2.悪役令嬢連合協議会からのビッグオファーなのです!
とかやっているうちに、侍女の方が紅茶を淹れてくれた。
果物と軽い焼き菓子も運ばれてくる。
さっそくいただいて、なごやかに歓談が進む。
「ええと、ヨハンナ様が本の世界に住んでいる子……って、どういうことなんですか?」
ちょっと引っかかっていたので訊ねてみた。
「そもそも家業が印刷と出版なのです。
寝ている時以外はほぼ本を読んでいますし、出版業界の動向にもどちゃくそ詳しいのです」
なるほど?
「それで、ウィルヘルミナ様がいらっしゃる前、最近流行している恋愛小説の話をしていたところだったのです。
ヒロインは庶民の娘なのですが、特異な能力が認められて貴族の養女となり、貴族が通う学校に入学してイケメン貴公子と出会うのです。
イケメン貴公子は、感情を抑えるよう育てられた貴族の令嬢とは違う、生き生きしたヒロインの魅力に触れて、2人は恋に落ちてしまうのです」
あー、それでヒロインがどうとかって言ってたのか。
庶民の娘が特異な能力を認められて貴族の養女っていうのは、確かに私っぽい。
「貴公子には大貴族の令嬢である婚約者がいて、ヒロインは彼女にいじめられたりもするの。
その令嬢を『悪役令嬢』とも言うらしいのだけれど。
とにかく、色々あってヒロインとの『真実の愛』に目覚めた貴公子が婚約破棄をして恋が成就する、という小説が帝国だけでなく大陸のあちこちで流行っているのですって」
いたずらっぽい笑みを浮かべて、ギネヴィア様が続けた。
ていうか、そのパターン、身分が違うことといじめを除けばギネヴィア様の婚約解消まんまなのでは……
ぴきーんと凍った私に、ギネヴィア様は笑いかけられた。
「例の話、聞いたのね。
あまり大きな声では言えないけれど、わたくし、嬉しくて嬉しくて……
あの方に嫁ぐのは……いくらなんでも少々辛いなと、ずっと思っていたの」
満面の笑顔は天使のよう。
本当に婚約解消が嬉しいみたいで、ほっとした。
ふと、変な気配を感じた。
恐る恐る視線をやってみると、ウィラ様、ゲルトルート様、エミーリア様が私の顔をじっとご覧になっている。
またなんかやらかした!?
おろおろしてると、あでやかなゲルトルート様が口を開かれた。
「わたくし達……エミーリアもウィラも、できることなら婚約解消したいと思っているの。
でも家同士で決めたことだから、相当な理由がないと言い出すことも出来なくて……」
「ほへッ!?」
そんな濃すぎる裏事情、私みたいな令嬢もどきが聞いてもいいの!?
「悪い方ではないのだけれど、合わないとしか言いようがないのよね……」
「正直、彼には私よりもふさわしい令嬢がいくらでもいるのではないかと思ってしまうんだ」
エミーリア様、ウィラ様も嘆かれる。
「でもお姉さま方美人さんばっかりですし、あちらはぜひ結婚したいと思ってるんじゃ…?」
「「「いいえ」」」
即答で声が重なった。
視線を落としたり、顔を背けたり……マジっぽい。
やらかしたー!今度こそ私やらかしたー!
フォローするつもりでなんかえぐったー!!
学院生活終わった……開始1ヶ月で終わってしまいました領主様……と、冷や汗だらだらの私の肩を、ヨハンナ様がぽんと叩いた。
「というわけで。
通称『下剋上ヒロイン』にそっくりなウィルヘルミナ様におかれましては、この際お姉さま方の婚約者を恋に突き落としていただき、あちらから婚約解消を申し出るようしていただけたらよろしいのではないかな、なのです!」
「はいいいいいいい!?」
ヨハンナ様が、最近一番売れているという本を出してくる。
表紙には、ピンク色の髪を耳の上で二つ結びにした女の子と、金髪の王子様っぽい美形男子がよりそい、キツそうな美人の令嬢が2人を扇の陰から睨んでいる絵が描かれていた。
髪型はほんとたまたまだし、髪色だってこんなはっきりしたピンクでもないんだけど、碧のまるっこい眼も私とかぶってて、微妙な気持ち……
「だって、これ……本の話でしょう??」
「このシリーズ、もちろん女性向けなのですが、案外若い男性貴族にも人気なのです。
俺もこんな恋がしたいと暑苦しい感想が日夜送りつけられてくるのです。
どうやら彼らにも『真実の愛』へのニーズがあるのです」
「ふふ。わたくしの元婚約者もご愛読だったようよ」
黒い笑顔で、ギネヴィア様もおっしゃる。
怖い!愛くるしい姫様の黒い笑顔怖い!
「とにかく今、そういう恋愛小説が大ブームであり、実際に婚約解消しやがった馬鹿王太子が出現して、もはやビッグウェーブなのです。
乗るしかない、このビッグウェーブに!!」
ヨハンナ様が片手を突き上げながら叫ぶ。
そうだそうだとお姉さま方も大きく頷いた。
「別に、わたくし達の婚約者と結婚までしなくてもいいのよ。
あちらがわたくし達との結婚では幸せになれないと気がついて、穏便に婚約解消を申し出てくださればよいのだから……」
ゲルトルート様が両手を胸の前で組んで、うるうるとすがるような瞳で言う。
というかこのお姉さま、ほんとおっぱい大きいな……視線がつい吸われる……
って、気がついたらおっぱいガン見しちゃってて、慌てて首を横に振った。
ナイスおっぱいに引き込まれそうになったけど、お姉様方の婚約者に気を持たせるだけ持たせて逃げるってことじゃん!
刺されるよ私!?
「エミーリアもゲルトルートもウィラも、大切なお友達なの。
4人でずっと励まし合っていたのに、わたくしだけ先に自由になってしまって心苦しくて……
ウィルヘルミナ、挑戦するだけ挑戦してみてくれないかしら」
ギネヴィア様がずいとこちらに身を乗り出しておっしゃる。
ウィラ様が、ぱし、と両手を合わせて、頼む、と私を拝むようにおっしゃった。
エミーリア様も、お願いします、と頭を下げられる。
そんなこと言われても、巧くいくはずないし、巧くいったら刺されるし……
「ここで悪役令嬢連合協議会からのビッグオファーなのです!
今から5分以内に『下剋上しちゃうぞ☆婚約者よろめかせ大作戦!』への参加を表明していただけると、なんと!お姉さま方から週1回スペシャルレッスンを受ける権利をおつけします!
ウィラ様からは乗馬、エミーリア様からはマナーと立ち居振る舞い、ゲルトルート様からはダンス!」
ヨハンナ様がキラキラ笑顔でまくしたてた。
悪役令嬢連合協議会ってなに?と聞く前に、私が困ってることを読まれてる!!て思ってしまった。
光魔法が使えることがわかって、なんだかんだの末、学院に行くのがよいだろうということになり、領主様の養女になったのがこの春のこと。
12歳までは村の学校に行っていたけど、編入試験に必要な学力は全然足りてなくて。
編入試験合格を優先して、時間をとにかく勉強つぎ込んだ分、貴族としての生活に必要なことが全然出来てないのよね……
学院は貴族とお金持ちばかりだから、みんなそのへんは出来るのが前提で、学院では授業もないし。
冬には社交界デビューと言われているのでほんとヤバい。
ほんとにそんなレッスンをしていただけるのかと確認したら、お姉さま方はそれくらいのお礼は当然だと頷かれた。
馬は村にもいたけど乗ったことはないし、マナーはわけがわからないし、ダンスは足踏みそうで怖いけど、麗しいお姉様方に教えていただけるのならなんとかなりそうな予感はする。
私がくらっと来たところで、ヨハンナ様は身を乗り出してきた。
「そしてそして、無事婚約解消されて悪役令嬢連合協議会名誉会長に就任されたギネヴィア様からは!!
なんと!!ウィルヘルミナ様がどのような相手と恋に落ちても、ご結婚を支援するお約束を!!
男爵でも子爵でも伯爵でも侯爵でも公爵でもなんなら皇族でも、はたまた逆に平民とでも、もしご家族やお相手の家族と揉めた際には必ずギネヴィア様がお助けします!!」
ギネヴィア様が、わたくしの名にかけてお約束しますわ、と重々しく頷く。
ガチだ。本気だ。マジか。
と、言われても……
「……あの、そういう予定はまったくないので……」
ほんとにないので、普通にすっと冷静になった。
ヨハンナ様が「あ、これしくじった」って顔をする。
それを見て、今度はウィラ様がずいと身を乗り出された。
「頼む、レディ・ウィルヘルミナ。
このままでは、あの子の人生がめちゃくちゃになってしまうんだ……」
ウィラ様は、金の瞳に涙を浮かべておっしゃった。
いつも凛々しく颯爽としたウィラ様の、まさかのうるうるにびっくりした。
ウィラ?とエミーリア様も慌てて肩に手をかけて慰める。
すまない、とウィラ様が片手で目元を隠しながらエミーリア様に身を寄せられるご様子がおいたわしすぎて──
「や、やります……やらせていただきます……」
つい、言ってしまった。
無理無理無理無理こんなの絶対無理!!!!