27.「カイゼリン」の生涯(1)
数日後のお昼。
「ヨハンナ、歴史の勉強ってどうやったらいいんだろ。
なんかコツがあったら教えてくれる?」
謎のテンションで歴史の勉強に取り組もうとしたけど、なんかやりたいこととやり方が合ってない気がしてきた。
教科書の記述を年表とかにまとめているうちに、年号や人名とかはそれなりに覚えてきたけど、どうしてそういうことになったのか、どうも腑に落ちていない感じがある。
ここは、成績優秀なヨハンナに聞くしかないっしょ!
「ほむむ? 最近へんにょりしてるなと思ってたら勉強頑張っていたのですか。
早くから試験対策するのは良いことですが、頑張りすぎてバテてしまってはいかんのですよ?」
「ん、ほら、先々の準備もあるし、魔導士がどういう生き方をしたのかを知ったら、魔法の勉強にもなるって勧められて」
先々、というのは、ギネヴィア様の侍女候補のことだ。
お姉様方もヨハンナもリーシャもめっちゃ喜んでくれたけど、絡まれたりすることもあるだろうから、あまり自分から言わない方がいいかもと言われている。
「なるほろなるほろ。
歴史の勉強のコツはですね……」
きらんとヨハンナは眼鏡を光らせた。
「歴史を学んでいると、おのずと随所に萌えが現れてくるので、それに身を委ねていればよいのです!」
きぱ!とそんなことを言われても……
「さすが春季試験全教科満点!全然参考にならない!!
でも歴史はまだわかるけど、数学とか化学とかはどうしてるの?」
「そもそも数式記号が大好きなのです。
+もーも=も、>も<も、各種定数も、皆それぞれ違った個性があり、必然的にめくるめくドラマが展開されてしまうのです。
公式や、元素周期表にも萌えているうちにおのずと……」
ぽっと頬を上気させて、ヨハンナは言った。
「萌え」って凄い……
というか、ヨハンナ、わりと天才なのではと今更気がついた。
家の出版事業でも色々やっているらしいし。
「まあでも、先に『皇族譜』をパラパラ読んで、主要皇族の人となりをなんとなく掴んでから教科書を読んだ方が理解が早まるかもしれませんです。
なんだかんだで結局、帝国の歴史は皇族が担っていますからね」
「『皇族譜』?」
「全皇族の事蹟をまとめた便覧のようなものなのです。
歴代皇帝ごとに分かれていて、皇帝とその妃殿下方、皇子皇女の生涯やらなにやらまとめてあるのです。
それとは別に、存命中の皇族全員の記録を年ごとにまとめた『皇族年鑑』というものがありますので、ひっかかることがれば、そちらも要参照ですね。
いずれも禁帯出ですが、図書館の二階奥にまるっと収められていて便利なのです」
「ほへー……そんなのがあるんだ。ありがとう!」
「『皇族譜』、読み込んでみるとなかなか黒いお話があって面白いのですよ。
皇太子候補と目されていた皇子が、離宮で従者と謎の不審死とかですね……!」
「え、なにそれ!?」
普通に考えたら暗殺?と思うところだけど、ヨハンナのことだから斜め上に解釈している予感しかしない。
「くふふ……
ネタバレは人道に対する罪なのです。自分で探すのです。
ちなみに1代1冊では全然収まらないので、38巻出ているのです。
各巻、凶器にできる分厚さですが、読むと良いこともあるのですよ?」
「萌えに目覚めるとか!」とヨハンナは、ほがらかに言った。
まさかヨハンナ、『皇族譜』で覚醒?したの!?
萌え……萌えに目覚めた方が、勉強のためにはよいんだろうか……
放課後、さっそく図書館に行ってみた。
二階に上がって突き当りに、たしかに藍色の背表紙に『皇族譜』、深い緑の背表紙に『皇族年鑑』と金でタイトルが箔押しされた本がずらっと並んでいる本棚がある。
そばに『貴族年鑑』と箔押しした臙脂色の背表紙も延々並んでいる。
こっちは年ごとの全貴族の記録?
本棚は広いテーブルを囲むように置かれていて、『皇族譜』『皇族年鑑』『貴族年鑑』に囲まれた小部屋みたいになっていた。
『皇族譜』も『皇族年鑑』も、片手では持てない、分厚い大型本だ。
『年鑑』の方は毎年出てて、今年は皇暦312年だから311冊のはずだけど、よく見たら年によっては分冊になってるので、合わせて400冊は越えてそう。
『貴族年鑑』はええと……壁一面半くらい埋めてますね……
さすがに全巻じゃないとは思うけど、これをヨハンナは普通に読んでるのか。
萌えパワーを巧く変換することができたら、空飛べたりできるんじゃないかな……
て、背表紙を眺めていてもどうしようもない。
まずは「カイゼリン」、初代皇帝第3皇女マグダレーナ様がどんな方だったのか、そこから読んでみよう、と、『皇族譜』の初代皇帝編を抜き出した。
読み始めると、夢中になった。
文章は難しいけど、教科書よりめちゃくちゃ詳しいし、ぼかされていることも直球で書かれている。
マグダレーナ様、四属性持ちな上に光魔法も使えたらしい。
15歳のときから魔獣との戦いの最前線で活躍して、凄い魔法をバンバン創出している。
「蒼蓮の舞」も、もともとあった「紅蓮の舞」を改造してこの方が創った魔法。
他にもかっこよさげな名前がついた魔法をいくつも作っている。
ぬ?光魔法でまばゆい光と共に敵を一瞬硬直させる「閃光の矢」っていうのがある!
私の「ライト(大)」を改造して「閃光の矢」にできないかな……って、属性違うから無理か。
あと凄すぎるのが「キームの栄光」。
帝国史最大規模の魔獣の侵攻を、キーム平原で迎え撃ったマグダレーナ様が生涯一度だけ放ち、その後再現を試みた者すらいない究極魔法だ。
視認できる対象すべてに光の矢をぶちこみ、魔石を直接破壊して魔獣の身体を崩壊させるって、どういうこと!?
これで一気に、ドラゴンなど超大型魔獣を含む数千体とも数万体とも言われている魔獣を屠ったとある。
発動には光魔法だけでなく四属性魔法も必須で、この魔法のために特別な訓練した魔導士達と、狙いを定めるための射手達の補助が必要って、めちゃくちゃハードルも高い。
キーム平原の戦いの数カ月後、26歳で亡くなってるけど、この魔法のせいで身体を壊したんじゃって気もする。
それはさておき、兄である二代皇帝が早くに病死した後は、短期間だけど摂政にもなっている。
カイゼリンというのは女帝、皇后という意味の古語だから、帝位には就かなかったけど実質女帝ということでそういうあだ名になったんだな。
マグダレーナ様の挿絵もあった。
長い髪を複雑な形に結い、豪奢なドレスをまとった立ち姿で、やや右を向いてこちらを流し目で見ている。
美しいけれど、いかにも高潔そうで、その分冷たい感じ。
表情は謎めいていて、ちょっと怖い。
円形のプレートの真ん中に黒い珠、それを囲む4つの白い珠っていう変わったデザインのペンダントをしてるけど、なにかこれ意味があるのかな……
でもこの方の人生って……
読み進むうちに、どう捉えたらよいのかわからなくなって、メモしていた手が止まってしまった。
※マグダレーナの肖像については、カルロ・クリヴェッリの「マリア・マグダレーナ」(1475年頃・アムステルダム国立美術館蔵)を参考にしています。




