ヨハンナ! デイム・ヨハンナ!
「うぐぐぐ……もう行かねば、なのです」
諦めたヨハンナは、へにょりと項垂れた。
「ん。仕方ないね」
近くにいた女官に、ヨハンナを送ってくると伝えて、外に出る。
急に冷え込んできて、吐く息が真っ白だ。
私は大股に、ヨハンナはちょこちょこと、少し急ぎ足で宿舎に向かう。
「というかミナ。わざわざ送ってくれなくても。
帰りはミナ一人ではないですか」
「へにゃへにゃのヨハンナを一人で帰すわけないじゃん。
帰りは、ぴゃーっと走って戻るからへーきへーき!」
「くぅうううう、久々にミナのヒロイン力が! まばゆいのです!」
相変わらずよくわかんないことを口走っているヨハンナに、豪華分冊本のその後を訊く。
最終巻は3月末に配本なのだけど、サブシリーズ「知られざる英雄たち」も実績良好のようで、良かった良かったってなった。
「あ。そういえば、年末にアントーニア様の侍女からお問い合わせがあったのです。
例の『奇跡の乙女』の絵師を紹介してほしいと。
来年の1月に行う結婚式の引き出物として、アントーニア様とヘルマン卿の姿絵を絵皿に焼いたものを配りたいそうで」
「えええええ、そんな引き出物ってあるの!?
御本人や親しい方ならとにかく、飾るのもアレだし、お皿として使うわけにもいかないし、捨てるわけには絶対いかないし」
ヨハンナは微妙顔になった。
「わたくし、マナー本の類もそこそこ読んでおるのですが、そんなん見たことないのです。
陛下の肖像なら、記念絵皿になったりしてますが」
「あー! 村長さんちのマントルピースに飾ってあるやつ!」
お皿っていうよりお盆?てなるくらい、大きな絵皿だ。
よく考えたら、人物の特徴がはっきりわかるように描くには、結構大きくないと無理だ。
ということは、出席者はみんな、お盆サイズのアントーニア様♡ヘルマン様の絵皿をいただくことになるのか。
そんなんどうしろと……
「私もお式に呼ばれるのかな……
いや、アントーニア様のお祝いしたいのはしたいけどどどど」
「ミナはアントーニア様と一緒にカイゼリン桃花章を貰ってるですし、普通に呼ばれるのでは?
そもそもギーデンス公爵家は、社交シーズンの開幕にド派手にぶちかましたいようで、仲が良かろうが悪かろうが、無差別招待しまくると思うですよ」
「それって、塩対応したいからわざわざ招くまであるってこと??」
とか言いながら歩いていると、後ろからかすかに叫び声が聞こえた。
なんぞ?とヨハンナと一緒に振り返る。
「ヨハンナ! デイム・ヨハンナ!」
ギネヴィア様だ!
ギネヴィア様が、白馬に乗って、こちらに駆けてくる。
後ろに近衛騎士も三騎ついてきていた。
ギネヴィア様が魔導騎士団本部に行かれるときは、通常四騎つくから、騎士の一人から馬を借りて追いかけていらしたっぽい。
「姫様!?」
ヨハンナがぱああっと笑顔になって、ギネヴィア様の方に駆け出した。
ギネヴィア様は、さっと馬を止め、魔導騎士団の制服の裾をひらりとさせて飛び降りると、ヨハンナに駆け寄る。
2人は、ひしと抱き合った。
「よかった、追いつけて。
もう帰ったと聞いた時は、どうしようかと思ったのよ」
うるるっとしながら、ギネヴィア様はおっしゃった。
「報連相不足でご心配をおかけし、まことに恐縮なのです!」
ぐりぐりと頭を撫でられながら、にゅふっとヨハンナが返す。
見ている私まで、ぽかぽかしてくる。
って、ヨハンナは門限ギリギリ。
まだ半分くらいしか来てないから、急がないと!
「ギネヴィア様、ヨハンナを後ろに乗せて、馬で送っていかれますか?
積もる話もあるでしょうし」
ささっと申し上げると、ギネヴィア様は「そうしましょう」と即断された。
さっそく、「ワイはいつまで姫さん方のいちゃいちゃを見とればええんです??」って顔で待っていたお馬さんにさっと跨がり、ヨハンナに手を差し伸べる。
ギネヴィア様の手を掴んだヨハンナを後ろから私も支え、向こう側からも駆け寄ってきた騎士が手助けして、無事横乗りになった。
ヨハンナがギネヴィア様にがしっと掴まると、ギネヴィア様は、ヨハンナを手助けしてくれた騎士に私を小宮殿まで送って行くよう命じられた。
「じゃあミナ、また後で」
ギネヴィア様は振り返って私に声をかけると、馬腹を軽く蹴った。
「ミナ。ありがとうなのです!」
宵闇の並木道、二人を乗せた馬はとことこと遠ざかっていく。
その後を、護衛が二騎ついていく。
なにはともあれ、二人が会えて、ちょうほっとした。
次話から、しばらく「湖の宮」での話が続きます。
長いパートですが、お付き合いください…
ヨハンナ「『湖の宮』といえば、エピローグで、アルヴィン殿下が亡くなられ、後にミナが行方不明になるとされた離宮ではないですか……」(おろろ)
 




