『風よ、星よ、海よ、月よ』
そして、今。
私はめっちゃ眼をキラキラさせた令嬢達に囲まれている。
ご覧になったのは、あの絵をショーウィンドウのサイズに超拡大したものってこと……だよね……
口から魂が出そう……
「あらあら、あなた達。まずはレディ・ウィルヘルミナに寛いでいただかないと」
見事な赤銅色の髪をふんわりと結い上げた公爵夫人が声をかけてくださって、令嬢たちは慌てて私を大きなソファに案内してくれた。
すぐにお茶も運ばれてくる。
でも、あっという間に周りに肘掛け椅子が寄せられ、期待にみなぎってる令嬢たちで埋まって、逃げ場はなくなった。
いやちょっとコレ、マズい。
アレがほんとにあったことだって誤解されたら困るけど、逆にあの絵は嘘だったんだー!ってことになったら、ゲンスフライシュ商会の信用に響いてしまう。
ギネヴィア様! 助けて! て思ったけど、ギネヴィア様はディアドラ様や公爵夫人、奥様達と一緒に、少し離れたところに座って、またまた面白そうにこちらをご覧になっている。
今日はもう、自分でなんとかしなさいデーってことみたいだ。
「ほんとに、あんな風にアルヴィン殿下のお命をお救いになったんですか?」
ずずいと年長のフェリシア様が迫ってくる。
「あ、あんな風に、綺麗な感じじゃ全然なくて……!
結構ボロボロだったというか、汗まみれだったというか、思いっきり転んだりしたので制服も汚れてたし、髪とかもボッサボサで」
絵の方では、キラキラ背景もすごいけど、まつ毛ばっさばさな「乙女」の髪とか制服のリボンとかスカートも流麗にたなびいていたりする。
どう考えても、絶対ああはなってない。
令嬢達は、お互い顔を見合わせた。
ここはもう、どんくらいの修羅場だったのか、ちょう具体的にご説明することにした。
全力ダッシュでギネヴィア様をお守りに行き、180秒間全力で魔獣を倒しまくり、本館にまたまたダッシュで戻って──と説明するうち、よくこんなことできたよねって自分でも思う。
装置のあたりは内緒だから、消防斧で分厚い結界を破ったのは省略だ。
あと、アルベルト様に魔力を流し込んだのはOKだけど、ブラウス脱いじゃってたのは内緒だし、その後白い繭?的なものに包まれてたこととか、事件後、二人でくっつきまくってたことも内緒。
って、うっかり喋ったらダメなことが多すぎる!
とはいえ、全体の流れは報道されていたわけだし、わりとすんなりわかっていただけた。
みるみるうちに令嬢たちのテンションが下がり、なんか変に盛り上がって申し訳ないって感じになっていく。
「とってもとっても大変だったんですね」
「は、はい。乙女の夢を壊してしまってすみません……
最後はほんとに、体力勝負でででで……」
おろおろっと頭を下げる。
公爵夫人が、ふむと首を傾げた。
「けれど、力尽きたアルヴィン殿下に、魔力を流し込んでお救いしたのは事実なのですよね。
なぜ、そんなことができたのでしょう?」
圧が強めの流し目で、こちらをご覧になっている。
一方的に魔力を流し込むとか、魔導理論的にありえないことらしいし、後で試しにやってみても出来なかった。
ほんのりと、胡散臭いなと思っていらっしゃる感じが漂っている。
「いえ、ほんとに夢中で……
アルヴィン殿下に触れたら、魔力循環で魔力を吸われる時のような感覚があったので、そのままぺたぺたしていたら出来てしまったと言いますか」
もがもがと言い訳すると、ギネヴィア様も首を傾げられた。
「そこがわたくしもずっと不思議で……
叔父様にうかがっても、『ミナがかわいいからじゃないかな!』だし。
ああそうだ、導師様はなにかおっしゃった?」
導師ティアンが、なにかおっしゃってた記憶がある。
なんだったっけ。
「確か……私の魔力の『器』がとても柔らかいと。
あと『もしや、この者達は対なのか?』的なこともおっしゃってました」
ギリで思い出すと、ディアドラ様や公爵夫人、奥様とか大人世代が、一斉にびっくりされた。
「もしかして、『風よ、星よ、海よ、月よ』!?」
「あら、ご存知ですの?」
「娘時代、夢中になって読んだものですわ!」
なんだそれ??ってなっている私達を放置して、大人世代はめちゃくちゃ盛り上がりはじめた。
本編だけで30巻以上ある、エスペランザ王国が成立するちょい前を舞台にした大河恋愛小説らしい。
奥様が子供の頃に連載が始まって、完結まで20年以上かかったという作品。
作者は匿名だけど、さまざまな古典を踏まえた格調高い文体から、高名な学者が書いたんじゃないかと言われているそうだ。
ヒロインは、魔獣襲来で滅んでしまった小国の元王女ルシンダ。
魔獣襲来はびしばし起きるし、諸国の争いも絶えない動乱の時代を背景に、彼女を巡って、実は大国の王位継承権を持つ吟遊詩人とか、東国の王子とか、北方諸国の大魔導士とか海賊の親玉が争う的な話らしい。
流浪のヒロイン・ルシンダはなにかにつけて攫われがちな上(人買いに拉致されて東国の後宮に放り込まれ、他の妃にいじめられたあげく毒まで飲まされてしまい、大魔導士が秘術を駆使して瀕死のルシンダを眠らせて時間稼ぎをしている間に、南海の果ての島にあるかもしれない解毒薬を探して吟遊詩人と海賊が大冒険したりするらしい。それもまるっと2巻分)、相手役の吟遊詩人も、王位を簒奪した叔父の手下に襲われて川に転落、記憶喪失になって、助けてくれた羊飼いの娘と普通に結婚しかけるとか、もう大変だ。
大人世代の女性はみんな読んでいた超有名作品みたいで、ディアドラ様は大魔導士推し、公爵夫人は三周くらい回って吟遊詩人、奥様は海賊がお好きだったとか、もうわちゃわちゃだ。
ヨハンナ「『風よ、星よ、海よ、月よ』、読者の皆様の世界では『王家の紋章』のような作品とイメージしていただければ、だいたい合っているかと存じますのです」(眼鏡くいー)




