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そんなに気に病まんでも

「そんなに気に病まんでもええと、私は思いますよ。

 慣れぬ者が、驚いてしまうのは仕方ないことです。

 ベレニス様も、そこは重々おわかりのことだろうし。

 そもそも、あなたらが来るから、注意するようエクトル殿下からお言葉もあったのに、ご自分から姿をお見せになったんですから」


「それは……ジャン=リュック様を止めようとされてたみたいで」


「ああ。あの子もねぇ……」


 ドナさんは首を横に振って、ため息をついた。

 どういう意味なんだろう。


 とかやっていると、繕い物の山はどんどん減り、後は裾のまつり縫いがまるっと取れてしまったローブが2着残った。

 広げてみると、めちゃくちゃ裾幅がある。

 まつらないといけないところが長すぎで、二人でうわってなった。


 もう外は暗くなりはじめている。


 深々とため息をついたドナさんは、ちらっと私の方を見た。


「おむつやらなんやら、まだまだ縫わないといけないものがあるんですが。

 ウィルヘルミナ様。明日はどうされるんです?」


「ええと……丸一日、暇です」


 ドナさんは、「じゃ、朝食の片付けが済んでから、9時半再開でお願いできますか?」とめちゃくちゃ圧の強い笑顔を向けてきた。




 サヴィーナ様が戻ってこないので、ドナさんに送ってもらって、馬車に乗る。

 皇宮や貴族の家だと、表玄関に出ていい使用人は執事とか取次に限られるけれど、そのへんもこの「湖の宮」では違うようだ。

 ジムさんが繕い物が溜まっていることを思い出してくれたから、お手伝いすることになったんだと言うと、「アンタもたまには役に立つね!」とドナさんはケラケラ笑い、ジムさんは照れてなんかボソボソ言っていた。

 

 宿泊棟に戻って着替え、夕ご飯をもそっと一人で食べた。

 原寸大模型だった装置の謎はとにかく、お会いした方々についても、よくわからないことが多すぎる。


 まだ夜は早い。


 居間に行くと、隅でレース編みをしていたクリスタさんがさっと立って、お茶を淹れてくれた。

 寝る前用の、カモミールに少しジンジャーを混ぜたものだ。


「クリスタさん、いくつか聞きたいことがあるんですけど……」


「はい。私にお答えできることでしたら」


 クリスタさんは、近くのオットマンに浅く腰掛けた。


「今日、『湖の宮』で療養中の方に何人かお会いしたんですけど。

 皇女として公には認められていないヒルデガルト様以外にも、どういう方なのかわからない方が何人もいて。

 どうなってるんでしょう?」


 公表されている皇族方のうち、お目にかかったのは、アルベルト様の叔父様のエクトル殿下、姉君のタチアナ殿下、ギネヴィア様の兄君であるカルロ殿下。

 あと二人、アルベルト様の兄君がいらっしゃるはずで、もしかしたら「泉」でお休みになっていた方々の誰かがそうなのかもしれない。


 でも、サヴィーナ様、ジャン=リュック様、ベレニス様が謎だ。

 「湖の宮」は皇族が療養する離宮のはずなのに、そもそも『皇族譜』でお名前を見た覚えがない。

 「泉」で、ふと目があった女の子も、どういう方なんだろう。

 あの「泉」には、ほかにも何人も治療中の方がいらした。

 一人、二人なら、ヒルデガルト様のように公に認められていない皇女や皇子が他にもいたのかってなるけど、いくらなんでも多すぎる。


 クリスタさんは、ものすごく微妙な顔になった。


「まず考えられるのは、ここにいらっしゃることを公表されていない方が仮の名を名乗られているとか、こちらで療養されていた皇族方のお子ですが。

 本来、新たな皇子皇女の誕生は、どのような方であれ寿ことほぐべき慶事ですが、生まれた子に『皇族にふさわしくない特徴』があれば、死産だったことにしてしまうこともある、と聞いたことがあります。

 特に、まだ「妃殿下」となっていない、お手つき女官の子であれば。

 そのような事情の方かもしれません」


「え。そんなことにしちゃうんですか!?」


 引いた。めちゃくちゃに引いた。


 先天的な欠損があったりしたら、それだけで「生まれなかったことにする」ということだ。

 死産だったことにされてしまったら、母親と一緒にいるのはおかしい。

 問答無用で引き離されて、ここに預けられてしまうの?


 クリスタさんは、ものすごく微妙な顔のまま頷いた。


「あ、でも。大人になってから『湖の宮』にいらしたという方もお見かけしました」


「そんな方もいらっしゃるのですか?」


 クリスタさんは、驚いて少し考え込んだ。


「よそにいらっしゃることになっている方が、名を変えて療養されているか……

 あとは、皇族の庶子ですね。

 帝国では、複数の妃を娶ることができるのは、皇帝と皇太子だけですが、実際にはその……そういうことも起きます。

 生まれた子は、母親が養育するか養子に出されますが、『皇族譜』や『皇族年鑑』には載りません。

 でも、血のつながりはあるのですから、魔力障害が起きれば『湖の宮』で受け入れる……ということは、ありえるかと。

 治療し、経過を観察すれば、それが皇家の役に立つこともあるのですから」


 侍女として出仕して30年近く、皇宮のことならなんでも知ってるクリスタさんでも、憶測するしかないっぽい。


「……なんだか、皇宮よりも、謎が多い感じなんですね。

 こんなに帝都から近いのに」


「そうですね。昔は母君など親しい方がお見舞いにいらっしゃったり、お手紙のやりとりもあったのですが。

 お見舞いにせよお手紙や贈り物にせよ、療養されている方々のいさかいのもとになってしまうことが多々あったそうで」


 そっか。「湖の宮」は大きいけれど、皇宮の小宮殿みたいに離れて暮らしているわけじゃない。

 お見舞いのあるなし、お手紙のあるなしはどうしても伝わってしまうだろうし、なかなかお見舞いに来てもらえない方が、頻繁に来てもらっている方を妬んでしまうこともあるだろう。


「逆に、お見舞いに来られた方が、対応できないような要求をされて、騒動を起こされたこともあったとかで……

 数代前から、訪問にも手紙にも、理由を申し立てて皇家と『湖の宮』の許可を得ることが必要となりました。

 その許可もどんどん降りなくなり、交流が途絶えるにつれて、『湖の宮』を忌む風潮がますます強くなってしまったようで」


「そうなんですね……」


 エクトル殿下は、皇家に対して強い不信感をお持ちのようだった。

 忌まれる立場に置かれたからなのか、それとも具体的になにか事件でもあったのか。


 なんにせよ、痛ましいな……と思って、他人事では全然ないことに思い当たった。


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☆★異世界恋愛ミステリ「公爵令嬢カタリナ」シリーズ★☆

※この作品の数百年後の世界を舞台にしています
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