新年の大舞踏会
男爵家に戻って、奥様、お義姉様方にも花嫁衣装の刺繍を頂戴しつつ、親戚やラザルス伯爵家など縁の深い方々に挨拶まわりをする。
領主様や奥様は領内をこまめに回っていらっしゃるのだけど、ヴェント村のような花嫁衣装は覚えがないと首を傾げていらした。
近隣の領にもないっぽい。
隣町でも、普通に白のワンピースとかだもんね……
新年の大舞踏会は、皇宮の「雲の間」を中心に大々的に行われた。
先代陛下の喪が正式に明けて、最初の陛下主催の舞踏会だから、去年の叙勲式の時より出席者が多くなるだろうと聞いた。
領主様ご夫妻に連れられて宮殿に向かい、控室で魔導省の式服姿のアルベルト様と合流する。
「アルヴィン皇弟殿下、ベルフォード男爵が養女レディ・ウィルヘルミナ。
ベルフォード男爵夫妻、ご入来!」
去年は、アルベルト様のお名前は小声にしてもらったけれど、今年は堂々と呼ばわってもらい、めちゃめちゃキラキラしたシャンデリアがいくつも輝いている壮麗な「雲の間」に入る。
ちょっと、ざわっとした感じがあった。
「例のアレか?」って感じで、視線があちこちから飛んでくる。
さっと顔を寄せ合い、扇の影で囁き交わす人たちも見えた。
去年は、なにをどうしたらいいのかよくわからないまま、ほわほわっと出席したけれど、今年は違う。
私はもう、アルベルト様の婚約者だ。
あと半年したら、「アルヴィン皇弟殿下」の妃になるんだ。
まだ、色々足りないことはわかってる。
でも、堂々としなくちゃいけない。
とりあえず、開幕コケたらアホがバレてしまうので、アルベルト様の腕にしっかりつかまって、数段だけある階段を降り、一緒にお辞儀をした。
領主様ご夫妻と、まずはバルフォア公爵家にご挨拶。
アルベルト様に作って頂いたドレス、めっちゃ褒めていただいて、嬉しかった。
例によって、夜食を一緒に食べることになる。
それからラザルス伯爵家ほか、男爵家のご近所の方々にご挨拶。
こちらでもドレスを褒めていただき、令嬢方にはめっちゃ羨ましがられて、アルベルト様と二人でえへえへになる。
でもやっぱり、知らない人にわりと見られてるし、ひそひそ噂されてるっぽい気配もあったので、試しにギネヴィア様がおっしゃったように、目を合わせてにこっとしてみた。
あびゃ!?ってなってる方もいらしたけど、とりあえず笑顔を返していただけて、ギネヴィア様すごい!ってなる。
「殺すぞ?」ってつもりは、私はないけれど。
ワルツの時間になったので、「雲の間」へ戻る。
千人を超える皇族・貴族が見守る中、今回は、陛下と第一皇妃であるイングリッド妃殿下が最初の「皇帝のワルツ」を踊られた。
長年、一緒に踊られているだけあって、息ぴったり。
お互い、パートナーとして深く信頼しあっていることが傍目にもわかる。
でも、豪奢なシャンパンゴールドのドレスをまとい、微笑みながら踊られているイングリッド妃殿下の表情をつい追ってしまった。
君主であっても一夫一妻としている国の王女であるイングリッド妃殿下が輿入れされた時、陛下は近衛師団の士官で、将来は騎士団の幹部として次の皇帝を支える予定だった。
陛下にも皇位継承権はあったし、第一皇妃の猶子にもなられていたけれど、母君は侍女出身の妃だったし、皇妃腹の皇子の誰かが皇太子になると思われていた。
皇帝、皇太子は複数の妃を娶るけれど、ほかの皇族はそうではない。
だから、一人の妃が当たり前の国で育った妃殿下は、他の皇子ではなく陛下に嫁がれたんだと思う。
それが、なにがなんだかよくわからないゴタゴタが立て続けに起きて、結局陛下が皇太子になり、皇帝に即位して、皇妃殿下はなし崩しに、ご自身の夫がたくさんの妃を娶られることを受け容れざるをえなくなり、さらにお妃方を統率するお立場になってしまわれた。
そして、陛下の「最愛」である、メリッサ夫人の登場。
ギネヴィア様も、ディアドラ様も、ガラテア様も苦しい日々をたくさんたくさん過ごされたけれど、イングリッド妃殿下のご苦労は想像もつかない。
そもそも、言葉が違う国から嫁いで来られたのだ。
ついでに言うと、お子様はギネヴィア様の姉君お二人。
出生時に母君を喪われたウルリヒ皇子を引き取り、皇太子として立派に育て上げられたけれど、先代皇帝やうるさ方には、あれこれ厭なこともされたんじゃないだろうか。
淡い金色の髪を高く結い上げて踊るお姿は、いかにも典雅でお美しい。
西大陸の社交界の頂点にふさわしい方だ。
でも、あの微笑みの奥になにがあるのか……私には読めない。
ワルツが終わり、はっと我に帰った私は、慌てて拍手に乗っかった。
陛下と妃殿下が皇族席に退かれたところで、一斉にフロアに人々が入り、あちこちで踊り始める。
領主様ご夫妻に踊っていらっしゃいと言われて、アルベルト様と私も踊った。
舞踏会にだいぶ慣れてきたし、楽しい!
三曲踊って、ちょっと休憩ってことで、軽く飲み物を飲んだりうろうろする。
「ウィラ様!」
「雲の間」の大階段の近くで、深い紫のしゅっとしたドレスをお召しになったウィラ様と、エドアルド様を見つけた。
相変わらず美々しいブレンターノ公爵夫妻、巌のようなパレーティオ辺境伯もご一緒だ。
「レディ・ウィルヘルミナ。今年の手帳は大丈夫ですか?」
それぞれご挨拶したところで、公爵閣下はちょっとからかってきた。
去年は、アルベルト様が私の予定を全部埋めてしまって、閣下に叱られたのだ。
「今年は大丈夫です!
ちゃんと空けてもらいました!」
「どれどれ?」
閣下に、舞踏会用の手帳をお見せする。
といっても、例によって、リストの多くは「俺」で埋められているのだけど、一応空白はある。
閣下はページをめくりながら、ふむふむと空白を数えた。
「バルフォア、うち、パレーティオ、コンテ、アントノフ、もう一つは……プレシー。
このあたりが許容できる最低限として6枠、というところですか」
「ふぁ!? 俺の算段がまるっとバレてる……」
言い当てられたアルベルト様が軽くのけぞった。
なんの話?ってなってるウィラ様とエドアルド様に、公爵夫人がささっと説明してくださる。