルド様は、苦しんで苦しんで魔具開発に行き着かれたんだ。
ウィラ様の隣に立つために。
「エドアルド・クリスティアン・ヘルマン・ブレンターノ個人の意志として、結婚を申し込みます。
ウィラ・フレデリカ・ロザリンデ・ド・パレーティオ、僕と結婚してください!」
朗々とあたりに響くような声だ。
祈るようにウィラ様を見上げつつ、ぱかりと開いて差し出した小さな箱には、大きなスクエアカットの石が嵌った指輪が輝いている。
石は見覚えのある半透明の淡いピンク色。
あ?……まさかアラクネの魔石を切り出して磨いたの??
ウィラ様はこくこくこくこくと壊れたように頷く。
色んな感情が押し寄せて、どうしていいのかわからなくなっていらっしゃるようだ。
乙女!ウィラ様めっちゃ乙女!!
「ウィラ、『謹んでお受けします』って言って、左手を差し出せばいいのよ」
後ろから見守っていたギネヴィア様が小声で優しくおっしゃった。
「……つ、謹んで、お受けします」
つっかえながらも、ウィラ様がおっしゃり、震える左手を差し出す。
エドアルド様は「ありがとう」と、そっとその手を取り、目を合わせたまま薬指に指輪を嵌めた。
わあっと周りが湧く。
エドアルド様は箱をしまって立ち上がる。
ここは抱き合うのかなと思ったら、「いくよ!」と声をかけて、いきなりウィラ様をお姫様だっこで抱き上げた。
一歩だけよろめかれたけど、後はしっかり支えていらっしゃる。
きゃーっと歓声が上がった。
「重いから!私は重いから!下ろせ!!!」
これ以上、人間は赤くなれないんじゃないかという勢いでウィラ様は真っ赤だ。
「ウィラが僕にキスしてくれたら下ろすよ!
でなきゃ、一晩中このまま歩き回るからね?」
めちゃくちゃに焦るウィラ様を、逃さないようにがっつり掴んで、エドアルド様がうそぶく。
ますます焦ったウィラ様は、やんややんやと囃し立てる周りにせかされ、ままよとばかりに目をつぶってエドアルド様の頬にキスされた。
拍手と歓声、悲鳴、口笛が飛び交い、エドアルド様は満面のドヤ顔で、ぐるっと回ってようやくウィラ様を下ろす。
ふしゅーっと頭から湯気出そうな勢いのウィラ様は、周りの歓声に意気揚々と応えるエドアルド様の首根っこをひっつかむと、物も言わず、どこかへぴゃーっと逃げてった。
逃げてった先で、まーたやらしいことされなきゃいいんだけど……
「いやー、凄いものを見た」とか「これは伝説になるな」と、がやがや言いながら人垣が崩れていく。
後に残ったのは、「家の事情で婚約からのガチ恋からの当人の意志による公開プロポーズ、これは絶対流行るのです!増刷増収増益増配待ったなし!!!」と仁王立ちでメモっているヨハンナと、ヨハンナの様子にびっくりしてるウラジミール様、そしてウィラ様ファンの子達と抱き合って泣き崩れているリーシャ。
「……私、生まれ変わったら男になって、ウィラ様にプロポーズしてほっぺにちゅーしてもらうんだ……」
「王子様」のウィラ様にあこがれていたはずのリーシャがよくわからないことを口走ってたけど、聞かなかったことにしておこう……
さすがに咽喉が乾いた。
コルセットのせいか、あんまりおなかは減ってないけど。
一応落ち着いたヨハンナとウラジミール様を誘って、飲み物をもらって壁際にたまる。
「…女子は、さっきみたいなの、好き?…」
ウラジミール様が珍しく話題を振ってきた。
どだろ?と首を傾げた。
「2人きりなら喜ぶ人は多いだろうけど、人前は嫌がる人もいそう……」
ゲルトルート様なら喜ばれるかもしれないけど、エミーリア様だったらそういうことを人前でするなと怒りそう。
んだんだとヨハンナも頷く。
「恋愛小説ならクライマックス間違いなしですが、相手によりけりの予感です。
にしても、武勇に優れたウィラ様をすぱっとお姫様だっこで捕獲されるとは、びっくりでした」
言われてみればそうだ。
ウィラ様の場合、反射的にかわしてしまいそうでもある。
エドアルド様も、ああ見えてかなり鍛えらていらっしゃるけれど……
「練習、されたのかな?」
でもどうやって?
気がつくと、んじいいいいとヨハンナがウラジミール様を見つめていた。
ウラジミール様が、あわわ、あわわと両手を振る。
「…細かいことは、気にせずに…」
逃げた。さっくり逃げた。
そうか!練習するとしたら、細身の男性の方がウィラ様の体格に近い。
ウラジミール様だとウィラ様より身長も体重もあるけど、ミハイル様、セルゲイ様よりは細身だ。
ドレスの重さやハイヒールがあるから、ウラジミール様だとちょうどよいのかもしれない。
遺跡で一緒に修羅場を踏んだ仲だし、ウラジミール様ならエドアルド様も頼みやすそう。
「さすが愛の策士ブレンターノ様、用意がめちゃめちゃ周到なのです……
それにしても、愛らしくも麗しいあの方が、ウラジミール様をお姫様だっこ!
なんならウラジミール様が女装の上で練習された可能性も否定できず!
ぐぬぬぬぬ……一言ご相談がありましたら、プロポーズ演出案を徹底検討しつつ、ガン見させていただきましたものを……!」
美味しい話には呼んでくださいなのです!とヨハンナは吠えた。
「って、ヨハンナはエドアルド様見ると萌え転がって仕事にならないじゃん」
「それが最近わりと大丈夫になってきたのですよ。
だいぶ雰囲気が変わられたせいでしょうか」
「なるほろ……」




