25.事情聴取されるはずが事情聴取してる
次の週末、エドアルド様も回復されたところで、今度こそ聞き取りがしたいと遺跡に行った全員が呼ばれた。
ギネヴィア様も話を聞きたいとのことで参加される。
魔導研究所は学院から歩いて10分ちょいほどだけど、今日は女子チームでギネヴィア様の馬車に乗せていただいた。
こないだオーギュスト様に乗せていただいた馬車もゴージャスでびっくりしたけど、さらにゴージャスでもっとびっくりする。
外側は艶のある赤に金泥で文様を描いてあるし、中に入ってみたら、椅子はふかふか。
精霊が踊ってる彫刻とかが、あちこちについてるんだもの……
短い間だけど、高速女子トークで盛り上がる。
主にウィラ様が色々突っ込まれて、真っ赤になってたけど。
魔導研究所の正面玄関に乗り付けると、銀髪に鷲鼻のエライ人(所長代理だそうだ)や、護衛騎士が横一線に並んでお出迎えだ。
学院から歩いてくると裏口の方が近いので、初めて玄関から入った。
入ってすぐに小さなホール。
男子チームをここで待つ。
帝国の建物お約束の皇帝陛下と皇太子殿下の肖像画に、代々の所長の名前を刻んだプレートが並んでいる。
みんな殿下と敬称がついているので皇族ばかりということだ。
男性も女性もいる。
10年前に着任している今の所長は、アルヴィン・ロベルト・コルネリオ・ユースタス殿下で、後ろに14th-m23とあった。
当代陛下が15代皇帝だから、つまり先代皇帝の第23皇子だ。
ギネヴィア様も、ほんとはギネヴィア・アウローラ・レクシア・カイゼリン殿下だもんね。ナンバリングは15th-f8。
ということは、ギネヴィア様の叔父様なのか。
やっぱ美形なのかな……オジサマ好きのエミーリア様がぽわぽわしそう。
歴代所長の名前を見ていて、あれ?と思った。
ミドルネームがちょいちょいかぶってる。
女性のうち「カイゼリン」が入ってる人は3人もいる。
ギネヴィア様が、私の視線に気がついて、ミドルネームには有名な皇族の名前をもらうことが多いから、どうしてもかぶるのだと教えてくださった。
ギネヴィア様のお名前の最後の「カイゼリン」は、魔獣の大規模侵攻を押し返して帝国の礎を築き、「救国の皇女」とも呼ばれた初代皇帝第3皇女マグダレーナ様の通称で、女性皇族の名前としてめちゃくちゃ人気なんだそうだ。
男子チームが着いて、ギネヴィア様と私以外は研究所に入るための手続きをしてもらい、1階のまんなかの、主塔の真下にある会議室に案内された。
初めてここに来た時、研究員の人達とお話した部屋だ。
主塔の基部にあたる部分の床には黒い大理石、他の部分は白い大理石が張られていて、境目がわかるようになってるのがちょっと面白い。
会議室は円形で、どーんと大きな円卓が置かれている。
円卓の真ん中に両手で抱えるくらいの大きさの遺跡の模型がこれまたどーんと置かれていた。
壁は作らず、地下1階から4階までの間取りを書いた板を固定したもので、地下1階が一番小さく、2階3階4階と広くなりながら、複数の階段でつながっている。
ドームを表す半球も添えられているけど、結構深いところにあるみたいだ。
一番奥の席にギネヴィア様、続いてエドアルド様、ウィラ様、ゲルトルート様、ミハイル様、セルゲイ様、ウラジミール様、私と並んで座った。
反対側に、所長代理以下、研究所の人が5名。
所長代理と、遺跡の研究をしているという年配の2人は初めて会うけど、あとの2人は魔力を研究している人で顔見知りだ。
所長代理が、本日は殿下にご臨席賜り云々と挨拶をし、その間に紅茶が配られる。
とかやってると、すっとアルベルト様が入ってきた。
よかった!瓶底眼鏡は相変わらずだけど、お元気そうだ!
私のお土産の髪紐で、髪を結んでくださってる。
ちょっと嬉しい。
相変わらずびみょーに薄汚れてる白衣姿のまま研究員の後ろの壁によりかかって、私の方を見ると、人差し指を唇の前に立てて、あとはギネヴィア様達の方を眺めてる。
まず、どういう経緯であの場所に出たのかを訊かれた。
1階入ってすぐに強すぎる魔獣が出現したこと、戻ろうとしたら廊下の一部が沈み、動きが止まったと思ったらあの空間だったこと、そこでアラクネに遭遇して倒し、転移魔法陣で脱出したことなどをエドアルド様がかいつまんで説明される。
ウィラ様やミハイル様も説明を補足し、ヘルハウンドやゴブリンの魔石などのサンプルも提出された。
アラクネの魔石については、誰もなにも言わなかった。
私も知らん顔しておく。
その場で研究者の人達が魔石を調べる。
やっぱり魔石はかなり大きいし、色も普通のものと違っているそうだ。
研究所が回収したサンプルも大きかったそうで、遺跡周辺の瘴気が急に強くなっているのではないかと、若手の研究員さんがおっしゃった。
一通り、エドアルド様達が説明したところで、ギネヴィア様が、研究所の調査結果をお訊ねになった。
転移魔法陣は一方通行だったので、廊下が沈んだ跡の縦穴に滑車を取り付けて降りてみたそうだ。
深さは100mくらいあったらしい。
ドームには魔獣は出なかったものの、壁面の石組みが一部崩落していつ崩れるかわからない様子だったので、ざっくり測量して転移魔法陣の文様だけは写し、アラクネの遺骸だったと思われるサンプルを回収したけれど、再度の調査については検討中とのことだった。
確かに、調査隊が入ってるときにドームが崩れたら助けようがないものね……
魔獣も、私達が入った時よりも出没するようになっていて、滑車をとりつけるのもたいへんだったらしい。
他の遺跡でも似たようなしくみが発見されたことがあったと聞いたけれど、そちらは縦穴が開きっぱなしで降りたら謎のドームにつながっている状態だったそうだ。
その遺跡のドームにもあった転移魔法陣を分析して、同じ遺跡内の最奥の広間に出ることはわかっていたけれど、廊下が動くしくみが組み込まれていたのかと、びっくりしたらしい。
「なぜ、エスペランザ語の魔法陣がアルケディアの遺跡の最奥にあるのかしら?」
ギネヴィア様が不思議そうに研究者に確認される。
遺跡は古代文明アルケディアが作ったもの。
アルケディアの遺跡の奥の奥にいきなりエスペランザ語の魔法陣が出てくるのはちょっとヘンだ。
「アルケディアもなんらかの手段で出入りできる方法を確保していたはずです。
おそらく例の『沈む廊下』を自由に上下させていたのではないでしょうか。
ですが、その技術は失われてしまい、なんらかの事情でドーム最奥にたどり着いたエスペランザ王国人が、転移魔法陣を追加したのではないかと。
瘴気レベルが低くないと作動しない条件がつけられていたのは、ドームに出現した魔獣を、外に出さないためと今のところ考えています」
遺跡の模型を示しながら、研究者の人は説明してくれた。
あの空間から一番近い遺跡内の部屋は、4階の最奥、「礼拝の間」にあたるそうだ。
ほんとだったら地上に出たいところだけど、特に地面の中を通る転移魔法はめちゃくちゃ魔力を喰うので、一番手近なところに出ることにしたのだろうということだった。
アルベルト様が円卓に近寄り、脇から顔を突き出して、模型をガン見している。
私がここに初めて来たときもこんな感じだったけど、ほんと人に挨拶しない人だよな……
今日はギネヴィア様もいらしてるのに、フリーダムすぎる。
アルケディアの人たちがなんであんな巨大遺跡をいくつも作ったのかはよくわかっていない。
けど、今回の件で、エスペランザ王国の人達が、アルケディアの遺跡を利用していた可能性が見えてきたそうだ。
いずれにしても、ああいう空間が見つかっていない遺跡の方が多いので、今後、遺跡探索中に急に動きだすかもしれないと注意喚起するとのことだった。
それはとにかく、よその遺跡でも、魔獣が活発になっているらしい。
増えすぎた魔獣が群れとなって人里を襲う魔獣暴走には至ってないけど、研究者の間では警戒すべきだという声が高まっているそうだ。
ウィラ様も眉をひそめられ、どういう場所で瘴気が強くなっているのか質問されていた。
とかやってると、結構時間が経ってしまった。
まだ本調子ではないのでそろそろ失礼を、という流れになる。
あれこれ根掘り葉掘り訊かれるのかと思ってたけど、エドアルド様がアラクネ戦を巧い具合にささっと説明されたおかげで、「蒼蓮の舞」の高熱でドームの石組みがおかしくなったのかな?的な流れになり、色々突っ込まれずに済んでよかった。
ギネヴィア様がいらしたおかげで、むしろ「皇族が遺跡の異変の現況をご下問になる」という雰囲気だったし。
「あ!そうだ!
あの、普段お世話になっていますし、たまにはみなさんに差し入れなど……と思って」
一番下座に座って、やりとりを速記していた顔見知りの研究員さんに例の村祭りのクッキーを詰めたカゴを差し出した。
ウラジミール様にあげるついでに、たくさん作ったのだ。
このクッキー、大量に作って大量に焼いた方が美味しいしね。
ささっとアルベルト様が寄ってきて、包み紙の隙間からごっそり取ると、1枚その場でかじり始めた。
かじりながら私に向かって親指を立てる。
いやだからギネヴィア様いるし!?
殿下ご臨席の場で堂々とクッキー泥棒とかいくらなんでもないわ、とドン引きした。
でも、研究所の人たちは、慣れているのかスルーしている。
夢中になって研究をしていてご飯を食べそびれるとかよくあるらしく、食べごたえのある甘い物は助かると喜んでいただけたけど、社会的常識をなんとかした方がよいと思うよ……
部屋を出たところで、ギネヴィア様がふと私の方を振り返った。
「ミナは魔法の先生にご挨拶してきたら?
もうお身体は大丈夫とうかがっているし」
ていうか、ここにいるんですけどここに!て口を開きかけたら、後ろからアルベルト様に頭を押されて、無理やり頷かされた。
仕方ないので、「ご配慮ありがとうございます」と、ギネヴィア様や皆さんにお辞儀をして別れる。
エドアルド様が、自分も話したい風にちらっとこちらをご覧になったけど、ならエドアルドも馬車で戻ろうとウィラ様がさっと腕をとって連れて行った。
……女子3人に男子1人は大変そうだけど、そんな長い時間じゃないからいいか。
さっさと階段を上がるアルベルト様をおっかけて、階段を登った。




