29.これは合法なの?(1)
とかやっていると第2週は期末試験だ。
村の学校は試験なんてなかったし、編入試験より科目がめちゃめちゃ多いから、不安しかない……
赤点なんてとったら領主様に顔向けできないので、授業はしっかり聞いてノートも取っていたし、確認テストでできてなかったところは即復習してはいるけど、ギネヴィア様の侍女候補なんだし、赤点でなきゃセーフというわけにはいかない。
筆記試験がある授業の試験結果は、各科目と総合それぞれ30位まで、氏名と点数が張り出される。
総合は厳しいけど、どれかの科目では食い込みたい。
とりあえず試験は無事終了し、第3週の週末に行われる学院舞踏会に着るドレス選びが始まった。
学院舞踏会は、年に1度、卒業式に合わせて行われる。
1年生が年明けに出席する人生初の舞踏会、デビュタント・ボールの予行演習も兼ねているので在校生、先生方は特別な理由がない限り全員参加。
舞踏会用の正式なドレスは、新しく作るなら一着で帝都でそこそこ稼げている平民の年収くらい飛んでしまうので、下位貴族にはなかなか厳しい。
母のをお直しして娘が、姉のをお直して妹がとやりくりしなければならない。
私も、デビュタント・ボールでは奥様の姪御さんのをお借りする予定だ。
なので、以前は、1年生だとデビュタント用のドレスを早めに用意し、年末の学院舞踏会と新年の舞踏会の両方で着る人もいたそうだ。
本当はデビュタントのドレスは純白で、純白のドレスを着るのはデビュタントと結婚式だけだから、学院舞踏会で着るのはおかしいのだけど、黙認されていたらしい。
それなら1着で済むけど、学院舞踏会でうっかり汚してしまうと、仕立直しは間に合わない。
という事情があるところに、十年ほど前、リアル悪役令嬢的な方が、1年生のデビュタント用ドレスに、よりによって赤ワインをバッシャーとやってしまった。
その事件をきっかけに、下位貴族や平民の女子生徒のドレスの負担を軽減すべきだという声が盛り上がり、学院が寄付を募って、ドレスと、スカートをふくらませるクリノリンなどをたくさん用意して、必要な人に貸し出すことになった。
なので、今は肌着とコルセット、靴、アクセサリーを用意すれば、あとはなんとかなる。
もちろん自前で用意しての参加もOKだ。
中には、学院舞踏会用に仕立てたものを、卒業時に匿名で寄贈される方もいらっしゃるらしい。
ノブレス・オブリージュってやつだね……
というわけで、ドレス選びの会場となっている別館2階に、ヨハンナと一緒に行ってみた。
途中でエミーリア様に出くわし、「ドレス選びなら呼んでくれればいいのに」とついてきてくださった。
エミーリア様ご自身は、もちろん自前組だ。
会場は凄いことになっていた。
4つの教室に、いっぱいラックが並べられサイズ別、色別にボディスとスカート、ペチコートがが吊るされて迷宮のようになっている。
色は、純白、喪の色である薄墨色以外全部!
アイボリー、クリームなど白っぽい色味が多いけど、ピンクやブルー系の淡色、真っ赤なドレスとか悪役令嬢ごっこにぴったりなド原色も結構ある。
「こんなにたくさん!
……普段どこで保管されてるんですか?」
「専用の倉庫があるの。
例の『バッシャー様』のおうちが建てたそうよ」
「バッシャー様」、学院内では普通に通用するあだ名になっている。
上位貴族の令嬢で、当時結ばれていた婚約は解消されて国外に嫁がれたらしいけれど、親族の方々の名誉のために、家名は言わないことになっている。
「ええええ……
一度のバッシャーのために倉庫をまるっと寄贈とか大変すぎですね」
ドレス何着分だそれ。
「まあね……ドレスも一族からかき集めて、新しく作ったものも合わせて相当数寄付してくださったそうよ。
そこまでなさったから、わざわざ家名を出す人はいないのだけれど……
ミナはデビュタントがあるから、今回はデビュタントのドレスに近い、クリーム色あたりがよいと思うの。
ヨハンナはどんな感じがよいかしら」
たぶん、その方の家名は多くの人が知っているのだろう。
でも口に出して言われるのと、言われないのとじゃ、親族の方々の気持ちはだいぶ違いそうだ。
「私はなんでも……
というかサイズがなければ、それを理由にバックレたいのですがががが!」
ヨハンナは小柄だし痩せている。
確かに、ちゃんとサイズが合うドレス、あるのかな……
まず小さいサイズから見てみましょうか、とエミーリア様はヨハンナの肘をとり、ぐいぐいと引っ張っていった。
定番の白系、淡色が多くて、原色系はほぼない。
小柄だと原色を着ると子供っぽく見えやすいのよとエミーリア様はおっしゃった。
確かにそうかも。
ヨハンナが「茶色などがよいのです」と言ったけれど、「茶色はあまり舞踏会では着ないわねえ」とエミーリア様は首を傾げられた。
色味によるけど、普通にピンクとかも似合うと思うんだけどなぁ。
「クラリッサ様にお目にかかった時に紺色のワンピース着てたでしょ。
あれかわいかったし凄く似合ってたから、紺色は?」
「ああああ、そうね!
あのワンピースは良かったわ!」
紺色紺色紺色、とエミーリア様はささっとラックを漁る。
「ヨハンナは、ちょっと落ち着いた感じの方が、かえって可愛らしいと思うのよね」と、あっという間に3着お選びになった。速い。
ヨハンナの分を移動用のラックにかけて、今度は私の分だ。
「で、あなた達、エスコートはどうなっているの?」
婚約者がいる人は、当然婚約者にエスコートしてもらう。
けれど、いない人も結構いるので、その場合は親戚がいればまず親戚、婚約に進みそうな恋人がいれば恋人、いなければ友達とかと組むこともある。
女性から申し込んでもよいのだけど、基本、男性の申し込み待ちという雰囲気はある。
私への申込みは今のところない。
もう一度言おう。
誰も私にエスコートを申し込んでいない。
騎士団系の男子には何度かクッキー差し入れしてるし、授業で話すようになった男子も結構いるけど、お申し込みはないですないですないんですー!!
ギネヴィア様につないでほしいとか、下心つきで申し込みとかされても困るからいいんだけれど……
決まってない人は当日、適当に列を作ってその場で相手をあてがわれるので、エスコートを受ける練習はできるし……
「……私はもう、決まってない人組で行きます……
ヨハンナはウラジミール様からお申し込みがあったのよね?」
ゲルトルート様がミハイル様と仲直りされたとき、ウラジミール様が野原で迷子になってへたったヨハンナをおんぶしてくださった縁かららしい。
ゲルトルート様のダンスの練習でも一緒に踊っているし。
ちなみにセルゲイ様は従姉妹をエスコートするそうだ。
「そうなのです……
『…怖い人に当たると怖いので、ぜひ…』とおっしゃっていただいたのですがががが……」
ウラジミール様の口調が完全再現されてて笑った。
「どういう方?」とエミーリア様がお訊ねになって、ミハイル様の幼馴染で無口な方と説明したら、はいはいはいと頷かれた。
「え。ウラジミール様いいじゃない。
かっこいいし、優しいし、チェンバロもお上手で素敵だし」
案外、と言ったら失礼かもだけど、ウラジミール様、文化系なのだ。
おっとりされている分、逆にちゃきちゃきしているヨハンナと合いそうな気もするんだけど。
「もちろんウラジミール様は素晴らしい騎士であり紳士ですが。
私は、セルゲイ様をエスコートするウラジミール様が見たい勢なので……!
学院でナマモノは、バレたら社会的生命終わるから厳禁!なのですが、『騎士を目指して切磋琢磨する幼馴染』がピンズドすぎてつい……」
ヨハンナはわっと両手で顔を隠した。
「あー……」と色々察しながら、エミーリア様と私は視線を泳がせる。
ていうか、セルゲイ様がエスコートされる側なの??
「ヨハンナ。
ウラジミール様にエスコートしていただけば、お二人をじっくり観察できるでしょう?
ネタ探しだと思ってとりあえず頑張りなさい」
エミーリア様は、凄い笑顔でヨハンナの肩に両手を置いて諭すようにおっしゃった。
ヨハンナは気圧されてこくこく頷いた。
リアル悪役令嬢?「バッシャー様」のその後については下記をご参照ください!
「元悪役令嬢ですが、悪役令嬢小説を書いて食べています」
https://ncode.syosetu.com/n6486gv/
※こちらでは国外に嫁いだとなっていますが、当時の噂の一部が誤ったかたちで残っているようです。
じわじわとブクマ&評価ありがとうございます!




