澱(おり)のように重く
「あの。アルヴィン殿下と私の間に子どもが出来たとして。
その子に……障害があったら、どうなるんですか?」
クリスタさんは、少し間を置いて、ためらいがちに口を開いた。
「障害の種類や重さによりますが。
ウィルヘルミナ様のご生家のあたりでは、どうされているんでしょう?」
「目が見えない子だったら、領都の盲学校に送り出すかもですが、基本的には普通に家族と暮らします。
お乳がちゃんと飲めないような状態だと、赤ちゃんのうちに亡くなることもありますけど……」
実際、私が小さい頃、そういうことがあった。
難産の末、生まれた子に麻痺があり、家族は一生懸命育てようとしたけれど、弱っていくばかりでどうにもならなかったのだ。
そもそも、村にはお医者はいなくて、診てもらおうと思ったら、徒歩だと半日かかる隣町までいかないといけない。
隣町にあるのは小さな医院で、薬を出したり、傷を縫ったりはしてくれるけど、それ以上の治療となると、もっと遠い、大きな町まで行かないと難しい。
このあたりの事情は、アルベルト様も気にされて、なんとかしようとおっしゃっているのだけれど。
「さようですか。
貴族なら、普通は養育費をつけて、他家に預けます。
縁談などの障りになることもありますから。
とはいえ、人をつけて領地の別邸などで育てたり、手元で育てる方もいらっしゃいます。
ただし、皇族方のお子に重い魔力障害が出たら、こちらに預けるほかない、ということになるかと存じます」
淡々と、クリスタさんは言う。
「それは、ほぼ会えないし、手紙のやりとりも難しい、ということ……ですよね」
「そうです」
思わず、黙り込んでしまった。
アルベルト様は、魔力がめちゃくちゃ多い上に「器」が薄いために、魔力が漏れ、意図しなくても周囲を魅了してしまったから隔離された。
私は「器」が異様に柔らかいと導師ティアンに言われている。
生まれつき、二人とも「器」が普通じゃないってことだ。
アルベルト様は魔力枯渇をきっかけに「器」が再構成されてどうにかなったし、私も治療の対象とかではないけれど。
でも。私達の子どもはどうなるんだろう。
不安が、澱のように重く心の中に淀んでいく。
クリスタさんは、小さく吐息をついて、私の手に軽く触れた。
「ウィルヘルミナ様。
ご心配になるのはわかりますが、先々のことをあまり気に病まれませんように。
起きていないことで悩んでも、仕方がないではありませんか」
「そ、そうですね」
そもそも、結婚したって、子どもができるかどうかなんて、誰にもわからないことだ。
「いずれにしても、ここに子を預けた方々を、あまり悪く思わないでいただければ。
それぞれにご事情があり、それぞれにお苦しみがあるのですから」
「そう、ですね……」
そんな風に言われて、自分勝手にもやもやしていたことに気がついた。
ジャン=リュック様とかあの女の子くらいの年なら、家族と暮らすのが当たり前だって、私は思ってしまう。
魔力障害のせいで、家族に捨てられてかわいそうだって、感じてしまう。
別に、あの子達が不幸せだとは限らないのに。
ここで治療を受けなければ、症状が悪化して苦しむことになるかもしれないのに。
そもそも、貴族の家では、地位にふさわしくない子を除くのは当たり前のことだ。
貴族の家に生まれても、属性魔法が使えなければ、一族から切り離されて平民となる。
男爵家の騎士であるジュリアさんだって、本当は領主様の遠い親戚だけど、魔力がなかったために男爵家から出され、代々平民の文官または武官として男爵家に仕えている家の人だ。
貴族になるということは、そういう考え方を呑むということ。
皇族の妃になるということは、「湖の宮」のような仕組みを受け入れるということ。
いくら晩餐会の入場順を正しく決められるようになっても、それができなければ結局は「高貴な人々」の社会で生きていくことはできない。
「ところでウィルヘルミナ様。
明日もあちらにいらっしゃるとのことですが、お食事はどうなさいますか?」
しんしんと冷たく沈んでいきそうになる私の心を引き留めるように、クリスタさんは眼を合わせて聞いてきた。
「あー……お昼ごはんのお弁当を用意してもらえると助かります。
水筒もお願いします。
私は夕食に戻りますけど、アルヴィン殿下は戻られないかもしれません」
「承りました。
念の為、殿下にご確認いただけますか?」
タチアナ殿下、カルロ殿下にお会いした報告も交えて「手紙鳥」をその場で書くと、すぐに「めっちゃおもろいのでてきた! 俺はギリまでこもるー! 姉上にまた会えたらよろしく!」とだけ返ってきた。
資料漁りに夢中になって、テンションおかしくなってるっぽい。
ちょっとだけ、笑ってしまった。
クリスタさんは、「今日は早くお休みくださいませ」と優しく勧めてくれた。




