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生まれも育ちも普通の農家

「あー……あの。なにかお手伝いさせていただけませんか?

 色々お手数をかけてしまいましたし、ここで帰っても、宿舎でぼーっとするだけなので」


 手伝い? とサヴィーナ様は首を傾げた。


「私、生まれも育ちも普通の農家ですから。

 掃除洗濯料理などなど、家事は一通りできます」


「は? いや、掃除は風魔法を使っているから間に合っている。

 洗濯も魔法を使っているし、料理は料理人がいる」


 サヴィーナ様は、なんだか引いている。

 お顔は眼しか見えないけれど、なんとなく表情が読み取れるようになってきた。


「風魔法でお掃除って、便利ですね!

 でも、拭き掃除は難しくないですか??」


「あー……いや。あなたにうろうろされても、困る」


 一瞬、サヴィーナ様は迷ったけれど、直球で断ってきた。

 それもそっか。


「じゃ、縫い物はどうでしょう?

 私、刺繍は苦手ですけど、つくろい物なら慣れてるんです。

 使い古しのタオルやシーツで、雑巾やおむつを縫ったりできますし。

 それなら、じっと座ってチクチクするだけですから」


 よそは知らないけれど、ディアドラ様の小宮殿では、タオルやリネン類を入れ替える時に、女官達が裁断して、布巾や磨き布にし、それも古くなると縫い直して雑巾、最後は使い捨てのウエスにしている。

 まっさらな布を雑巾にして使ったって全然いいのだけれど、最高の物を使い倒すのが真の贅沢だという価値観からだ。

 ここではどうなのかわからないけれど、簡素な暮らしぶりからして、がんがん使い捨てにはしていないだろう。


「サヴィーナ様。エレナが引退してから、繕い物までなかなか手が回らんとドナがぼやいておりましたが」


 御者さんが助け舟を出してくれて、サヴィーナ様はうーとかあーとか言ってたけれど、結局夕食前まで縫い物をすることになった。

 御者さんに、アルベルト様は今夜は徹夜で書庫に籠もること、私は夕食には戻ることを宿泊棟のクリスタさんに伝言してもらう。


 というわけで、エクトル殿下とお話した、広間の下の小部屋に戻ってしばし。


 どんっと、大籠いっぱいの繕い物と裁縫箱を、パワフルな感じの中年の女性、ドナさんが持ってきてくれた。

 白いローブではなく、たっぷりした深い紺のワンピースを着て、首元に赤のスカーフをしている。

 侍女とかではなく、皇宮では下級女官と呼ばれる人みたいだ。


 お茶を淹れてもらって、2人でおしゃべりしながら、穴の空いた靴下とか、肌着なんかを繕っていく。

 サヴィーナ様は、しばらく壁にもたれて私達を眺めていたけれど、すっとどこかに行ってしまった。


 繕い物は、主にここで働いている人達のものだった。

 仕事で使う服や消耗品は支給されるのだけど、肌着は夏に何枚、冬に何枚とか枠が決まってるそうで、破れたから新しいのください!とかダメで、自費になるそう。

 ま、だったら繕って使い続けるしかないよね。


 母さんよりちょい年上くらいのドナさんは、地元の農家の出身。

 伝手があって、16歳からこの離宮に奉公して、さっきの御者のジムさんと知り合って結婚したそう。

 子どもたちはもう独り立ちして、息子さん2人は看護人としてここで働いているとか。

 二十年以上務めても、なんでこうなるのかさっぱりわからないこともあるけど、楽しいことの方が多いし、ここが気に入ってるんだと笑っていた。


 お医者様や看護人の一部は帝都から来ているけれど、下働きはみんな地元採用で、側仕えはエクトル殿下に従僕が一人ついているだけだそう。

 タチアナ殿下にも、侍女も女官もついていないと聞いてびっくりした。

 人手はできるだけ看護人に回したいし、代を重ねるうちに、宮廷風の礼儀作法に合わせ続けるのは無駄だってなったらしい。

 だからエクトル殿下以外、白いローブ姿なのか。


 ビシバシと縫っているうちに、白髪の男の子・ジャン=リュック様がまたまたやって来た。

 サヴィーナ様を探しに来たらしい。


「さっきのおつかい、どうなったかな?

 ほら、伝言頼まれてたでしょ?」


 恐る恐る聞いてみた。


「ベレニス、部屋に閉じこもって出てこないんだ。

 だから、おつかいのご褒美どうなるのかなって」


「あああああああ……」


 やっぱり、そうなるよね……


 ドナさんは、なにがあったのかと訊ねて、だいたい把握すると、ジロッと私を睨んできた。

 小さくなる私に、ジャン=リュック様は寄ってきて、ぽんぽん質問を投げはじめる。

 なんて名前? どうしてここに来たの? なんで縫い物してるの? いつまでいるの?

 どんなに答えても、終わらない感が凄い!


 ドナさんが見かねて、サヴィーナ様を探してるなら厨房も見てみるといいんじゃないかと言うと、ジャン=リュック様は慌てて出ていった。


「ベレニス様は、大人になられてからここに来なさった方だから。

 当時は、ボロボロに傷ついておられました。

 その頃のことを、思い出されてしもうたんでしょう」


 大人になってからあの痣がでて、ここに来ることになったということだ。

 成長してからとなると、好きな人が出来てから出たのかも知れないし、婚約後に出たのかもしれないし、なんならご結婚後に出たのかもしれない。

 どれだけ辛い目に遭われたんだろう。


「そうなんですね。

 申し訳ないことをしてしまいました」


 うなだれるしかなかった。

 あの時、ほんの一拍だけ、驚きを飲み込めていればよかったのに。


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☆★異世界恋愛ミステリ「公爵令嬢カタリナ」シリーズ★☆

※この作品の数百年後の世界を舞台にしています
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