23.完全に警戒されてるなそれ
ということで、今度はエドアルド様のお見舞いに行く。
「ミナ!!!良かった!!元気になって!!!」
扉を開けた途端、ウィラ様が飛んで来て、ぎゅううっと抱きしめてくれた。
お胸お胸お胸お胸!!!
顔に超あたってるあたってるあたってる!!!
ていうかもう頭ががっつり埋まってる!!!
なにこれなんてご褒美!?
天国2連発とか生きててよかったあああああああ!!!
しばらくむぎゅむぎゅして、ようやく正気を若干取り戻すと、エドアルド様は、ゆるっとした白いシャツにグレーのパンツ姿で、窓辺のカウチに静かに座り、生温かく微笑んでいらっしゃった。
座ってるだけで、一流の画家が描いた絵姿になってる。
ほんと、麗しい。
……中身はエロクソガキだけど。
さささ、とウィラ様に勧められて、向かい合ったソファに座った。
私はお茶を〜……と、ウィラ様はそそくさとどこかに行ってしまう。
「……エドアルド様、お加減いかがですか?」
「……良かった。
今後ずっと『エロガキ』って呼ばれるんじゃないかと思ってた」
「呼んでよいならお呼びいたしますけどエロクソガキ」
怒りの半眼で突き放す。
あははとエドアルド様は笑って、卓の上に伏せてあったカップを取り、ポットの紅茶を注いでくれた。
……お茶、ここにあるのに、ウィラ様どこに行っちゃったんだろう。
エドアルド様はこほんと咳払いをした。
「……ちょっと、言い訳をさせてほしいんだけど」
「聞くだけ聞きます」
「あの時……これ僕死ぬなって思ったんだよね。
実際、呼吸できなくなるとこまで行ったわけだし。
ウィラに確実に薬を飲ませないとというのもあったし。
……で、まあその。つい。
出来心が生じてしまい……ね」
「ね。じゃないでしょう、ね。じゃ!」
ブチ切れた。
「そもそも動けない相手にあんなことするとかマジのガチでNGですよ!!
それに救援間に合わなかったら、ウィラ様どういうことになったと思います!?
あれでエドアルド様死んじゃったら、ウィラ様の性格じゃ、あんなことされちゃったからには他の方とは結婚できないってなって、辺境伯任せられる親戚探して、さっさと修道院入っちゃいますよ!!
一生、死んじゃったエドアルド様に縛られたまんまの灰色人生ですよ!!
死ぬならウィラ様の負担にならないように死になさいよ!!」
「いやいやいやいやいや……
僕も反省してる。ほんと。反省してるんだ。
悪いことをした」
エドアルド様は頭を下げられた。
私に謝ってもしょうがないじゃないですかとさらにキレると、「ウィラは謝らせてもくれないんだよ」と涙目になる。
日中はずっとここに詰めて様子を見てくれるけど、2m以上の距離を死守、なにかまとまった話をしようとすると、さっきのような調子でさささと逃げるそうだ。
ほんとは起きているのはまだちょっとしんどいけど、ベッドにいるとウィラ様が足元のあたりまでしか来てくださらず、お顔もろくに見えないので、気合で起きているらしい。
……完全に警戒されてるなそれ。
「残念ですけど、当然としか……
そういえば、さっきミハイル様のところにうかがったら、いちゃいちゃラブラブされてましたよ。
もちろん婚約中の貴族男女に許される範囲内でですが。
でも、人目がなければ、ゲルトルート様が、ミハイル様にあーんとかされてる雰囲気でしたね……」
ちょっと盛ってやった。
でも、それくらいやってると思う。
「……こっちは目も合わせてもらえないのに、あっちは『あーん』だと!!」
羨ましすぎてもだえているエドアルド様を尻目に、紅茶を飲む。
今日も紅茶が美味しいな!!
「ぼ、僕だって! ウィラが僕のためにアラクネの魔石を回収してくれたんだから!」
よくわからないことを張り合われた。
蜘蛛はドームの壁に叩きつけられ、軽くめりこんでいたけど、しばらくして自然に落ちてきたそうだ。
転移前はエドアルド様も普通に呼吸できていたので、ウィラ様は、エドアルド様がサンプルを欲しがるだろうと遺骸を見に行かれ、持ち帰れそうな部分を探していたら、割れた外殻の隙間からちょうど覗いていたそうだ。
例によっておさわり厳禁で、その魔石も見せていただいた。
一番長いところで差渡し40cmくらいかな。
薄いピンク色の小さな立方体の結晶がごちゃっと固まって、球状になっている感じだった。
アラクネの魔石としては色々おかしいので、分析が楽しみなんだそうだ。
「それで、だ」
気を取り直すように、そばの小物入れから、見覚えのあるオルゴールのような小箱をエドアルド様は取り出し、小さなハンドルを回した。
盗み聞き防止箱?だったっけ。
ことりとテーブルの上に置く。
「君のあの魔法、あれは……どうやって出したか覚えてるか?」
「ええと……?」
改めて聞かれると、あれ?どうだったんだろう?ってなる。
めちゃめちゃ切羽詰まって、てんぱってたのと、変な、わっかになった白と黒の「龍」?がいたのは覚えてるんだけど……
「なんか左手から出た気はします」
「それは僕も見たさ!斜め後ろからだけど!!」
「だって……もうふらふらだったし」
ぷすぷすと言い訳する。
考え込みながら、エドアルド様は紅茶を飲み干し、2杯目を注いだ。
「おそらく今後、聞き取りがあると思うんだけど……」
「あ、一度魔導研究所に来てくれって言われて、なんかキャンセルになりました」
「は?なんだそれ。
……まあいいや。
見たところ、君の魔法は、今、大陸で使われている属性魔法とは違う原理で動いてる可能性が高い。
少なくとも、魔法陣は確認できなかったしな」
「はあ……」
属性魔法は、基本的にはエスペランザ語で詠唱して魔法陣を生成し、魔力を流して打つものだ。
無属性だと「ライト」みたいにほぼ念じるだけのもあるし、魔力の多い人だと、ゲルトルート様がミハイル様にキレた時みたいに「染み出して」しまうこともあるけど。
でも、アラクネを吹き飛ばして壁に叩きつけるような規模の魔法が、魔力の流れを導きコントロールしやすくする魔法陣なしで打てるっていうのは相当おかしい。
そのへん、どうなってるのか全然わかんないのになんか発動させてるのだから、違う原理でやってるって言われたら、そうなのかも?としか言いようがないけれど。
「初代皇帝が諸国を統一し、帝位についたのは、強大な属性魔法を駆使して魔獣を圧倒したからだ。
皇族や貴族が権威を持っているのは、今も属性魔法に優れているからだ。
例外もあるけど、現代の国家のほとんどで、支配者の正統性は属性魔法の強さにかかっていると言ってもいい
だから平民の生まれでもそれなりの魔力があれば貴族に取り込むし、実子でも貴族にふさわしい魔力がなければ跡を継がせない」
エドアルド様は、ずいと身を乗り出して声を低くした。
「君が帝国の権威を支えている物とは違う、強力な魔法を使えるということ、そういう魔法がこの世にあるということが帝国に知られると、君の人生に、不可逆の障害をもたらすかもしれない。
……だから、できる限り君の魔法の特異性を隠せ。
よくわからないけど光魔法が打てたんですという話にして、詠唱もわけがわからないけど口から出てきてるのかも?ということにするんだ。
実際、よく覚えてないんだから、詠唱してたのかもしれないし、魔法陣だって出てたかもしれない。
たまたま、僕やミハイル先輩の角度からは見えなかったのかもしれないだろう?」
なんだか怖くなってきた。
「不可逆の障害って、……殺されちゃう、ということですか?」
困ったようにエドアルド様は微笑まれた。
「君自身については、それはあまりないかな。
とても貴重な存在だからね。
ただ、殺された方がマシっていうことになる可能性は十分ある」
どういう状況なのそれ……
ギネヴィア様は、魔力の強い子供目当てで、悪い人に無理やり妾にされるたりするかもっておっしゃってたけど……
ふと、アルベルト様のことを思い出した。
こんなにエドアルド様がおっしゃるくらい、私の魔法が変なものなら、その理屈に気がついたアルベルト様が、どっかに……ないないとかされちゃったんだろうか。
「あの……そういえば、魔導研究所で私を教えてくださってた方と連絡が取れないままなんですが。
この話と関係ありますか?」
「あー、体調崩したっていう。
アルベルトだっけ? どういう人?」
「20歳くらいの男の人です。
髪は栗色で、腰まで長く伸ばしてて、一本の三つ編みにしてて。
いっつも瓶底眼鏡をかけてます。
研究所の主塔のてっぺんに住み着いてて……」
ふむ、とエドアルド様は首を傾げた。
「僕も魔導研究所にたまに行ってるけど、アルベルトという研究員は知らないな。
あそこの研究員は、大学院で博士号を取るのが前提だから、普通は28歳からになる。
20歳くらいの研究員というのは、飛び級にしても若すぎるんじゃないかな……
主塔は……あそこは皇家の管轄で、僕は入ったことがないからよくわからないけど。
……あ?だから殿下から、君の魔法修行を見てやってくれって話が来たのか」
え、と声が漏れた。
そもそも、20歳くらいの研究員はいないって言われても。
ほんとはおじさんだけど、20歳くらいに見える人?
いやでも、あの泣き方は年相応なんだと思うし。
ほんとは研究員じゃないけど、研究員って名乗っていたのかな……
「……体調不良でお休みって聞いた時に出した『手紙鳥』は戻ってきてないんです」
「戻ってこないということは、届かないほど遠くに行ったわけでもないんだろうけど……よくわからないな。
今後、彼に『手紙鳥』を出すにしても、様子がわかるまで君の魔法の話はしない方がいいね。
僕が君なら、誰に出す手紙でも、君を狙う可能性がある者が見たらまずいことは絶対に書かない」
「そうですか……」
やっと魔法が発動できたので、アルベルト様や領主様に自慢したい!て思ってたけど、少なくとも手紙じゃダメか……
「というか、私の魔法を隠すのだったら、エドアルド様がトドメを刺したとかって話にしちゃだめですか?」
「それはいまさら無理だ。
あのドーム、結構派手に凹んでたろ?
あんな凹みは僕達には作れない。
すぐ調査が入るだろうし、そこは下手に嘘をつかない方がいい」
「なるほど……」
「いやほんと、ドームが崩壊しなくてよかったよ!危なかったね!」
エドアルド様はきらきらしく笑った。
エロクソガキだけど!!
ついでに白の龍と黒の龍をご覧になったか、おうかがいした。
エドアルド様は見ていないし、他の方も特におっしゃってなかったそうだ。
魔力切れ起こしておかしくなってたから、幻覚とかなのかな……
とりあえず、2人ともお元気そうで安心したし、そろそろ失礼をと腰を上げた。
エドアルド様も盗聴防止箱を切って立ち上がり、ではというところで、ちょちょちょ、と呼び止められた。
右手を胸に当てると、跪いて私に頭を下げる。
本来は皇族や王族にする、男性貴族の最上級の礼だ。
はいいいいいいいいいい!?
ありえなさすぎる事態に、びっくりして固まっている私を、エドアルド様はちょっと顔を上げて私を見た。
「レディ・ウィルヘルミナ、ウィラの命が今日あるのは、君のおかげだ。
僕はこの恩を一生忘れない」
笑んだ眼をしっかり合わせておっしゃると、エドアルド様はもう一度、頭を下げた。
「そんな。だって、だって、私、
…………私がもっとちゃんとしてれば………」
ちゃんと、あの魔法が使えるようになってれば。
さっさと打ててれば。
みんな危ない目に遭わずにすんだのに。
というか一番危なかったの、息ができなくなるまで毒が回ってしまったエドアルド様じゃない。
ぶわっと涙が溢れ出た。
エドアルド様が慌てて立ち上がって、おろおろされてるのはわかるけど、もう止められなくて、泣きじゃくってしまう。
「どうした!ミナ!?」
ウィラ様が駆け込んで来たので、うわああああんと抱きつく。
「……みんな、みんな、生きててよかったなって……!」
わけわからないことを口走っている私を、ウィラ様はそうかそうかと頭を撫でて慰めてくださる。
ウィラ様も涙ぐまれて、ミナが最後まで頑張ってくれたからだよ、とおっしゃってくださり、またぶわっと泣いてしまった。
「あの、……あの、ウィラ様………」
「ん?どうした?」
しゃくりあげながら、私はエドアルド様の方を指した。
「この人、ウィラ様が好きすぎて、大好きすぎて、頭がおかしいんです!!」
「はぁ!?」
エドアルド様が違う違うと両手を横に振られる。
ウィラ様は、色々と思い当たる節があるらしく、無の表情になった。
「か、かわいそうだからッ………責任とって、結婚してあげてください!!」
「けけけ結婚を後押ししてくれる気持ちはありがたいが、物には言いようというものがあるだろう!?」
エドアルド様はめちゃくちゃ動揺して叫んだけど、ぼむっとウィラ様の顔が赤くなったのを見て、あ?と固まった。
これはアリ寄りのアリの赤面……!
と気づいたのか、エドアルド様も真っ赤になる。
私はウィラ様の腕から抜け出して、そっとエドアルド様の方へ押しやった。
固まってるウィラ様は、ふらふらっとよろめかれ、エドアルド様がしっかり抱きとめる。
今は頭ひとつ近くウィラ様の背が高いお二人だけど、小柄とはいえ鍛えられたエドアルド様の軸はゆるがない。
見た目が「精霊様」でも、エドアルド様なら辺境伯できるって、ウィラ様だってわかってるでしょ?
「じゃ!!!
式には絶対呼んでくださいね!!!」
涙を手の甲で拭うと、今度こそお邪魔にならないように、ぴゃーっと逃げた。
寮に帰ると、領主様ご夫妻からの手紙が届いていた。
お二人とも、私が侍女候補に推挙されたことを大変喜んでくださっていた。
……ほんと、生きててよかった。
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