20.この遺跡を守るヤバイヤツとご対面の流れですか?(2)
ヨハンナに勧められて、はちみつとレモン超たっぷり紅茶を持ってきたのを思い出し、代わる代わる飲んでもらった。
村祭りのクッキーも焼いてきたので、食べていただく。
私は「ライト」待機があるから、飲んだり食べたりする余裕なかったけどね!
順調に蜘蛛の脚は減り、あと4本。
動きは相当鈍くなってきたし、曳光弾の残数も少なくなってきたし、そろそろ総攻撃いっとく?て感じになってきた時……
「なにかしら。
蜘蛛の背中に白いものが膨れてきてるけれど……」
ウィラ様が何度目かの休憩タイムに入った時、だいぶ顔色が戻ってきたゲルトルート様が首を傾げられた。
確かに蜘蛛の背に、白い大きな袋のようなものができていて、みるみるうちに膨れ上がっていく。
「え、子蜘蛛出てくるんじゃ……!?」
地元に背で子供を孵すタイプの蜘蛛がいたのを思い出した。
「まずいな。
『蒼蓮の舞』、詠唱に入ってくれ。
袋の強度がわからないから、子蜘蛛が出てくると同時に白い袋を中心に発動で。
できるだけアラクネ本体も焼いて欲しい」
「……でも、ミハイルを巻き込んでしまわないかしら」
今はミハイル様が蜘蛛の相手をしている。
でもなんかちょっと足取りがもっさりしてるような……?
ミハイル様も勝手が違うのか、慌てているようだ。
「あ!糸!
床の糸で脚をとられてるのかも!?」
蜘蛛がやたらめったら吐いた糸で、床のかなりの部分が白くなってきている。
いままでは避けながら走っていたかもしれないけど、もう避け続けるのが難しそうだ。
「替わろう。
蒼蓮の舞を打つ。
エドアルド、防御頼む!」
ウィラ様がミハイル様とエドアルド様に叫んで、蜘蛛の方へ向かった。
ん?糸がないところなのに、ウィラ様もなんか動きが……?
ゲルトルート様は巨石を背に立つと、「ミナ、タイミングをお願い」と私に言って、両手のひらを前に突き出し、眼を伏せて詠唱に入った。
エスペランザ語の長い長い呪文が続く。
まず直径50cmくらいの水色の魔法陣がゲルトルート様の前方、2mくらいの中空に現れ、次いで水色より大きな緑、緑より大きな紅の魔法陣がドンドンドンと現れる。
紅の魔法陣の直径は1m以上あった。
3つの魔法陣は歯車のように噛み合い、ゆっくりと回転しはじめる。
ウィラ様と交替でミハイル様が退避し、こっちに向かってくる。
動きがやっぱり重そうだ。
フォオオオオン……と、風の唸りのような音が魔法陣から立ち始めた。
蜘蛛の背に眼をこらす。
魔法陣はかなりの速さで回転し、どんどん輝きが強くなる。
白い袋が膨れ上がり、ぱんぱんにはちきれんばかりになって……弾けた。
無数の子蜘蛛が一斉に湧き出してくる!
「今です!」
「焼き払え!!」
かっと眼を見開いて、ゲルトルート様は叫んだ。
その瞳が、炎の色に輝いている。
魔法陣がくるくるっと絡まりあって火球となり、妙にゆっくりと蜘蛛の背に向かって弧を描いて飛んでいく。
着弾したのと同時にエドアルド様が防御石を投げ、ウィラ様をローブでくるむようにして、一緒に蜘蛛から距離を取る。
ぼっと音を立てて、ちょうど蜘蛛くらいの大きさの円を描いて炎が一周した。
めらっと炎が上がると、すぐにごうごうと音を立てて燃え盛り始める。
炎の高さは4、5mほど。
炎は赤から青へと変わり、中型犬くらいの大きさの子蜘蛛達が吸い込まれるように燃え上がりながら中空に舞う。
かなり離れている私の顔も熱いくらいだ。
背を焼かれる蜘蛛は、きゅおー、きゅおーと声を上げながら、苦しげにのたうち回り、暴れまわる。
その動きに少し遅れて、蒼い炎の環もついていく。
まばたきもせず、詠唱を続けながら、炎を操るゲルトルート様の額に脂汗が浮いてきた。
女性の上半身のように見える部分も、髪は焼け落ち、肌もただれて崩れていく。
眼窩から目玉がずりおち、その目玉も一瞬で黒焦げになって見えなくなった。
本体も背側の大半は炭になって縮み、関節も炭になったのか、脚が一本もげている。
そこまで炎色の瞳で見届けて、ゲルトルート様はゆらりとよろめいた。
慌てて支えると、失神されている。
術者が気を失ったせいか、炎が急速に散っていく。
ドームの一番向こう側でもがいていた蜘蛛は……まだピクピク動いてるみたいだ。
そこに、ミハイル様がようやく戻ってきた。
腰を折り、片手斧を短すぎる杖のように地面に突いて、やっと歩いている。
「……麻痺毒だ。
糸から発散されてたんだろう。
ウィラ達も危ない」
「まままままひ!?大変じゃないですか!!」
ミハイル様は笑った。
からっとした、なにか突き抜けたような笑い方だった。
「……ルーをそこの奥へ」
岩と岩の間に、大人でも隠れられそうな隙間がある。
「は、はい」
「ルー」って、ゲルトルート様のことだよね。
えらいかわいい愛称だなと思いながら、岩の隙間の奥にリュックサックを押し込み、気を失ったままのゲルトルート様をずりずりと動かして、リュックサックと岩にもたせかけるようにする。
岩に体温がとられそうだったので、私のマントを挟むようにかけた。
振り返ると、ミハイル様は立っているのがやっとという感じだったので、肩の下に入る形でお支えして岩のところまで戻った。
ミハイル様は、岩に手を突き、ゲルトルート様のお顔をしみじみと眺めて一度震える手を伸ばしかけたけど、思いを切るように向きを変え、ゲルトルート様を背で隠すようにして片膝を立てて座った。
腰からナイフを抜いて脇に置き、片手斧を震える手で握りしめる。
「よし、こっちは大丈夫だ。
残る前脚さえ断てば、ルーには届かない」
「ええええええ……!?」
蜘蛛はまだ生きている。
脚は4本から3本になり、身体ごと縮んでいるけど、ずり、ずりと腹を床に擦るようにしてまだ這い回ってる。
今は向こうの方にいるけど、いつこっちに来るかわからない。
確かに一本だけになってる前脚を切ってしまえば、蜘蛛の顎はゲルトルート様には届かない。
でもそれじゃ、ろくに動けないミハイル様はどうなっちゃうの!?
「あっちを」
回らない舌でミハイル様は言うと、ウィラ様達の方を眼で指した。
エドアルド様が必死に、ウィラ様を隅の方へ引きずっている。
「い、いってきます……!」
ミハイル様達のこともめちゃくちゃ心配だったけど、ウィラ様達もヤバイ。
2人のところに着くと、案の定、ウィラ様も麻痺されていた。
とりあえず、エドアルド様と一緒に、意識はあるけど、ほとんど動けなくなっているウィラ様を、岩の影に引っ張っていく。
エドアルド様の指示で、ローブを敷いてウィラ様を寝かせ、平らな石があったので、頭をもたせかけるようにした。
エドアルド様はまだ動けるけど、相当しんどそうだ。
「背中のポーチ、
赤のアンプルを飲ませて」
エドアルド様は私の方に背を向けた。
緊張で震えてる手で言われた通りにすると、エドアルド様は目顔で頷き、飲み込まずに口を閉じたまましっしと追い払うような身振りをした。
離れろってこと?
少し離れて見守っていると、エドアルド様はこっちを見ていらっとしたように眉を寄せたけど、まあいいやと開き直った風で、ウィラ様に覆いかぶさった。
そのまま唇を合わせる。
「ちょおおおおおおお!?」
この人ーーーーー!!
薬を飲ませるどさくさに紛れて、今、舌入れたーーー!?
めちゃくちゃ強いけど、ウィラ様は令嬢なんだよ!!!! 乙女なんだよ!!!!!
なにやってんの!!!!!
ウィラ様は眼をみはって、片手を上げかけるけど、少し上がったところでぶるぶる震えるだけ。
ウィラ様が動けたら、君、グーパンからの回し蹴りの踵落としだからね!?
ゲルトルート様の意識があったら、君、焼かれてるからね!?
わかってんの!?
「……きゅーけー。
これ、えーこーだん。
きえる前に投げて」
ブチ切れすぎて言葉も出ない私に、エドアルド様はしれっと言うと、ウィラ様の横に脚を投げ出して座り込んだ。
プラムくらいの大きさの球を3つ、パンツのポケットから震える手で渡してくる。
仕方ないから受け取った。
「……ちゃっかり、手ぇつないでるし!!」
ほんとにちゃっかり、ウィラ様の手を勝手に握ってる。
「蜘蛛、来るよ」
後ろを振り返ると、確かに蜘蛛が外周に沿ってよろよろと動き出していた。
このままだと、先にミハイル様達が見つかってしまう。
「このエロガキ!!! 絶対許さないから!!!」
捨て台詞を吐いて、蜘蛛の方へ向かった。
エドアルド様が投げた最後の曳光弾が燃え尽きて、真っ暗になった。




