15.これって『真実の愛』のためなんですか?(2)
エドアルド様と入れ違いに、ウエイターが入ってきて、皿を下げ、食後のりんごのコンポートと紅茶を置いて下がる。
やっぱり今日はなんか変だ。
普段のランチやお茶会の時は、ギネヴィア様の侍女が部屋の隅で待機してるのに……
「あの……これって『真実の愛』のためなんですか?」
魔法を学院内で習うことになったのは、エドアルド様と私を接触させるため?くらいしか思いつかなくて、ギネヴィア様に恐る恐る訊ねた。
下剋上ヒロイン物の「お勉強イベント」ぽくもあるし。
「それもないこともないけれど……
エドアルドは、魔導研究所とは違った観点から、自分自身で魔力を研究している子だから、ミナのためになると思うの」
ギネヴィア様は、微笑んで頷かれた。
まだ15歳なのに、そんな風にギネヴィア様がおっしゃるっていうことは、わりと普通に天才なのでは!?
「……アルベルト様は、大丈夫なんですか?」
「ええ。
心配しなくても大丈夫よ。
ただ少し……おやすみしたいそうなのね」
よほど不安そうな顔をしていたのか、ギネヴィア様は私の手をぎゅっと握ってくださった。
「あと……ひとつ、ミナに提案があって」
ギネヴィア様は、少しもじもじ気味におっしゃった。
学院長よりもエラい皇女様なのに、私のような令嬢もどきに提案って、なんぞ?とぱちくりした。
「少し前から考えていたことなの。
ミナを、私個人の侍女候補のリストに入れたいのだけれど……どうかしら」
「はいいいいいいいいいい!?」
やっとカーテシーっぽいことができるようになったところで、今この瞬間もギネヴィア様にめっちゃダメな反応をしてしまう私が皇女殿下付きの侍女ですと!?
例のバカ王子のおかげで婚約解消になったけど、別の国に嫁がれて王妃になるかもしれない方だ。
帝国内で降嫁されるにしても、相手は大公とか公爵とか大貴族だ。
宮廷、大貴族家。
そんなところで、私、やっていけるの!?
家宝の壺とか割ったりする予感しかしないんだけど……
「あの……ええと、私、ギネヴィア様大好きだし、お仕えできるならめっちゃ嬉しいですけど……
それって、その……私に出来るんですか?」
いやほんと。大丈夫なのか私。
「それなりに努力して、覚えてもらわないといけないこともあるけれど……
少なくとも、侍女になるのは学院を卒業してからになるから、2年先の話になるわ。
状況が変われば、降りてくれてもよいし、別にペナルティもないの」
手短に、ギネヴィア様は皇族付きの侍女の仕事について説明してくださった。
皇女の場合だと、成人前後に2,3名ほど、未婚の貴族女性から自分個人についてもらう侍女を選ぶ。
今、ギネヴィア様にお仕えしている方は、皇家全体についている人で、ギネヴィア様ご自身が選んだわけではなく、ちょっと意味合いが違うそうだ。
皇族個人につく侍女は、基本的には皇族と同じ館に住み、視察などにも同行する。
皇女の場合なら、お嫁入り先にもついていく。
日常のお世話は主に女官がするので、話し相手兼秘書という感じだそうだ。
皇帝、皇太子とその妃につくなら、通例伯爵以上の家の娘が選ばれるけれど、ギネヴィア様の場合はそこまで厳しくないらしい。
侍女の任期ははっきり決まっておらず、2、3年ほどで役目を降りて結婚や他の道に進むこともあるし、生涯を共にすることもあるらしい。
そのあたりはどうにでもなるそうだ。
「はあ……」
その地位、狙ってる人めっちゃいそう……というのが感想だった。
貴族の女性が成人したら、結婚するか、宮廷に女官として上がるか、魔導士になるかのほぼ3択だけど、女官コースの超エリートってことだし。
皇族付の侍女を務めたら、箔が付いて上位の家にお嫁入りできるとか絶対ありそう。
「なんで私なんですか?」
まだまだめちゃくちゃやってる自覚はさすがにある。
たまにお会いするくらいなら面白がってくださるかもしれないけど、ずっとくっついているとなると、今の自分じゃダメダメだ。
ギネヴィア様はふふっと笑った。
「私もミナが大好きだからよ。
……というのが一番だけれど、あなたの魔力のことが人に知られるようになると、悪い人が利用しようとするかもしれないから、そうできないようにしてしまいたいの。
私の侍女候補になれば、結婚にしても養子先の変更にしても、私の承認が必要になる。
ベルフォード男爵に圧力をかけて、魔力が強い子供を産ませるためにあなたを無理やり妾にしてしまうとか、そういうことはできなくなるのよ」
げ……
そんなことあるんだ!?
「そうなんですね……
ご配慮、ありがとうございます」
ギネヴィア様がそこまで考えてくださってるのにびっくりした。
子供目当てで妾も嫌すぎるけど、私のせいで領主様が困るようなことをされるとか絶対絶対嫌だ。
けど……めちゃくちゃ聞きにくいけど、一つ確認しておかないといけないことがある。
「あの……私、将来は魔導士になって、学費とかお世話になった分を、少しずつでも領主様にお返ししていきたいって思ってたんですけど……そのへんは、大丈夫でしょうか?」
行儀見習という扱いでお給料はほとんど出ないとかだと困る。
実家にも仕送りしたいし。
ギネヴィア様は私の心配を察して、微笑まれた。
「大丈夫。
ちゃんとお給料は出るし、生活費はほぼかからないわ。
競い合ってとっかえひっかえドレスを作ったりし始めると大変だけど、私はそんなことをする人を侍女に迎えるつもりはないし」
よかった!!
なら大丈夫だ!!
「ありがとうございます!是非お願いします!
あと2年、しっかり勉強して、ギネヴィア様のお役に立てるようになります!!」
「今の可愛らしいミナのままでいてほしい気もするけれど……
必要な時には、立派な貴婦人として振る舞えるようになると、それはそれで素敵かもしれないわね」
ギネヴィア様はにっこり笑った。
さっそく、領主様の同意を得て、皇室に申請を出してくださるそうだ。
扉を開けると、侍女が書類挟みを持って待っていた。
ギネヴィア様の侍女は、20代なかばの優しそうな方なんだけど、ギネヴィア様がなにかおっしゃる前に、目線や表情で、先回りして用意しているところを何度か見ている。
クラリッサ様の侍女もそうだった。
私、こんなことできるんだろうか……
既にギネヴィア様の署名がある申請書の内容を確認させていただき、署名をする。
書類には、推薦人の署名もあったけど、サインが華麗すぎて全然読めない。
皇族について知ったことは外に漏らさないという契約書もあった。
実家の家族とかにギネヴィア様がどんな方なのか言っちゃ駄目になるんですか?て聞いたら、一般的に知られていることなら問題ないとのことで、そっちにも署名した。
あとは、申請書に領主様の署名をいただくだけ。
領主様に私からも一言添えた方がよいと言われて、まだまだ至らないことばかりだけれど、ギネヴィア様にお仕えしたいので、ご署名をお願いしますと別紙に書いた。
早馬を出すから、領主様がすぐ署名してくだされば、10日ほどで承認が出るだろうという話だった。
帰ったら、領主様や奥様に、私からも手紙を出さなくちゃ。




