27.「カイゼリン」の生涯(2)
「あら、ミナ。調べ物?」
不意に声をかけられて、びくうってなった。
本を抱えたギネヴィア様がお一人でいらっしゃる。
あわわ、と立ちあがってお辞儀をした。
「はい。
ギネヴィア様のお名前に入っている、カイゼリン──マグダレーナ様ってどんな方なんだろうと思って」
「私の名の由来を調べてくれるだなんて嬉しいわ。
凄い方よね」
ギネヴィア様ははにかむように微笑んでくださった。
けれど、私の微妙な表情に気づかれたのか、「なにかひっかかることがあったの?」とお訊きになる。
ごまかそうとしたけれど、重ねて促されて、逃げ場がなくなってしまった。
「その……ギネヴィア様や、ギネヴィア様のお名前をつけられた方に、大変失礼なことなんですけれど……
マグダレーナ様、苛烈というか、ものすごく大変な人生を送られていますよね。
なんか……平民の感覚だと、子供に名付けるなら、幸せな生涯を送られた方からいただくかもって思ってしまって……」
マグダレーナ様は3度婚約して、結局結婚はしていない。
1度目、2度目は婚約者が戦死。
しかも2度目は、魔獣との戦いと平行して起きた他国との紛争のさなか、目の前で死なれている。
この時、マグダレーナ様はご懐妊されていて(帝政初期では「順序が逆になる」ことは、ままあることだったらしい)、未婚のままご出産されたけれど、お子様は生後まもなく亡くなってしまった。
その悲しみから立ち直る手助けをした3度目の婚約者は、自殺だ。
少将として旅団を率いていた婚約者は、マグダレーナ様の部隊と連携してワイバーンの群れと一緒に戦うはずがなぜか遅れてしまい、結果、マグダレーナ様の部隊に大きな損害が出てしまった。
優れた騎士や魔導士がたくさん戦死してしまい、マグダレーナ様ご自身も危なかった。
婚約者が自殺したのは、ぼろぼろになったマグダレーナ様の部隊とようやく合流した夜のこと。
軍法会議にかけられるのを避けるため?マグダレーナ様に叱責されて?自責して?のことらしい。
今の時代のように、会ったこともないのに政略で決められた相手ではない。
いずれも共に戦ううちにマグダレーナ様と恋に落ち、周囲も認めて婚約していた方々だ。
この時、マグダレーナ様は25歳。
いくら「女帝」でも、こんなのキツすぎる。
半年後に「キームの栄光」で魔獣との戦いに終止符を打つんだけど、もう自分の命は捨ててもいいってめちゃくちゃな魔法を使ったんじゃなかろうか。
もそもそと言った私の言葉に、ギネヴィア様は少し驚かれた様子で、考え込まれた。
「……そうね。女として考えると、あの方にあやかりたいとは到底思えないわ。
でも皇家は、なによりも力を望むの。
人としての幸福よりも、とにかく強大な魔力。
そういう考え方なのよね……」
困ったような笑みを浮かべて、眼を伏せられた。
ご不快には思われなかったようでほっとしたけれど、なんだか寂しそうでおいたわしい。
ギネヴィア様のご家族の話はほとんどうかがったことはない。
来年度、お母様が違う弟君が入学されると、他の人から聞いたことはあるけど。
皇家の家族って、実家や、領主様達とは全然違うんだろうな……
「そうなんですね……
あ! ギネヴィア様がお名前をいただいた方々を教えていただけますか?
同じ名前の方がたくさんいらっしゃるので、どなたからいただいたのかわからなくて……」
確かに人数が多いし同名が多いのよね、とギネヴィア様は微笑んで教えてくださった。
「ギネヴィア」は7代皇后、「アウローラ」は4代皇帝の第2皇女、「レクシア」は同じく4代皇帝の第4皇女だそうだ。
アウローラ様とレクシア様は、母親は違うけれどとても仲が良かったことで有名な姉妹で、名をいただく時は必ずセットでいただくそうだ。
メモメモメモっと……
ふと、例の件をお伝えしておかないといけないかも、と気がついた。
めちゃくちゃ言いにくいけど……
「そういえばあの……私、『あの方』にちょっとこう……振られた感じになっておりまして……」
エドアルド様でもアルベルト様のことを言ってはいけないと言われたし、なるべく名前も出さない方がよいのだろう。
でもこれで伝わったらしく、ギネヴィア様は「え、」と軽くのけぞられた。
「あんの、もだもだ野郎……!!」
怒りもあらわに低い唸り声で言ってしまってから、ギネヴィア様は「しまった!」というお顔になり、うっすら赤くなって視線を泳がせた。
きゃわわ……!
超きゃわわ……!
普段は落ち着いて振る舞われているだけに、オコ顔からの「しまった!」のインパクトが凄い……!
内心転がりつつ、麗しの皇女殿下の口からそんな言葉が出るはずがないので、なにをおっしゃったか聞こえませんでしたよ?という顔を全力で作って、首を傾げてみせる。
色々にじみ出たような気がしたけど、努力はした。努力は。
というか、こんな風にアルベルト様のことをおっしゃるっていうことは、ギネヴィア様とアルベルト様、個人的なつながりがあったんだ。
「……でも、私、諦めてないので!」
「よかったわ!そう言ってくれて!!」
ギネヴィア様は食い気味に言って、私の手をとってくださった。
「ギネヴィア様、私、イケメン貴公子の皆さんを結局誰も落とせなかったですけど……
悪役令嬢連合協議会名誉会長としてお約束いただいた件は、まだ生きてますか……?」
悪役令嬢連合協議会への協力を求められたお茶会の時、ギネヴィア様は、相手が皇族であろうと貴族であろうと平民であろうと、私の結婚を支援すると約束してくださった。
お姉さま方の婚約問題に巻き込み、上位貴族と接するきっかけを作るとともに、ダンス、マナー、乗馬を一流の令嬢から学ぶ機会をくださった。
横からちょっかいを出されないように、侍女候補にもしてくださった。
ギネヴィア様が、どうしてこんなによくしてくださるのか、ずっとわからなかった。
特に侍女候補になったことで、「なんであなたなんかが」ってよく知らない子からいきなり言われたこともある。
けれど、ギネヴィア様がアルベルト様とつながっていたのなら、わかりやすい。
たぶん、私にアルベルト様のかくれんぼが効かなかったと聞いた時に、もしかしたら私がアルベルト様の状況を変えるきっかけになるかもしれないとギネヴィア様は考えられたのだ。
でもただの「研究に協力している生徒」ではなく、先々もアルベルト様に関わっていけるようにするなら、名ばかり令嬢のままじゃだめだ。
だからギネヴィア様は、お姉様方のレッスンを受けさせ、ご自身の侍女候補にも挙げてくださったのだ。
「もちろんよ、ミナ。
あなたが将来、どんな方を選んでも、わたくしは必ず応援するわ
皇族でも、貴族でも、平民でも、ね」
ギネヴィア様が最初にそうおっしゃってくださった時、結婚なんて遠すぎて全然イメージがわかなかったけれど……
もしアルベルト様に好意を持つのなら、皇族かそれに近い方だからといって、好きになることを諦めないでほしいということだ。
一方で、相手は平民でもよいともおっしゃる。
たとえば地元の友達を選ぶなら、それはそれで良いということだ。
もし、私をアルベルト様の側に置きたければ、単に皇家から命令すればいい。
でも、ギネヴィア様はそんなことはしない。
なによりもまず、私の意志を尊重してくださる。
それが嬉しい。
「ありがとうございます!
ギネヴィア様のお心に応えられるよう、励みます」
ぎゅっと手を握ると、ギネヴィア様も握り返して、強く頷いてくださった。
ギネヴィア様をお見送りして、「カイゼリン」のノートを取り終えたところで、『皇族年鑑』か『貴族年鑑』を見れば、アルベルト様のことがわかるんじゃって今更気がついた。
さっそく最新の『皇族年鑑』を開く。
こちらは存命の皇族をナンバリング順に並べて、経歴や家族構成、現在就いている公務、住んでいるところや魔力についてまとめたものだ。
皇帝陛下と皇子皇女およびそのお子様達、皇帝陛下の兄弟姉妹やいとこに当たる方と、そのお子様達くらいまでが対象となっている。
ていうか先代皇帝陛下、めちゃくちゃお子様多いな……子供のうちに亡くなった方も多いし、臣籍降下された方も多いけれど、合わせて70人を越えている。
しかも帝位を退かれてからも妃を迎えているし、お子様は増えている。
一番下の皇子は60歳過ぎてからの子でまだ8歳。
ギネヴィア様から言えば9歳下の叔父様なのか。
今の陛下のお子様は、ギネヴィア様を入れて21人。
一番下の妹君は生まれたばかりだ。
一番上は皇太子殿下。今年27歳で、既にお子様が3人いらっしゃる。
巻末についている名前別の索引を見ると、アルベルトという名前はいくつかあったけれど、年齢が合わない方ばかりであれ?ってなる。
ミドルネームに入っている人もいるので、そちらも探してみるけど、やっぱり年齢が合わない。
20歳前後として、一番近い男性が23歳。
でもこの方は近衛師団に所属していて帝都にいるし、肖像画を見ても顔立ちが全然違う。
パラパラして肖像画から探してく?と思いついたけど、肖像画が入ってない方も結構いらっしゃるみたい。
ふおー……なんだろう。
皇族ではなく、大公家や公爵家など準皇族の方?
ギネヴィア様の母方のご親戚の方?
それとも「アルベルト」は偽名?
ギネヴィア様にお訊ねすれば、教えてくださるかもしれないけれど、自分が好きな人の名前を人に訊くっていうのはどうなのよっていう気もしないでもない。
「にゅむむむむむ……」
自力で、もうちょっと探してみたい。
ついでに『皇族年鑑』でギネヴィア様の項目を見てみた。
お母様は公爵家出身で、第3皇妃。
お母様が同じ兄弟姉妹はいらっしゃらない。
生後まもなく、皇后陛下の猶子となっているのは、フオルマへのお嫁入りのためだろう。
魔法適性は水と土。
去年から、公務で病院や孤児院の慰問をされていて、理事なども務められている。
さらに帝国直轄領にある中規模の市を一つ、領主として治めていらっしゃることもわかった。
そっか、そういう公務に随伴するとか、そういうことも考えなきゃいけないのか。
ギネヴィア様が政務の説明を受けている側で、全然話がわからなくてぽかんとしてるとかダメだよね……
なんか、調べれば調べるほど勉強しなきゃいけないことが増えるのですがががが……!




