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21.私がいなくなったら、きっとまた泣いちゃう

 とりあえず曳光弾を投げ上げて明かりを取り戻す。


「ライトいきまあああす!」


 大声で呼びかけておいて、蜘蛛の後ろから近づくと、眼をぎゅっと閉じて腕で覆って、蜘蛛の目の前に「ライト」を打つ。


 きゅおおお、と蜘蛛が反応してこっちに来るけど、動きはかなり遅い。

 本体の眼が焼け残ってくれてて逆によかったよ……と思ったけど、もう見えてなくて魔法に反応してるだけなのかもしれない。


 「蒼蓮の舞」の炎でついでに焼き尽くされたのか、床を埋めかけてた白い糸はほとんど残っていない。

 残ってるところは熱風に煽られたのか白い塊になってるから、避けるのは難しくなさそうだ。

 私まで麻痺ったらほんと終わるけど、とりあえず今は心配しなくていいか……


 とか思ってると、蜘蛛がさすがに近くまで来てる。

 ぴゃっと反対側、みんなからなるべく離れたところに走ると、「ライトいきまあああす!」からの魔法。

 蜘蛛が近づいてきたら、また繰り返す。


 「ライト」を打って、引きつけて、走って逃げて、

 「ライト」を打って、引きつけて、走って逃げて、

 「ライト」を打って、引きつけて、走って逃げて、


 咽喉はもうからから。

 足元がふらふらしてきた。

 預かった曳光弾も2つ投げて残り1つだ。

 休憩、って言ってたエドアルド様は、遠目にも力尽きてるように見える。

 ウィラ様は身じろぎされたりしているようだけど、まだ剣を取るのは無理そう。

 ミハイル様も姿勢が崩れたまま、動けないようだ。


 蜘蛛はもうぼろぼろなんだし、どうにかして私が倒さなきゃ……


 剣を借りても、私にはまともに使えない。

 鍬か鋤があればいいのに。

 て、こんなところに落ちてるわけないし。



 ……村祭りの時、どうやって魔獣をやっつけたんだろ。



 朦朧としてきた頭で、村祭りで魔法が発動した瞬間のことを思い出す。

 母さんと弟が危ないってなって。

 なにかが……私の身体の中を噴き上がって、身体が弾けそうになって、出た。


 今だって危ないんだ。

 ウィラ様もゲルトルート様も危ない。

 ミハイル様だって、自分は生きながら喰われることになっても、あんな麻痺した身体でゲルトルート様を守るつもりなんだ。

 エドアルド様は……エロクソガキだけど、ウィラ様を助けようとはしてる。


 私だって危ない。

 このまま力尽きたら、父さんや母さん、弟にも会えない。

 たいした産物もないちっちゃな領から、学院に入学させてくださった領主様や奥様にも会えない。

 私みたいな令嬢もどきを、侍女候補にっておっしゃってくださったギネヴィア様にも会えない。

 ヨハンナやリーシャ、エミーリア様にも会えない。


 アルベルト様にだって会えない。

 アルベルト様、私がいなくなったら、きっとまた泣いちゃう。



 そう、左手だ。

 村祭りが魔獣の群れに襲われた時、左手の手のひらの真ん中から、なにかが出た。

 右手は添えるだけ。

 詠唱はいらない。

 魔法陣もいらない。



 必要なのは「()()()()」。



 その言葉を思い出した途端、すうっと、視界が昏くなって、私の身体の中の「流れ」が見えてくる。


 身体の中をゆるゆるとめぐる魔力の流れ。

 ふわふわとゆらぎながら心臓をくるみ、鼓動にあわせて青白くまたたいている綿毛みたいなのが、私の、意思の、力……

 なんで知ってるのかわからないけど、これが意思の力だってことはわかる。


 そうだ、思い出した。

 村祭りの時は、身体の中を青白い魔力の奔流が噴き上がって、私の意思の力と勝手に絡み合って、光の弾になって出たんだ。


 でも今は、あの凄まじい魔力の奔流はない。

 私が自分で、意思の力と魔力を絡めないと。


 意思の力を少しだけ伸ばして、魔力の流れと絡める。

 2つの力を、蜘蛛に向かって突き出した左手の手のひらに向かって撚りながら伸ばし、細く長く伸ばして、また縮める。

 心臓と手のひらの間でまた伸ばして、縮めて。

 繰り返すうちに、魔力が意思の力と合わさり輝き始める。


 もっと。

 もっと強く。

 きっとできる。

 これならきっといける。


「……ミナ?」



 誰かにすぐ傍で名前を呼ばれてふっと気づくと、私は正面から向かってくる黒焦げになった蜘蛛に、左手の手のひらを向け、脚を前後に少し開いて構えていた。


 蜘蛛が焼け残った前脚を振り上げる。

 最後の眼は紅く凶悪に輝いている。

 この蜘蛛にも意思がある。

 でも。



 私の「意思の力」の方が強い。



 極限まで撚り合わされた力がふっとちぎれ、弾けるように左の手のひらから放たれた光の弾は、蜘蛛を前脚ごと斜め上に吹き飛ばし、ドームの壁に叩きつけた。


 反動で私の身体も後ろに吹き飛ぶ。


 ドーム全体が大きく揺れ、ぱらぱらと砂や小石が落ちてくる。

 仰向けになったまま、腕を上げて顔を守るけど、全身の力が抜けて起き上がれない。


 砂埃を吸い込んで咳き込んでいるうちに、ぱらぱらは次第に収まった。


 曳光弾の明かりが消え、暗闇になった。

 起きて投げなきゃ、と思うけど、もう動けない。




 見上げた視線の先、天井のあたりになにか…ほのかに光ってる。

 輪っかみたいなかたちだ。


 輪っかが次第にくっきりしてきて、互いの尾を噛み合う、白い龍と黒い龍のかたちになった。


 妙に細長い、蛇みたいなかたちの龍だ。

 うろこが生えている。

 でもこれは龍。そうわかる。


 白い龍と黒い龍は互いの尾を噛み合って、ゆるゆると回っている。

 どちらも、鋭く曲がった爪の間に赤青黄緑の珠を握っている。


 白いから善というわけじゃない。

 黒いから悪というわけじゃない。


 ただ、世界を動かす2つの力を象徴しているだけだ。


 光なしに闇はないし、闇なしに光もない。


 白い龍と黒い龍。

 黒い龍と白い龍。



 私は仰向けに大の字になったまま、円環を成して巡る一対の龍をぼうっと見上げていた。




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☆★異世界恋愛ミステリ「公爵令嬢カタリナ」シリーズ★☆

※この作品の数百年後の世界を舞台にしています
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