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13.あなた、どちらの『畑』の方?(1)

「クラリッサ! オーギュストとばったり出くわしたんだ」


 チェンバース卿は、階段を登って老婦人を迎えに行き、肘を貸して降りてきた。

 2人は揃いの印章つき指輪を左手薬指にしている。

 どう見てもチェンバース卿の奥様だ。

 しかも、このお年でラブラブだ。


 恐る恐るエミーリア様の方を見ると、案の定、魂が口から出ていった後のような顔をされている。


 仮にチェンバース卿に奥様がいらっしゃらなかったとしても、元婚約者の大伯父様と結婚って、無理無理無理に無理な話だから、そんなにショックを受けなくてもよい気もするんだけど……


「大伯母様、ご無沙汰しております」


「本当に久しぶりね。

 すっかり立派な青年になって……」


 クラリッサ様は、オーギュスト様に手を差し出し、唇を受けられた。

 オーギュスト様にご紹介いただいて、私達はそれぞれお辞儀をする。


 クラリッサ様は、私達一人ひとりをじいっと見つめて、小さく頷いて微笑まれた。

 紫水晶のような眼は優しいけれど、なんだろう……心の奥底まで覗き込まれたような感覚がある。


「……少し、お嬢様方とお話させていただいてもよいかしら。

 あなた方、男同士で積もるお話もあるでしょう?」


 ふんわりと笑んで、クラリッサ様がチェンバース卿とオーギュスト様に提案された。

 否と言えるはずもなく、男性2人はさっきのアンティークショップを見に行き、私達は広場に面した老舗のパブに入ることになった。




 パブといっても昼はランチ、午後はカフェとして営業している店だ。

 1階のテーブル席はランチ終わりの客でほぼ埋まっていたけど、2階に貴賓室があるとのことでそちらに案内された。


 広場を見下ろす窓際に置かれた丸テーブルの席につき、クラリッサ様はコーヒー、私達は紅茶を頼んで改めて自己紹介をする。

 落ち着いたところで、クラリッサ様は、ヨハンナをさっきの独特の目つきでじっと見た。


「あなた、どちらの『〜畑』(ばたけ)の方?

 いずれにしても『貴腐人』よね?」


「ぶふぉッ!!」


 ヨハンナは飲もうとした紅茶を噴きかけた。

 あらあら、とクラリッサ様は優しげに見守っているが、エミーリア様と私はきょとんだ。

 キフジン、て。

 ヨハンナは大商会会長の娘とはいえ平民なのに?


「ご賢察の通り、歴7年目の『腐れ』でございます。

 今は騎士道物語二次畑にひっそりと生息させていただいております……!」


 汗をだらだらかきながら、ヨハンナが縮こまって答える。


「あちらも傑作がいろいろとございますわね。

 この間、『銀河様』のシギベルト(かける)アタナギルドの幼少期の出会いから最期を描いた『薄い冊子』を拝見しましたわ」


 あれ?シギベルトとアタナギルドって、村の学校で習った叙事詩の話だと思うけど、美姫ユリアナを巡って三日三晩の死闘を繰り広げたあげく相討ちになるやつじゃなかったっけ……

 大陸の北の端と南の端で生まれ育ったはずだけど、子供の頃に会ってたの?


「ぎゃーーー!! それは拙作の予感でございますううう!!

 恐悦至極でございますうう!!!」


「ええええええ!まさかの作者様!?」


 クラリッサ様とヨハンナは、がしっと両手を取り合い、そのままものすごい勢いで喋りはじめた。

 もともとヨハンナは早口だけれど、普段の1.5倍は早い。

 クラリッサ様もそれ以上の早口で、特に感銘深かった場面やら他の作品との関連やらなにやら述べられているようだったけど、符丁や隠語まみれの会話は全然わからなくなった。

 2人がめちゃくちゃ盛り上がっていることはわかる。うん。


 戸惑うエミーリア様と私のために、クラリッサ様とヨハンナは、超高速トークの合間にちょいちょい解説してくれた。


 身分の上下に関わらず、女性は子を産み育てることが最大の使命とされる。

 でも、女性の中には、男性同士の恋物語など「女性の使命」につながらない嗜好を持つ人々がごく少数だけど存在する。

 彼女達は「貴腐人」と自称し、自分の妄想やら「萌え」(強い興奮や感動を表す言葉)を短編小説や詩、絵、なんなら大長編小説などのかたちにし、ガリ版で「薄い冊子」にして密かに共有しているそうだ。


 世間にはほとんど知られていない世界だが、クラリッサ様は学院時代から同志を見抜く嗅覚に長け、ご自身も作品を密かに発表しながら、各国の宮廷に国際的な「貴腐人」のネットワークを張り巡らしている伝説的な方らしい。

 いつか大陸中の「貴腐人」が互いの作品を持ち寄り、一堂に会して萌えを共有する会を開くのが夢なんだそうだ。


 な、なるほど……?


 そんな解説を挟みつつ、普通の令嬢のお茶会で交わされる情報量の10倍は越えてる、疾風怒濤の「萌え」語りが一段落ついたようで、ヨハンナは紅茶で一息入れた。


「ところで、クラリッサ様、長年のご活躍の秘訣をうかがってもよろしゅうございますか?

 伝え聞くところ、出仕したり結婚したりするとなかなか活動しづらくなり、萌えへの意欲まで衰えてしまうこともあるとかで、今から進路をどうしたものかと悩んでいるのです」


 1年生なのに、進路を考えてるヨハンナえらい!

 ……「貴腐人」としての活動のしやすさから進路を選ぶって、良いのか悪いのかちょっとわからないけど。


「そうね。息を吐くように素晴らしい作品を量産されていたのに、いつの間にか引退された方もたくさんいらっしゃるわ……」


 クラリッサ様は、散っていった戦友を懐かしむ老騎士のように、遠い目になった。


「わたくしの場合も、結婚して外国に赴任してといろいろあったけれど……

 子供時代、普通の恋愛小説も読ませてもらえないほど家がとにかく厳しくて、息をしていくには現実を萌えに変換する力を磨くしかなかったから、どんな時でも萌えに出会うことができた。

 それが大きかったのかも……」


 あまり参考にならないかもしれないわね、とクラリッサ様は困ったように微笑まれた。


「現実を萌えに変換する力って、どういうことなんですか?」


 そんな魔法があるのだろうかと思わず訊いてしまった。

ブクマ&評価ありがとうございます!


この世界では、ジャンルのことを『〜畑』<ばたけ>と呼んでいるようです。

帝都でもせいぜい数百人規模くらいで細々とやっているので、「薄い冊子」を出すと、ジャンルを跨いであっという間に回覧されまくります。

なので、クラリッサ様はヨハンナの「薄い冊子」をご覧になっていたようです…ということで!


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☆★異世界恋愛ミステリ「公爵令嬢カタリナ」シリーズ★☆

※この作品の数百年後の世界を舞台にしています
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