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これは、装置(アパラータス)じゃない

 魔導研究所の地下と、同じ風景が広がっていた。

 広い地下空間に、アーチを描く柱が林立している。

 その間に、地上の塔の大きさを引き写した円形の凹みが5つ。


 でも、私が魔導研究所の地下に初めて入った時は、床にはめ込まれた巨大な魔石や、そこから伸びる回路が光っていたけど、ここは真っ暗だ。

 じめじめした、土っぽい匂いのせいもあって、廃墟のように見える。

 埃が積もっているわけじゃないので、ある程度掃除はしているんだろうけれど。


「では、検分が終わりましたら、魔力を流しながらこれを振ってください」


 サヴィーナ様は、アルベルト様に手のひらサイズの鈴を渡して、さっと出ていった。

 あまり長居したくないようだ。


 扉が閉じたりしたら嫌過ぎるので、まずは重いバスケットを戸口に置く。

 天井付近に強めに「ライト」を灯し、あたりを見て回った。

 くぼみの真ん中には、直径1メートルはある大きな魔石がはめ込まれているし、見れば見るほど、魔導研究所の地下とそっくりなんだけど……


「試しに、魔力を流してみるか」


 アルベルト様は、真ん中の魔石の上にかがみ込んで、手のひらを魔石に当てる。

 邪魔にならないよう、私は階段の上に上がって距離を取った。


解放リベリゴ


 短く唱えると、ぼうっと魔石が光りだした。


「あああああああ!?」


「やっぱり、こういうことか……」


 アルベルト様が手を置いた部分を中心に、半分くらいまでは普通に光っている。

 でも、その外側は反射で光っているだけで、魔力はちゃんと通っていない。

 よくよく見たら、寄木細工のように魔石を超ぴっちりと組み合わせているみたいだ。


 魔導研究所のと全然違う。


 試しに光を斜めから当ててみると、魔石の境になる線がジグサグに浮かび上がった。

 一番大きいのが真ん中にある魔石、あとは手のひらを広げたくらいの大きさの魔石をめちゃくちゃたくさん組み合わせてる。


 アルベルト様は、めちゃくちゃ頑張って魔力を流したけど、真ん中の魔石に接している魔石にはほんのり魔力が流れても、そこから先はダメだ。

 もちろん、回路が埋め込まれているはずの壁も、ピクリとも反応しない。


 魔導研究所の魔石は、こんなツギハギじゃなかった。

 壁を彩る回路も、魔石と一体となって息づくように動いていた。

 というか、真ん中部分だって、魔導研究所のはなめらかだったけど、こっちのはびみょーに波打ってるように見える。


 これは魔導研究所の装置とは別物だ。

 ぱっと見、そっくりだって思ったくらい精密に魔石をはめ込んだ職人技は凄いけど……凄いけど……


「これは装置アパラータスじゃない。

 ほかの宮と同じく、現状、ただの原寸大模型だな」


 アルベルト様は、半笑いで呟いた。


 見かけは同じだけど、空を覆うほどの人面鳥アルピュイアを一瞬で灼き尽くしたあの凄い光線は、この塔からは出せない。

 そっくりなのに。びっくりするくらいそっくりなのに。


「これを作るの、めちゃくちゃお金かかったんでしょうね」


「だろうな……」


 私達は、いわゆる虚無顔になって顔を見合わせた。




 アルベルト様は予想してたっぽいけれど、まぁまぁ残念な事態だ。


「とりま、計測でもするか」


 アルベルト様は、カバンから巻き尺とか厚みを測るノギスやら取り出して、真ん中の魔石や魔石が嵌まっている金属製の枠などのサイズを測り始めた。


「あれ? 魔石の厚みが全然足りなくないですか?

 あっちは結構盛り上がってて、周りの枠とかほとんど見えなかったですよね??」


 魔導研究所の魔石は、水滴みたいに真ん中が盛り上がっていて、枠はほとんど見えない状態だった。

 こっちの魔石はほぼ平らで、枠も丸見え。

 枠のてっぺんから魔石のてっぺんまで、2cm以上空いている。


「いや、ここが造られた時点では、魔導研究所の魔石の厚みはこんなもんだったんだ。

 あっちは、俺ら『所長』が延々魔力を注いだから分厚くなったと考えられてる」


「へ? 魔石って、魔力を込めたら大きくなるんです??」


 そんなこと聞いたことないので、びっくりした。


「成長する魔石なんて、少なくとも帝国では魔導研究所のアレだけだ。

 容量を超えた魔力を普通の魔石に注げば、割れるからね」


 へにょんと石段に座ったアルベルト様は、私を膝の上に座らせると、例によって遮音魔法を展開して、あれやこれや説明してくださった。


 昨日説明してくださったように、最初に造られたのは、魔導研究所の装置。

 これは、初代皇帝エルスタルの皇女マグダレーナことカイゼリンが遺したアイデアを元に、彼女の没後、カイゼリン派だった重臣が中心となり、その時は皇太子だった三代皇帝案件として十年ほどかけて造られた。

 こちらは無事起動に成功して、試射したら凄い威力が出た。

 そもそも、学院の敷地や野原は、その試射の跡だと聞いてびっくりだ。


 なので帝都を守るために、もっと造ろうってなったのだけど──


 候補地の選定とか、予算の調整とかで何年もかかっているうちに、いざ造ろうとなったら、オリジナルの装置アパラータスの設計書とか資料がごっそりなくなっていた。

 魔導研究所の建設を主導した重臣が失脚し、建設に関わった人々の行方がわからなくなってたとか、色々面倒な事情があったらしい。

 そうは言っても、動いている現物と運用手順書もあるのだから、そっくり模倣すればなんとかなるだろって見切り発車で、まずこの「湖の宮」の装置が造られ、「春の宮」「薔薇の宮」の装置も造られた。

 このへんは、カイゼリン派を潰した側のメンツとか色々あったみたいだ。


 当時は、三代皇帝の御代。

 大規模魔獣襲来の怖さが忘れられていなかった時代だってこともあるだろう。


 んが。肝心の魔導エネルギーを溜めておく魔石が巧く作れなかった。

 かろうじて見つけた技術者の生き残りが言うには、魔法陣を書き込んだ盤の中に魔石をたくさん敷き詰めて、熔かして一体化する「灼成しょうせい」という加工をすると聞いたけど、当時助手だったその人自身は立ち会っていないので、詳細がわからない。

 そして、その「灼成」が、ここでも、他の離宮でも巧くできなかった。

 当然、魔力を流し込んでも無駄なので、放置するしかない。


 ちなみに、魔導研究所の改修はまだ終わってないけど、床の魔石自体は無事なんだそうだ。

 来年には回路と再接続し、待機状態に戻せたら、その後は引退した皇族に交代で魔力を注いでもらって維持する案が今のところ有力とか。

 アルベルト様が「塔」から解放されたのは良かったけれど、代わりに他の方が閉じ込められたら厭だなとずっと思っていたので、ほっとした。


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☆★異世界恋愛ミステリ「公爵令嬢カタリナ」シリーズ★☆

※この作品の数百年後の世界を舞台にしています
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