18.謎の文明「アルケディア」
ウィラ様、エドアルド様とも行きたいとのお返事で、学院に申請書を出し、次の週の土曜に迷宮に行くことになった。
問題の4人目は、なんとゲルトルート様。
ダンスのレッスンの時にぽろっとお話したら、ゲルトルート様が面白がって、ぜひ同行したいということになってしまったのだ。
当然、ミハイル様とセルゲイ様&ウラジーミル様もくっついてくることになって、あっという間に大所帯だ。
脳筋(4)+魔法(1)+可憐(1)+おまけ(1)という編成なら、生徒だけでも最奥にある通称「礼拝の間」まで往復しても全然余裕だろうということで、朝、早めに出ることになった。
これってエドアルド様が無双する隙がないんじゃという気もしないでもないけど。
日帰りだけど、念の為、ヨハンナやリーシャに相談して、食べ物や飲み物、包帯や傷薬、タオルやら諸々、リュックサックに詰め込んでいく。
集合してみると、結構物々しい雰囲気だった。
脳筋(4)は鎖帷子に革鎧、それぞれ好みの武器を持っている。
ウィラ様は片手剣を左右に1本ずつに加えて柄を含めると私の背の高さくらいありそうな両手剣も背負っている。
ミハイル様は長剣+片手斧、セルゲイ様は曲刀2本、ウラジミール様は片手剣1本と「…あとは内緒…」と言ってたので、暗器とかかもしれない。
ミハイル様達の革鎧は普通の赤茶だったけど、ウィラ様の鎧は艶のある白に塗って金色で縁取りをしたもので、兜もお揃い。
めちゃめちゃ優美で素敵だった。
エドアルド様はポケットがいっぱいついた紺のジレと白シャツ、やっぱりポケットがいっぱいついたゆるっとしたベージュのパンツにリュックを背負い、フード付きの厚手の濃いグレーのローブ。
ベルトから大ぶりの短剣も下げている。
冒険好きの男の子みたいで、今日もきゃわわだ。
ゲルトルート様は濃い緑に白の縁取りのある乗馬用のドレスに革鎧を上半身だけ。その上からマント。
ちなみにゲルトルート様の革鎧は、素晴らしいお胸がしっかり収まるデザインだったので、特注品だと思う。
私はなんとか調達できた乗馬用スカートに、厚手のブラウス、学校から借りた革鎧を上半身だけつけ、リュックを背負ってマントを羽織った。
馬で行くことになったけど、私はやっと馬場でかぽかぽ歩けるようになったレベルだから、ゲルトルート様の後ろにのっけてもらう。
ウィラ様はエドアルド様の後ろがいいんじゃないかとおっしゃったけど、エドアルド様がものすごく厭な顔をして、自分は見た目より装備が重いから馬の負担になると主張される。
ウィラ様はあくまでエドアルド様と私をくっつけたいんだろうけど、エドアルド様が飲むわけないじゃん…と無の顔になっていたら、険悪になる前にゲルトルート様が引き取ってくださったのだ。
ゲルトルート様は乗馬もお上手で、馬も落ち着いて走ってくれる。
おかげで楽しく乗せていただいた。
ゆっくり目の駆け足で野原を抜け、川沿いに下って、森に入ってすぐのところにある遺跡に向かう。
遺跡は山の斜面にくっつくように建てられた大きな石造りの建物だ。
大きさは、武術場よりは小さいくらいかな?
外側はかなり風化してるけど、作りがしっかりしているので、崩落の危険はないらしい。
入り口には歩哨小屋があり、そこで馬を預けて探索許可書を渡し、全員で記帳する。
しっかり管理してるのは良いけど、普段来るのは研究員の人くらいだし歩哨の人はちょう暇そう、と思ったら、内職で作っているのか、遺跡探索用の松明を遺跡価格で売っていた。
松明はかさばるし、明かりは魔法のライトで大丈夫だろうと用意してなかったけど、こうして売っているのを見ると、ずっと魔法で明かりをつけっぱなしというのも疲れるかもってことになって、みんなで買った。
良い商売してる。
めったに客が来なさそうなのがなんだけど……
遺跡の作りは神殿に似ていて、正面扉を抜けてすぐに、太い柱が林立した大きなホールがあり、突き当りに祭壇のような高くなっているところがある。
その奥に階段があり、降りると迷宮だ。
迷宮は、魔法語として使われているエスペランザ語を作り、500年ほど前に滅んだエスペランザ王国よりもさらに前、2000年以上前にこの大陸で栄えていた謎の文明「アルケディア」によって作られたものと言われている。
アルケディアの遺跡は大陸各地に点在しているけど、地上には神殿ぽい建物があり、地下にそれよりはるかに大きな空間があるのが共通しているそうだ。
ここの迷宮は地下4階まであるらしい。
「さてさて、降りてみるかな」
火属性持ちのゲルトルート様とウラジミール様に松明に火をつけていただき、互いに火を移し合って階段を降りていく。
降りたところの廊下は4、5人並んで歩けるほどの幅があったけど、なんとなく、先頭にウィラ様とエドアルド様、しっぽにゲルトルート様とミハイル様、間にその他3人という並び順になった。
廊下を少し行くと、左右に扉口の名残のように口を開いたところがあって、奥はそれぞれ部屋のような空間になっている。
昔は木製の扉がついてたけど、朽ちてしまったとか?
廊下の先は、松明の光では突き当りが見えないくらいで、相当続いてそう。
天井は結構高い。
「不思議ですね、地下にこんなに大きなものを作るのって。
地上に作るよりめちゃめちゃ大変じゃないですか」
「そうだね。
ここ、地下水の流れを利用して、上下水道も組み込まれてるんだ」
エドアルド様が教えてくれた。
「2000年以上前に地下で上下水道完備って……!
うちの田舎じゃ、まだ井戸から水汲みだし、ぼっとんですよ!!」
去年、魔力の測定で初めて領都に出て一番驚いたのは水道だ。
ちなみに学院は当然上下水道完備である。
不意にピピン!、とエドアルド様の腰のあたりから音がした。
「瘴気反応あり。来ます!」
「え!?」
わけがわからないまま、物理組が剣の柄に手をかけて警戒態勢に入った途端、前方の暗がりから大型犬のような魔獣が飛び出してきた。
ウィラ様が左手に持った松明をほとんど動かさないまま、片手斬り一閃、前から飛びかかってきた一頭の首を流れるように断つ。
あまりの鮮やかさに一同、目をみはったところ、後ろから一頭来て、ミハイル様が松明を投げ捨てながら振り向きざまその胴を斬り、返す刀で止めを刺した。
横の部屋からも飛び出してきて、セルゲイ様とウラジミール様がちょっとわちゃわちゃ気味に対応して仕留める。
私はゲルトルート様と一緒になって、邪魔にならないように壁際にへばりついた。
さらに前後左右から襲ってきて、エドアルド様も短剣を振るい、計10頭を倒したところで、とりあえず静かになった。
大きな犬、というのが最初の印象だったけど、死骸を見ると、頭には鋭い角が2本生えてるし、大きな牙が2段、ギザギザに生えていた。
博物学の授業で見せてもらったサメの顎みたい。
めちゃくちゃ怖くてひょあーってなった。
「ヘルハウンドか。
この迷宮だと3、4階あたりで1,2体出るか出ないかじゃなかったか?
それに妙に身体が大きいのばかりだな……」
ミハイル様がいぶかしげに首をひねられた。
「ですね。
魔石も大きいようです」
小さなナイフを出して、ざっくりヘルハウンドの胸を割き、紫色の血にまみれた魔石を回収しながらエドアルド様も首を傾げられる。
きゃわわな仕草と、やってることのギャップが大きすぎる。
「どれくらい大きいんだ?」
剣についた血を拭って鞘に収めながらウィラ様が訊ねた。
ほら、と人差し指と親指で、ごつごつしてるけどだいたい球状になってる魔石を挟んで、エドアルド様がみんなに見せる。
色は赤みがかってる。
「普通、ヘルハウンドなら魔石は直径3cmくらい。
これは5cmはあります」
「本当だわ……
戻って報告した方がよいかしら?」
ゲルトルート様が困ったように、ミハイル様とウィラ様の方をみやった。
「ううむ。
もう少し奥を見てみたい気もするな」
ミハイル様に、ウィラ様が頷く。
「2階に降りたところくらいまで進んで、明らかに様子がおかしいなら、そこで撤収という線はどうだろう。
ゲルトルートは強い攻撃魔法は使えるが戦いには慣れてないし、エドアルドとミナだってそうだ」
「…それが妥当かと…」
「異議なし!」
ウラジミール様とセルゲイ様が頷いた。
「あの……魔獣が襲ってきたときは、今のような感じでいいですか?
私はゲルトルート様とひっついて、邪魔にならないようにする的な……」
あれでよかったのかどうか気になってたので、ウィラ様に訊ねた。
「それがいいね。
先に段取りを決めておくべきだったな。
ゲルトルートとミナは退避してもらって……2人を守るのはミハイル殿でいいかな」
「承知した。ありがたい」
ミハイル様が重々しく頷いた。
ミハイル様としては、先陣を切って戦いたい気持ちも当然あるだろう。
でも、派手な活躍よりも、ゲルトルート様をお守りするのを優先されたい様子で、ゲルトルート様がちょっと頬を染められた。
「セルゲイ殿とウラジミール殿は連携して適宜敵に対応、エドアルドは……」
「僕は遊軍ということで!」
きぱ、とエドアルド様は胸を張られた。
私達と一緒にミハイル様に守られる係だけは断固拒否する構えだ。
きゃわわすぎる。
ウィラ様はなにか言いたげだったが、ミハイル様達もそれがよいだろうと頷かれたので、とりあえずエドアルド様は遊軍枠で進むことになった。
ウィラ様的には、ちゃんと守られるポジションに入ってほしそうだったけど、素人目でも立ち回りに危なげなかったしね。




