19.僕が、君を、守る。
2階に降りる階段があるという奥へと向かいながら、さっきの「瘴気反応」とはなにか、ウィラ様がエドアルド様に訊ねた。
神木と呼ばれている樹には、瘴気に晒されると縮む性質を持つものがあり、それを利用して、瘴気が強くなると音が出るものを作ってみたとのことだった。
私も見るだけ見せてもらったけど(絶対触るなと言われた)、まわりを金具で留めた、手のひらに握り込めるくらいの円柱状の魔石の中に、木片を薄く切って金具とつないだものが封入されている。
木片が縮むと、まわりの金具が弾かれて音を立てるそうだ。
「これは凄いな」
「一階は魔獣は出ないと思ってたし、声かけてもらってなかったら、マジやばかったわー」
「…感謝…」
ミハイル様達が口々に褒める中、エドアルド様は「ありがとうございます」と照れつつ、ちらちらウィラ様を見ている。
あーあーあー、これ、ウィラ様に褒めて欲しい流れだ。
ウィラ様がためらいがちに口を開いたところで、ピピンとまた鳴った。
さっと全員警戒態勢に入る。
現れたのは、私の腰ほどの高さの、青緑色の肌をした半裸の小人達だった。
十数体ほどはいる。
ウィラ様が腰を落として抜き打ちざま、2,3匹まとめて片手剣で斬った。
「ゴブリンか!」
「小さいくせに、武器を持ってる!?」
ゴブリンは地元にもたまに出る。
このくらいの背なら、ただのゴブリンで知能も低い。
これが成長して、私の胸くらいの高さになると、知能も高くなって武器を持つのでやっかいなんだけど……
このゴブリン達、小さいのに棍棒や石斧もどきを持ってる。
相手の身長が低い分、ミハイル様達3人組はやりにくそうだけど、ウィラ様は慣れているみたいで、剣を振り下ろしてさくさく倒している。
エドアルド様は飄々と短剣で渡り合ってる。
ミハイル様の背に入るように、ゲルトルート様と一緒に壁にひっついて、特にエドアルド様頑張れ!!と応援していると、わらわらっとゴブリンが増えた。
廊下の前後から押し寄せてきて、ウィラ様が斬っても斬っても減らず、積み重なった屍体に足元が悪くなって退くうちに、空き部屋の一つに押し込まれる形になった。
「ライト!」
既に抜刀組は松明を捨てている。
火がゴブリンに踏み消されて、ついているのは私とゲルトルート様のものだけになってしまったので、エドアルド様が魔法で明るくしてくれた。
ゴブリンが数匹、部屋の中にいたので、ミハイル様が速攻倒す。
私達は部屋の中、ミハイル様も部屋の中で警戒、明かりが届く入り口のすぐ外でウィラ様が無双、セルゲイ様ウラジミール様も頑張ってる、エドアルド様は外でなんかしてるっぽい、という態勢で殲滅していく。
10分ばかりかかっただろうか。
とりあえず静かになった時には、ゲルトルート様はハンカチで口元を抑えて、真っ青になられていた。
今にも倒れそうで、私が脇から支えてるけど、瘴気を含む血の匂いが濃すぎて、私も正直しんどい。
「これはもう、戻ろう。いくらなんでもおかしい」
私達の様子を見て、ミハイル様がおっしゃった。
ウィラ様も頷かれる。
松明を回収して、火をつけ直した。
廊下に出ると、死屍累々……5、60体はありそうだ。
「やっぱりゴブリンの魔石もおかしいな……」
ちゃっかりゴブリンの魔石も回収していたエドアルド様が呟く。
エドアルド様はもう少し留まって調べたそうだったけど、ゲルトルート様の様子がよろしくないし、まずは報告だ。
セルゲイ様とウラジミール様が先行し、真ん中にエドアルド様、ゲルトルート様を挟んでウィラ様と私、その後ろにミハイル様という順になって、入り口の方へ歩き始めた。
というか、大半はウィラ様が斬ってると思うんだけど、ほとんど返り血を浴びてないのがすごい。
セルゲイ様達の革鎧は結構血まみれになってる。
バキン、とエドアルド様の方から音がした。
「うわ、壊れた!?」
瘴気警報器?を取り出して、エドアルド様が声をあげた瞬間、前を行くエドアルド様達を残して、私達が立っていた石畳がずずずと沈み始めた。
あっという間に1m、2mと沈み込んでいく。
「え!? なにこれ!!!!!」
エドアルド様達が慌てて戻って手を差し伸べ、こちらも手を伸ばすが、もう届かない。
「セルゲイ、ウラジミール、外に出て緊急信号を打て!」
私達と一緒に沈みながら、ミハイル様が大声で指示する。
どうしよう、と2人は顔を見合わせた。
「行け!
エドアルドも外に!」
ウィラ様の声で、2人はぱっと離れた。
「ミハイル先輩!」
上からエドアルド様の声がかかり、なんだ?とミハイル様が顔を向けると、ぽーんとエドアルド様が飛び降りてくる。
おりょ、とよろめきながら、ミハイル様がお姫様だっこ状態で抱きとめた。
この人、ほんと落ちてくる人間を抱きとめる破目になる人だな!
目を白黒させて、「なんでまたこんなことに」とミハイル様が自分でも言いながらエドアルド様を下ろす。
「馬鹿ッ!! なんで降りた!!」
ウィラ様が、柳眉を逆立ててエドアルド様の頬を打とうとして……その手をエドアルド様が掴んで止めた。
「馬鹿じゃない。
僕がウィラ様を守らなかったら、誰が守るんだ」
エドアルド様はウィラ様を強い眼で見上げて、静かにおっしゃった。
「君が、私を、守る?」
硬い表情のウィラ様が一言ずつ区切るように言う。
弱っちいくせに、なにを言ってるんだって感じだ。
「そう。
僕が、君を、守る」
ふふんと不遜な笑みを浮かべて、エドアルド様はウィラ様の言葉をそっくり真似るように言い返した。
ウィラ様は険しい顔でエドアルド様を睨みつけ、掴まれた手をもぎ放すと、くるりと背を向けて距離を取った。
なんだかよくわかんないけど、事情がありそうな雰囲気だ。
ウィラ様、エドアルド様から離れたいところだろうけど、そういうことをしてるうちにも、床はゴゴゴ…と結構な音を立てて沈んでいるとこなので、どうしようもない。
沈んでいるのは廊下4m分ほど。
どれくらい沈んだのか……既に元の地下一階部分は遠く高くなっている。
「壁の組み方、地下一階と同じように見えるな」
何事もなかったように、エドアルド様は壁を観察して呟かれた。
「ええと……?」
「石壁や石垣の組み方って、時代によって結構変わるんだ。
これは、もともとこの遺跡に組み込まれた仕組みだってことだよ」
「なるほど……
でも、この遺跡は調査されつくしてるんですよね?
なんでこんなことに……」
「僕らがこの仕組が発動する条件をたまたま満たしたんだろう。
特定の順番で廊下の石を踏んだり壁を触ったとか。
1階の様子がおかしかったし、遺跡の瘴気レベルが一定以上になった状態で誰か来たらってのもありそうだ」
ちらっと見ると、ゲルトルート様が、ウィラ様の肩に手をかけ、なにか囁いて取りなされている。
床が沈む音もあってはっきり聞こえないけど……母上がどうのとかおっしゃってるような。
エドアルド様は知らん顔。
ミハイル様は、こんな時でも……というかこんな時だからこそ、剣の柄に手をかけて警戒していらっしゃる。
さすがだ。
絶賛、気まずい。
そして、すすり泣くような音がし始めた。
あー……ウィラ様泣いちゃったな……
ひょっとして、お母様がウィラ様を守るとおっしゃって、亡くなられたとかなんとかで、トラウマになっちゃってるとかそういうやつなんじゃ……
横目でエドアルド様で睨むと、顔を真っ赤にして「だって仕方ないじゃないか」とぶつぶつ言ってる。
なんでもいいからこの沈む廊下?、早くどっかに着いて欲しい……