ピンクの髪の人
入ってきたのは、サヴィーナ様だった。
「少し、いいかな。
アマーリアが様子を見たがっている」
「どうぞ」
ベレニス様が即答され、サヴィーナ様が扉を開くと、大きな乳母車のようなものがぬっと入ってきた。
大型のベビーベッドに車輪をつけたような、特大サイズだ。
大柄な看護人が、部屋の中に押してくる。
立ち上がって迎えると、昨日「泉」で眼があった小さな女の子が、横向きになって身体を軽く丸め、クッションに頭を載せてこちらを見ていた。
薄い布団を肩までかけているのでお召し物はよくわからないけれど、耳より前の髪を細い三つ編みにし、小さなリボンでかわゆく結んでいる。
「ピンクの髪の人」
か細い、「鈴を振るような」って表現がぴったりの、澄んだ声だった。
「昨日、お会いしましたね。
ウィルヘルミナと申します」
スカートを広げ、軽く腰を落として略式のカーテシーをする。
「アマーリアよ」
アマーリア様が、私の方にほっそりした手を伸ばす。
ぎゅっとしたら、それだけで折れてしまうんじゃないかと思うくらい華奢な手だけれど、小さなプリンセスって感じの威厳のある所作だ。
軽く握って額につけるしぐさをすると、アマーリア様は満足げに頷いてくれた。
こんなに痩せた子どもを見るのは、初めてだ。
骨と皮、という言い方があるけれど、ほとんど肉がついていないように見える。
魔力を造りすぎてしまって、身体を造るところにエネルギーが回っていない、的なことなんだろうか。
学校に行く前の子くらいに見えるけれど、ほんとはもっと年上なのかもしれない。
んじーと、アマーリア様は私を見上げている。
ディアドラ様のお供で、孤児院や廃兵院に何度か行ったことがある。
そういう時、ディアドラ様は、相手と同じ目線で、ゆったりとお話されていたのを思い出して、ちょっとかがみ込んだ。
「ピンクの髪、珍しいですか?
私が生まれたところでは、男の人も女の人も、みんなピンクの髪なんですよ」
「おとうさまも?」
アマーリア様は、眼をみはった。
「そうです。父がピンクの髪だと、おかしいですか?」
「んんん……」
微妙な表情で考え込んでいる。
めっちゃかわゆい。
って、よく考えたら、アマーリア様にとって「お父様」とは、エクトル殿下のはず。
エクトル殿下を、脳内でピンク髪に変えてみてもピンとこないって感じなのかな?
厳しいエクトル殿下が、ピンク髪……ま、だいぶ違和感はある。
ふと見ると、ベレニス様もドナさんも看護人さんも微妙な顔をしてるし、サヴィーナ様は眼をぐるんとさせてそらした。
つい、みんなでピンク髪エクトル殿下を想像してしまったみたい。
「アマーリアは、ひとの髪を編むのが得意なんだ。
体調の良い日は、毎朝タチアナ殿下のおぐしを結って差し上げている」
サヴィーナ様が、なにかを誤魔化すように説明してくださった。
「そうなんですか。
昨日、タチアナ殿下にお目にかかりました。
綺麗な編み込みをされてましたけれど、あれはアマーリア様が編んでさしあげたんですか?」
アマーリア様は、ちょっとはにかんでこくりと頷く。
なんだかもじもじっとされているけれど、なんなんだろう。
あ。もしかして!
「アマーリア様、私の髪も結ってみたいですか?」
ぱああっとアマーリア様は笑顔になった。
「うん」
じゃあお願いしますってことで、まずは自分で自分の髪を解く。
今日は、崩れにくく、目立たない感じででとクリスタさんにリクエストして、前髪は流し、全体を一本の三つ編みにしたのを、うなじの上で巻いて留めてもらっている。
ピンや髪留めを外して、編み込みをほぐしていると、サヴィーナ様が乳母車?の下の引き出しからブラシを出してくれた。
ささっと自分で軽く梳き、身を起こしたアマーリア様が触りやすい位置に椅子を持っていって、背を向けて座る。
すぐに、細い指が私の頭に触れた。
髪を毛束に分けて、バランスを確かめているのかなと思っていたら、サイドの髪を掬って編み込みにし始めたようだ。
しばらくすると、ご機嫌な感じの鼻歌が聞こえてきた。
「できた」
とんと肩を叩かれて、立ち上がった。
「素敵ね」
「さすがアマーリア様、かわいらしゅうございますね」
くるっと回ると、ベレニス様とドナさんが声を上げる。
と言われても、どんな感じになったのか、私はわからない。
おろっていると、ドナさんが、たしかこのへんに手鏡がと棚をガサゴソして、大きめの手鏡を2つ見つけてくれた。
「ぎゃ! かわゆい!!!」
思わず声が出た。
全体はハーフアップになっていて、編み込みから三つ編みにした毛束を頭に沿って平らに巻きピンで留めた大小のシニョンが並んでいる。
柔らかく編まれた髪は、めちゃくちゃ立体感がある。
下におろした髪は、編んでいたおかげでいい感じにウェーブが残っていて、お嬢様っぽい!
「アマーリア様、ありがとうございます!」
私の勢いが強すぎたのか、アマーリア様はびくうってなった。
「……ピンクの髪だから、お花みたいにしたかったの」
でも、ちょっと自慢げに教えてくださるアマーリア様、めっちゃかわゆい!
もっかい手鏡で見てみると、確かに大輪の花のようだ。
「ほんと、花束みたいです。
ありがとうございます」
もう一度、静かめにお礼を言うと、アマーリア様はにこっとしてくださった。
「アマーリア、上手に出来て良かったな。
ほら、もう行かないと」
眼しか見えないけど、にこにこしてる感じのサヴィーナ様がそっと促す。
またね、とアマーリア様は軽く手を上げ、看護人が器用に乳母車の向きを変えて、サヴィーナ様と出ていった。
また、「泉」に行く時間なのかもしれない。




