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……また来る?

 厨房組もそろそろおやつ休憩ってことで集まってきたので、ミルクティーを淹れる。

 ドナさんやジムさん達も来てくれた。

 看護人さんが、ベッドの下から板を出して、ベッドの上に渡し、テーブルのようにしてくれたので、アマーリア様にもミルクティーを差し上げる。

 サヴィーナ様は、相変わらず、すっと壁際に引いてしまわれたけれど。


 ネリーさんと、クッキーの上に手をかざして完全に冷めたのを確認し、そろそろ大丈夫っぽいとなった。

 2階や奥の棟で働いている人たち用の分を取りのけて、お皿に入れてお出しする。


「おいしー!」


「うまいな、これは」


「おいしいねぇ、これ」


 ジャン=リュック様やカルロ殿下、ドナさんジムさんや厨房組のみなさんにも好評でほっとした。


 私もすみっこの焦げかけになったやつを齧った。

 一晩置いたものよりちょっと柔らかいかも?だけど、ほんのり温かさが残ってる分、アーモンドの香りが強くて、カラス麦のカリカリ感が最高!


 アマーリア様も、ちいさなお口で一生懸命かじっていらっしゃる。

 眼が合うと、にこっとして「おいしい」とおっしゃってくださった。




 普段、この宮で用意しているおやつのこととか、この近辺の郷土料理のこととか聞きながらぽりぽりしているうちに、お祭りクッキーはあっという間になくなってしまった。


「レディ・ウィルヘルミナ。そろそろ、アルヴィン殿下を迎えに行くが、来るか?」


 壁にもたれて皆を見守っていたサヴィーナ様が、身を起こしておっしゃった。

 気がついたら、もう夕方が近い。


「あ。はい、ご一緒します」


 借りていたエプロンを外して手を洗い、お邪魔しました!と皆さんにご挨拶する。

 ジャン=リュック様には「楽しかったー」と言っていただき、ドナさんや厨房組の人たちにもなんだかんだで助かった、ありがとうと言っていただいて、えへってなった。


 アマーリア様にもご挨拶しようと、移動式ベッドを覗きこむ。


「……また来る?」


 か細い声で訊ねられて、固まってしまった。


 また来たいか来たくないかで言えば、めっちゃ来たい。

 皇宮とは全然違うし、色々戸惑うこともあるけれど、この宮独特の雰囲気が私は好きだ。


 けど、アルベルト様がここに来る許可を取り付けるのだって、苦労されたのだ。

 たまたまおまけでやってきた私が、「楽しかったからまた遊びに行きたいくらい」と言うくらいじゃ許可は絶対に降りない。


「ええと、その……お許しが出たら」


 としか、言いようがなかった。

 アマーリア様は眼をうるうるっと潤ませ、顔をそむけて向こうを向いてしまった。


「あ、その。アマーリア様?」


 声をかけても、アマーリア様は、ぎゅっと身を縮めてしまわれる。


 不意に、ぽろぽろっと涙がこぼれ落ちてしまった。


 私だって、ここにまた来たい。

 かわいいリボンや、絵本をたくさんたくさん持ってきて、アマーリア様と遊びたい。

 サヴィーナ様、ベレニス様、ドナさんとおしゃべりしたり、タチアナ殿下と魔法についてお話したい。

 カルロ殿下やジャン=リュック様と厨房のお手伝いをして、おいしいねってみんなで食べたい。


 でも、よく考えたら、私はまたここに来たいと願うことすらできないのだ。


 お願いするとしたら、まずはギネヴィア様、ディアドラ様にご相談してってなるけれど、そもそもお二人ともこの「湖の宮」を忌避していらっしゃる。

 お二人の好意に甘えているだけの私が、ご意向に反するような「お願い」なんてできない。


 アルベルト様は、私の願いならどんなことでもまずは叶えようとしてくださるだろうけれど、皇弟殿下という立場で、平民あがりの男爵家の養女との結婚を許していただくという、ありえないほど大きな借りを皇家に作ってる。

 私のわがままで、アルベルト様に無理をさせることはできない。


 私は、あと3ヶ月でアルベルト様の妃になる。

 ギネヴィア様達だけでなく、ベルフフォード男爵家やバルフォア公爵家が応援してくれて、皇太子殿下がお許しくださったからアルベルト様と結婚できることになった。

 披露目の舞踏会だって、バルフォア公爵家が大々的に開いてくれる。


 これが、どれだけありえない幸運なのか、よくわかってる。


 でも、だからこそ。

 応援してくださる方々が望まないようなことは、私はできない。

 皇家の掟、貴族の掟、そして見えないしがらみにがんじがらめになって、その隙間でどうにか生きていくしかない。


 血の気が引いていく。

 足元に、ぽっかりと暗い穴が開いて、飲み込まれていくよう。


「どうしたんだ、レディ・ウィルヘルミナ?」


 サヴィーナ様がびっくりしてる。


「わたし、……私、なんにもできなくて……」


 声を上げて泣きそうになるのを必死にこらえながら、どうにか言葉をつないだ。


「別に、あなたになにかしてほしいだなんて誰も思ってない。

 アマーリアだって、ちゃんとわかってる。

 な、そうだろう? アマーリア」


 困惑したサヴィーナ様が、アマーリア様に振るけれど返事はない。


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☆★異世界恋愛ミステリ「公爵令嬢カタリナ」シリーズ★☆

※この作品の数百年後の世界を舞台にしています
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