瞬殺する気満々
「ちょおおおおお!? なんでそんな方が、侍女見習いの先生なんてしてるの!?
舐めた態度とってくるヤツをあぶり出して瞬殺する気満々じゃん!」
「満々なのです。
そして、今回はわたくしが餌としていい感じに機能してしもうたのです。
ま、おかしいとは思うたのです。
どこに行っても、居合わせた侍女やら女官は皆、『アンナ先生』に略式のカーテシーをささっとしておりましたし。
お召し物も、一見、無地の簡素なものに見えて、めちゃくちゃ仕立てが良かったのですよ」
「あー……そういうことにも気づけってことだったのかな??」
「おそらく」
ヨハンナは、こくっと頷いた。
「で、わかってなかった嫌がらせ令嬢はその場で退場?」
ヨハンナは、こくこくした。
右腕を断たれるとか、エグい話になる前に宮中から下がれて逆に良かったのかもしれない。
その方の姉妹が出仕を望んでも却下される程度のペナルティは、あるかもだけど。
「そんで、どうしてヨハンナが女官コースに行くことになったの?
一方的に絡まれたのに、喧嘩両成敗的なアレ?」
「そうではないのです。
とりま数日、大人しく研修を受けておったのですが、午前中の座学は皇家や各貴族家の歴史などの講義が中心で。
その内容が、わたくしが知ってる話ばかりなのがいつの間にやらバレてしもうたのです」
「いや、嫌がらせ令嬢の家系べらべらした時点で即バレてたっしょ……
ていうか、ヨハンナは学院でもめっちゃ成績良かったし、礼儀作法だってわかってるし。
よく考えたら、研修いらなくない?」
ヨハンナは、出版界では帝国一のゲンスフライシュ商会の娘。
言動が奇天烈な時もあるけど、めっちゃお嬢様だし、礼儀作法だってちゃんとしてる。
10歳でギネヴィア様と知り合って、この小宮殿にも外商ってことでちょいちょい出入りしていたし、家だって貴族とのつきあいがあるから、高貴な方々にもともと慣れているのだ。
「侍女としての礼儀作法などは知らんことも多いので、不要ということは全然ないのですが。
しかし、『アンナ先生』に呼ばれて、ちょっとこの問題解いてみろ言われて解いたところ、研修の最終試験をパスしたことになってしまいまして」
「あああああ……ヨハンナ、全力で全部解いちゃうから……」
「知識・教養は十二分にあるのはよいが、体力がなさすぎだと言われました。
2日目の午後、ほどよく気配を消しつつお客様に紅茶を注いで回る実習をしたらば、腕が露骨にぷるぷるしてもうたのです。
3日目には、旅先などで侍女がベッドメイクすることもあるからとやり方を習ったのですが、キングサイズのベッド一台にシーツを張ったところで、へとへとになってしまい」
「ええええええ……さすがに体力なさすぎっしょ!?」
思わず突っ込んだ私に、ヨハンナはかくりとうなだれた。
ヨハンナ、本に全振りした人生だからな……
「そういえば、魔獣襲来の時、ユリアナさんはデイドレスを着て、制服の私とおんなじスピードで突っ走ってたし。
侍女って、結構体力勝負なのかな」
だいぶ織れたので、手前のバーに織った分を巻き取りながら訊く。
秋に出た豪華分冊本のユリアナさん回で、もともとは女騎士を目指されていたと知って、なるほろってなったけど。
ちなみに、その後、ユリアナさんには縁談の申し込みが殺到し、ギネヴィア様の護衛として殉職されたベルゼさんの末の弟さんとご結婚されている。
もともと知り合いだった弟さんが、根性キメてプロポーズしたのだそう。
「そういう面があるのは否めんところで。
なので『アンナ先生』にも、このままではギネヴィア殿下の足手まといになりかねないが、どうするつもりなのかと詰められたのです」
「そう言われたら、そりゃそうかもってなるけれど。
で、それで……なんで女官コースなの??」
そこがよくわからない。
「鍛えるというほどの話ではないですが、とにかく身体を動かすですからね。
午前中の侍女見習いの座学の間は、トレーニングのつもりで女官見習いと掃除や洗濯の実習をしとけということになったのです。
そんで、午後は侍女見習いの実習に参加せよと」
「それ……ほんとに嫌がらせとかではないの?
すっごく変な感じがするけど。
侍女は、掃除や洗濯はほぼほぼしないものでしょ?」
たとえば、ディアドラ様付きの侍女の中で一番ご信任の篤いクリスタさんが、掃除や洗濯をすることはまず考えられない。
そういうことは、女官がすることだからだ。
ヨハンナに侍女コースの歴史講座は今更いらないだろって私も思うけど、めっちゃもやもやする。
「いうて、ギネヴィア殿下が遠征される時、ずらずらと何人も女官を連れてというわけにはいかんでしょうから。
侍女というより、将校の身の回りの世話をする従卒のような働きをせねばならん場面も多々あろうとは思うのです。
実際、片付けくらいならとにかく、本格的な掃除や洗濯などしたことがなかったですし。
こんなに大変とは知らんかったのですよ」
ヨハンナ自身は、悪意があって排除されたとは思っていないようだ。
「なるほろ……
ヨハンナ、お嬢様だからなぁ」
ヨハンナのおうちに泊まりに行った時、びっくりした。
タウンハウスで出迎えてくれたのは、立派な執事。
それとは別に、従僕とかメイドとかもたくさんいて、ヨハンナにも専属のメイドがついている。
本やノートの整理は完璧なヨハンナだけど、その他のことは脱いだ靴下の回収まで全部ヨハンナ専属のメイドがする。
道理で、寮の部屋がカオスになりがちだったんだ、と納得した。
ちなみに、リーシャは騎士爵の令嬢なので、平民のヨハンナより身分が上の立場だけれど、騎士系の家は自分で身支度できるように早くから仕込まれるそうで、毎朝ベッドメイクまでぴしっとやっていた。
ヨハンナは、自嘲するように笑うとコーヒーの残りを啜った。
「姫様にお仕えしたいという、長年の夢が叶いはしたのですが。
ハピエンの向こうには、現実があるのですよ。
今の自分では、十分働けないのは確かなのです。
小一時間、窓を拭いたら筋肉痛とか、我ながらなんじゃこりゃーってレベルですので」




