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26.これっきりとか、厭だ(1)

「ちょっとおおおお!今の態度、なんなんですか?

 ギネヴィア様がいらっしゃるのに、ご挨拶もしないし勝手にクッキー食べてるし!!」


 4階の研究室に入ったところで思わず叱りつけた。

 これでも、あの後どうしてるんだろって結構心配してたんだけど。


「……これ旨いな。もう少し貰えばよかった」


 アルベルト様は作業台の脇の椅子に座ると、ボリボリと2枚目を食べている。


「お行儀悪い人にはもう焼いてあげません!」


 両手を腰にあてて言ってやった。

 アルベルト様は、うへえという顔をする。

 瓶底眼鏡かけたままなのに、思えばよく表情が伝わるものだ。


 勝手にお茶を淹れることにした。

 流しの脇のサモワールのポットから、マグカップに煮詰まりまくったお茶を注いでお湯で少し薄め、すぐりのジャムをたらしてかき混ぜる。

 一応、アルベルト様のも用意して持ってった。

 ありがとう、とアルベルト様は紅茶を飲んだ。

 私も作業台にもたれてお茶を飲む。


 なんとなく、お互い明後日を向いたままだ。


「……なんにしても、君たちが無事でよかった。

 ミナ、頑張ったね」


「……ありがとうございます」


 うむ、と頷いて、三枚目もそのまま食べようとして、アルベルト様はふと手を止め、半分に割って片方をよこした。

 

 えっとこれ、頑張ったご褒美!?

 ご褒美がクッキー半分、しかも私の手土産を勝手に持ち出したヤツってどうよ、と思いつつ、私も食べたかったので、かじる。


 んむ、安定の素朴味。


「あ」


 ふと思い出して、アルベルト様の方を振り返った。


「遺跡で……私の名前、呼びました?」


 光弾(仮)を放つ直前、誰かに名前を呼ばれた。

 そうだ、あの声はアルベルト様だ。


「あー……」


 アルベルト様は、こちらを向いた。


「魔力が渦を巻いて、その中心で君が構えているのが見えて……呼んだ。

 すぐに見えなくなったけど、白昼夢にしては妙だと思っていたら、後でちょうど君たちが戦っていた頃だろうと」


「……どんな風に構えてました?」


 ええと、とアルベルト様は、立ち上がると脚を前後に少し開き、左の手のひらを前に突き出し、右手を添えてみせた。

 ……改めてみると、ちょっと間抜けな気もして目をそらしてしまう。


「だいたい、合ってる気がします」


「そっか。

 ……なんなんだろうね。これは」


 ここは遺跡研究のために設けられた拠点だと聞いたけど、遺跡までそれなりに離れているし、魔法を発動させたのは地下深いところだ。

 なんでアルベルト様がそれを見たのか、そしてなんで私がアルベルト様の声を聴いたのか、わけがわからない。


 お互い、無言になった。


「……えっと、こういう現象について、なにかご存知だったりしませんか?」


 私はまだ魔法や魔力のことが全然わかってない。

 でも、さすがに世界で初めて起きた現象、とかじゃないだろう。


「いやー……どうだろう。

 それなりに魔力に関する論文や資料は読み漁ってるつもりだけど、見た覚えはないな……」


「そうなんですか……」


 この研究室には、背の高い本棚がいくつもあって、魔法や魔力に関する資料が鬼ほどある。

 中にはエスペランザ王国時代の貴重な本だってある。

 といっても、アルベルト様が魔法についてすべてのことを知ってるわけじゃないだろうし……


「というか、こないだのことはなんなんですか?」


 ずっと聞きたかったことを切り出した。


「こないだ?」


「……アルベルト様が泣いちゃったやつ」


 うぐっと咽喉が詰まったような声をアルベルト様はもらした。

 黒歴史扱いらしい。

 そりゃまあそうか。


 まさかと思うけど、手紙の返事くれなかったの、間が悪くて書きづらかっただけなんじゃ……

 いやこっちも、なんて書いたらいいのかわかんなくなった上にまた返事来なかったら辛いとか思ってしまって、次を出しそびれてたから似たようなものだけど。


 瓶底眼鏡の向こうにあるはずのラピスラズリの瞳を軽く睨みながら、私は続けた。


「アルベルト様は、人に目を見られたり、人に触ったりするとよくない影響を与えてしまう人で……だからここに閉じこもってる。

 でも、私にはその影響が出ない、ってことで合ってます?」


 深々とアルベルト様はため息をついた。


「……だいたい、合ってる気がするね」


 「人の言葉をまねっこしないでください」と突っ込みを入れたけど、あんまり勢いをつけられなくて、スルーされた。


「つけ加えて言うと、君が初めて来た時……それからさっきも、俺は自分の姿が見えないようにしてた。

 君には俺の能力や魔法はどうも効かないらしい」


「はいいいいいいいいいい!?

 だ、だって、思いっきりフツーにいたじゃないですか!?」


「……みんな、普通に見えてなかっただろう?」


 えええええええ……


 とりあえず、さっきの場の流れを思い返してみる。


 席の向きの関係で、学院側の出席者の反応はほとんど見えなかったけど、アルベルト様が入ってきたとき、少なくとも研究所側は誰も反応してなかった、と思う。


 ギネヴィア様がいらっしゃるのだから、従僕とかいちいち名乗らない立場ならとにかく、研究員という立場で挨拶もしないまま同席ということはやっぱりありえない。

 所長代理もいるのだし、部下が無言でそのへんに突っ立っていたら、殿下に紹介し、挨拶して着席するよう促したはずだ。


「……クッキーを取った時は、他の人にはどう見えてたんですか?」


  みんなスルーしてたし、ふよふよとクッキーが宙を漂って見えていたようには思えない。


「俺が持った時点で、俺の『影』に入っていたはずだ。

 ま、カゴを受け取ろうとしていたジャレドだけは、俺がいるってわかったんじゃないかな。

 ミナが思いっきり俺に反応してたし、ミナには俺の魔法が効かないと知ってるからね。

 彼は、俺の能力を研究している」


 「『お目付け役』なんだよ」と、アルベルト様は苦笑した。


「なるほろ……」


 最初にここに来た時の騒動が腑に落ちた。


 あの時も、アルベルト様は姿を消していたのに、私が突然「そこの瓶底眼鏡の人、なんなんですか?」とか言い出したから、しっちゃかめっちゃかになったんだ。

 それで、アルベルト様が自分が魔法を教えるって言い出して、関係者として魔導研究所に出入りできるようになったんだけど……


「私に、アルベルト様のかくれんぼが通用しないから、それで観察してみようってなったんですか?」


「……それもある。

 だけど、それだけじゃない。

 とんでもないことに巻き込まれるかもしれないのに、全然わかってなくて、危なっかしくて見ていられなかったからね」


 似たようなことをよそでも言われたような気がする……


「さてと……」


 アルベルト様はぽんと両手で膝を叩いて立ち上がると、ドアのところまで行って、扉を開いて押さえ、どうぞ、と外を示した。


 なにこれ?

 ……もう、帰れってこと?


「……魔法について、俺が教えられることはもうない。

 今回のこと、前回のことをよく思い返しながら、魔導理論を学んで、自分で探っていくしかないだろう。

 ギネヴィアが君を助けてくれる。

 今日の様子なら、エドアルドも助けてくれるだろう。

 だけど俺個人のことは、彼にも話してはいけない。

 公爵家は準皇族だが、彼は嫡子ではないからね」


「はい……?」


 なに言ってるんだろう。


「理論だけじゃない。

 光魔法を使った過去の魔導士の行動も手がかりになるはずだ。

 あとは……アルケディアとエスペランザが魔法をどう捉えていたかだな。

 帝政初期の皇家の動きも参考になるだろう。

 君の故郷に、君の力が発現した要因があるかもしれない」


 ……これ、もう会わないから、最後にヒントを出してる、てこと?

 なんで?

 膝が、震えてくる。


「あの……

 私、……私がいなくなったらアルベルト様がまた泣いちゃうって思ったから、あの魔法が出せたん……ですけど……

 大丈夫、なんですか?」


 なに言ってるんだ私。

 違う違う違う、そういうんじゃなくて!!


「……そうか。

 優しいね、ミナは」


 薄く笑って、アルベルト様はもう一度、外に出るよう促す。

 なんて言ったらいいのかもうわかんない。

 ふらふらっと、扉口まで行く。

 行くしかなかった。


「……もうここに来ちゃダメってことですか?」


 扉を押さえたままのアルベルト様を見上げる。

 アルベルト様は良いとも、ダメとも、なんにも言わない。

 これが最後なら、せめてあのラピスラズリの瞳をもう一度見せてくれたっていいと思う。


 手を伸ばして、瓶底眼鏡をとる。

 アルベルト様は唇をへの字に曲げて厭そうな顔をしたけど、抵抗しなかった。


 硬い表情で私を見下ろしている。


 でも、この瞳、やっぱり綺麗だ。


 これっきりとか、厭だ。

 なにか、これからも会う口実が欲しい。

 なにか……なにか、この人の興味を惹くものがあるはず。


 あれだ、あの幻視。


「……アルベルト様、私、『試練の間』で白い龍と黒い龍を見ました。

 お互いしっぽを噛んで、わっかみたいになったやつ。

 ご覧になりましたか?」


「……輪になった白と黒の龍!?」


 虚を突かれたように、アルベルト様は眉を寄せた。


 ふふんと顎を小さく上げる。


「次に会ったときに教えてあげます。

 もし、私がここに入れないようにしたら……一生教えてあげないから!!」


 奪い取った瓶底眼鏡を押し付けると、私は一気に階段を駆け降りた。

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☆★異世界恋愛ミステリ「公爵令嬢カタリナ」シリーズ★☆

※この作品の数百年後の世界を舞台にしています
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