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まつ毛ばっさばさでくるんくるん

 先月の終わり、アルベルト様と私はゲンスフライシュ商会に呼ばれた。


 冬に、ヨハンナと宮廷庁の文官、挿絵画家がやって来て取材?を受け、原稿チェックもし、いよいよ見本誌が出来たので、最終確認をしてほしいとのことだったのだけど──


「ええええええええええええ!? なにこの絵!?」


 格調高い応接室で、仮綴じの見本を開いた私は絶叫してしまった。


 真ん中に、バルフォアのご令嬢方がおっしゃる続き絵のオリジナルが挟まれていたのだ。

 分冊本は画集とかでよく使われる大きな判型だし、綴じ込みだから広げてみると結構大きい。


 めっちゃ流麗な線ですっごく素敵な絵なのだけれど、アルベルト様はとにかく、私は完全に赤の他人だ。

 髪がピンク色だから、私なんだろうとかろうじてわかるレベル。

 なんでだかわからないけれど、背景には謎のキラキラが大量発生していて、枠線からはみ出すようにバラとか百合とか描かれまくってる。


 本の内容の方は──

 まずアルベルト様を、魔力の強い四属性持ちであることから、わずか十歳で魔導研究所の所長に就任し、一八歳で大学の学位も取った天才皇子として紹介。

 私の方は、平民ながら光魔法を発動させて故郷の危機を救い、男爵家の養女となって猛勉強の末学院に入学、ギネヴィア殿下に目をかけられて侍女候補となり、魔獣襲来の時はギネヴィア殿下・ファビアン殿下を守り通す活躍を見せて、カイゼリン桃花章を授与された、なんかめっちゃ凄い人って説明されている。

 そんで、人面鳥アルピュイアとワイバーンから帝都を守るべく、アルベルト様が大奮戦、でも魔力切れで瀕死になられたところを、以前から魔法の指導を受けていて、地味に両片思い状態だった私が駆けつけ、魔力の流し込みに奇跡的に成功したことで、アルベルト様復活!ということになっている。

 装置アパラータスのこととか、マズいところは巧く隠しているので宮廷庁もギリOKってなったし、領主様ご夫妻のOKも取れているので問題ないと思うのだけれど。


「え。この絵は……俺とミナ??」


「さようでございます」


 しれっとヨハンナは紅茶を啜っている。


「ミナはちゃんとミナだけど、俺はなぁ……

 誰だこの優男……」


「え。アルベルト様はまんまじゃないですか。

 私、こんなまつ毛ばっさばさのくるんくるんじゃないですよ??」


 私達があわあわしているのを聞き流して、ヨハンナはくいいっと丸眼鏡を持ち上げた。


「ちとですね。次回は勝負をかけたいのですよ」


「勝負??」


「このシリーズ、序盤は学院魔獣戦の大解説、続いて個人編としてギネヴィア殿下、オーギュスト様、アントーニア様、エドアルド様と高貴な方々から刊行してまいったのですが」


「「はい」」


 そのあたりは私達も読んでいる。

 どれもめっちゃ良かった。

 ファビアン殿下回がないのが残念なくらいだ。

 交渉したけれど、殿下ご自身に秒で却下されて終わったそう。

 ヨハンナにのせられがちな私としては、殿下が羨ましい。


「ここから『知られざる英雄たち』というサブシリーズを組んで、一般にはそこまで報道されておらんアルヴィン殿下とミナ、アデル様&マクシミリアン様、デ・シーカ先生、ウラジミール様&セルゲイ様、アントーニア様の取り巻き令嬢の皆様や本館でいぶし銀の活躍を見せた方々、ギネヴィア殿下の護衛であったベルゼ卿とレディ・ユリアナ、そして近衛騎士の方々を取り上げていく予定なのです。

 が。めぼしいところは終わった感が出てしまいましたのか、定期購読者数ががくんと減っておるのです」


 私達の号を出すと聞いた時だって、いったい誰が読むの??って思ったくらいだ。

 領主様ご一家や、村長さんはめっちゃ楽しみにしてくれてるけど。

 ちなみに、父さんや母さんは、どんなに説明しても最後まで半信半疑だった。


「ううむ……そうなるのは仕方ないのか」


「そですね……私はめっちゃ読みたいですけど」


「ま、それでも出そうと思えば出せるのです。

 序盤から絶好調だった上に、オーギュスト様回が追加発注入りまくりで鬼跳ねましたので、サブシリーズ『知られざる英雄たち』が全然売れんくてもトータルで黒字は確定なのです。

 ですが、この先の回こそ、わたくしは売りたいのです」


 ヨハンナはずずいと身を乗り出した。


「かつて、魔導騎士団は魔力の高い貴族の子女がこぞって入団する帝国きってのエリート集団でした。

 往時は騎士団に入るほどの力がない者が、やむなく宮廷に文官として仕えておったのが、まずは文官として出世する道を模索し、どうも無理くさいなとなった者が魔導騎士団に入る、そんな風潮になって久しいのです」


 アルベルト様と私は顔を見合わせた。


「そのへんの事情は前にも聞いた気がするけど……

 でも、ギネヴィア様がご入団されたわけだし、今後は変わるんじゃないの??」


「もちろん、来年度の入団者は増えるでしょう。

 ですが5年後は? 10年後は? 今のブームを知らぬ子どもらが成人する頃には?

 ギネヴィア殿下はビシバシ大活躍されるでしょうが、殿下は皇族の中でも特に魔力に優れた方。

 凄い人過ぎて、凄い人に任せてれば大丈夫!となってしまう可能性もそこそこあるのです」


「「あー……」」


 納得しかない。


「なので、頑張れば手の届く感じの『憧れ』が必要なのです」


「ままま、理屈はわかる」


 アルベルト様は頷かれた。


「でも、ヨハンナの企画にのっかって魔導騎士団に憧れて入団した方が、殉職されたりするかもしれないじゃない。

 それは……ヨハンナは平気なの?」


 少しでも魔導騎士団希望者を増やしてギネヴィア様をお守りしたいというヨハンナの気持ちは、私もわかる。

 ちょっとモヤっとして訊ねてしまった。


 ふむ、とヨハンナは小首を傾げた。


「例えばですね……

 ギネヴィア殿下が極大魔法を詠唱された時のことを思い出してほしいですが。

 両殿下をお守りする騎士も魔導士も、もっともっとたくさんいて、堀やら土塁やら魔獣の足止めになるようなものも十分準備できていたとしたら……

 魔導士が余裕をもって連携しあい、魔獣が近づいてくる前にビシバシ倒して、討ち漏らした魔獣は騎士3人がかりで食い止め、すかさず担当の魔導士がトドメを刺せるくらいの体制であったら、どうなったと思うです?」


「それはもう、全然楽! めっちゃ楽!」


 前のめりに叫んでから、ハッと気がついた。


「そんな感じだったら、もしかして、誰も死なずにすんだ?」


 ヨハンナは深々と頷いた。


「そこは時の運ですが、死亡率重傷者率は、劇的に下がったかと。

 より犠牲を少なくするためには、より多くの支援が必要なのですよ。

 十分な人的資源、物質的資源なしに無理くり頑張っても、削られるばかりなのが世の中なのです」


「うむむむむ……」


 言われてみれば、めっちゃそうだ。

 あの時、なにが悪かったかと言うと、「十分な準備ができてなかった」ということに尽きる。

 でも、亡くなってしまう人が出ることをどう思うのかって話と、わざとズラしてる気もする。

 ヨハンナのことだから、そのあたりのことはとっくの昔に考えて、その上で飲み込む決意をしてるんだろうけど、私には無理だ。


 こういうところが、母さんにもう戦っちゃ駄目だって言われた理由なんだろな……


「というわけで、わたくし、サブシリーズ『知られざる英雄たち』を本気で売りたいのです。

 そのためには、流行の発信源になりがちな令嬢方の注目を再び集めねば!

 というわけで、挿絵に気合を入れるのが王道であろうとこの絵を採用したのですが。

 殿下。ミナ。この挿絵、入れちゃってもよろしゅうございますか?」


 ちらっと、アルベルト様は私の方を見た。

 雰囲気的に、アルベルト様的にはぎりぎりアリっぽいようだ。


「ふぐぐぐぐ……めっちゃわかるけど!

 でも、この絵はちょっと……無理!!

 私のことを知らない人が先にコレを見て、あとから私と会ったら、思ってたのと違うー!って絶対なるじゃん!!

 無理無理無理……絶対無理!!」


 ふむ、とヨハンナは頷いた。


「ま。ミナならそう言うかもとは思っておったのです。

 しゃーないのです」


 あっさり引いてくれて、ほっとする。


「ただ、このままお蔵入りにするのは、いくらなんでも惜しく、若干、宣伝に使うくらいは許してほしいですが。

 絵師も、渾身の作だと申しておりましたので」


 取材の時に来てくれた、絵描きの人を思い出す。

 絵を学ぶために田舎から出てきたというまだ若い女性で、画学校の授業料稼ぎとして挿絵の仕事を請け始めたところだと言っていた。

 お蔵入りになっても報酬は支払われるだろうけど、せっかくの作品が誰の目にも触れないままというのは気の毒だ。

 これだけの絵、ほんとだったら次の仕事につながってもおかしくないんだし。


「それ、ポスターみたいに刷って、おまけとして配ります!とかじゃないよね??」


 オーギュスト様回のおまけを思い出して念を押すと、ヨハンナはいやいやと苦笑した。


「それだと綴じ込みと変わらんではないですか。

 刷ったり頒布したりはナシナシで、書店で掲示するくらいでいかがでしょう」


「だったら、見る人も限られるな。

 俺的には、問題ない」


 アルベルト様が頷く。


 大きな本屋だと、壁とか棚に、新刊本を告知するチラシがたくさん貼られている。

 貼られすぎて、みんな素通りしているくらいだ。

 そういう感じなら良いかなってなって、私もOKということにしてしまったのだ。


ミナ「読者の皆様の世界で言うと、清水玲子先生の画風でイメージしていただければ、私の『無理無理無理無理ー!』も想像していただきやすいかと思います……」(吐血)


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☆★異世界恋愛ミステリ「公爵令嬢カタリナ」シリーズ★☆

※この作品の数百年後の世界を舞台にしています
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