世界で一番「庇護欲をそそる」方
寝床に入っても、身体は疲れているのに、なんだかもやもやして寝付けなかった。
こういう時は、難しい本を読むと眠くなるかも!ということで、こっそり忍び足で階下に降りる。
もうみんな眠っている時間で、鎧戸もカーテンも閉ざされ、灯は常夜灯だけ。
ちっちゃく「ライト」を灯してそろそろと進み、図書室のドアを開くと、カーテンが開きっぱなしで、明るい月の光が降り注いでいた。
逆光でシルエットになってるけれど、出窓のところに誰かが腰をかけている。
「どうしたの? こんな夜中に」
近づいてみると、ディアドラ様だった。
寝間着の上から絹のガウンを羽織っていらっしゃる。
「えっと……寝付けなくて、本でも読もうかなって。
ディアドラ様は、どうされたんですか?」
「考え事をしていたの。
つい、感情的になってしまった反省というか……」
「感情的って、……えええと……」
夕食の時のことだ、とすぐ察しはついたけど、あれくらいのことで??
「ウィルヘルミナ」
ディアドラ様は私を手招きされた。
扉を閉じて、私も出窓に、ディアドラ様と向かい合うようにおろっと腰をかける。
月明かりに照らされて、青白く見えるディアドラ様は困ったように微笑まれた。
「あなたが思ったことを、隠さなくていいのよ。
むしろ、遠慮なく教えてほしいの。
色んな前兆があったのに、誰もわたくしに教えてくれなくて、大変なことが起きてから知ることが多くて……」
ちょっと、わかってしまった。
初めて会った時の「お人形のような」ギネヴィア様が、そのまま大人になられたようなディアドラ様。
どこかあどけなさが残っていて、私にとっては、世界で一番「庇護欲をそそる」方だ。
私だって、嫌なこと、悪いことはできる限りディアドラ様にお知らせしたくない。
でもそれは、ディアドラ様にはよくないことだ。
「わかりました。
えっと、今のは……
お夕食の時、ディアドラ様がイラッとされたように私も思いました。
けど、ブチ切れて罵倒した!とかでもないのに、そんなに気にされなくても??という意味の『えええと』です」
ディアドラ様は、その調子、と小さくお笑いになった。
「確かに、汚い言葉は使わなかったわ。
でも、ギネヴィアにまた心配させてしまった。
だめね。母親なのに、ずっとあの子にかばわれてばかり」
ディアドラ様はため息をついた。
「ええと……そこも気にされなくても。
ディアドラ様が気にされたら、ギネヴィア様は余計心配されると思います」
「……そうね。そういうことにしましょう。
ところで、ミナ」
ディアドラ様はすっと私に眼をあわせた。
「メリッサ夫人が、どんな人なのかきちんと聞かせてくれないかしら」
「え」
「陛下がどうしても彼女をお離しにならないから、亡くなられた先代陛下も他の皇族方も、わたくし達皇妃や妃にさんざん嫌味をおっしゃった。
晩餐会で酷いことを言われて、泣きながら逃げ帰ってしまったことだってある。
でもわたくし、彼女の顔すら見たことがないのよ。
せめて、どんな人なのか知りたいのに、誰もなにも言ってくれないの」
わかる。なにも言えないその気持、めっちゃわかる。
だけど、この流れではもう言うしかない。
「あ、あの……他の方が色々ぼかしてこられた理由は、わかります。
なんて言ったらいいのか……特に、陛下のお妃方には申し上げにくいので」
「どういうこと?」
「一番思ったのは、陛下と夫人は、私の父と母みたいだなってことで」
「ミナのご両親? 男爵夫妻ではなく、ということ?」
ディアドラ様はきょとんとされている。
「あ。領主様と奥様も、息ぴったりの御夫婦なんで、お二人でもいいんですけれど」
「あああ……そういうこと……」
お二人に何度も会ったことがあるディアドラ様は、それだけで察しがついたのか、深々と嘆息された。
傷ついていらっしゃるとか、憤ってらっしゃるとか、そんな感じではない。
なので、ご様子を見ながら、具体的なことをお話した。
陛下と夫人のリラックスしたご様子。
活動的な夫人は、全然「寵姫」っぽくなくて、女牧場主みたいだなと思ったこと。
陛下は田舎暮らしに憧れていらっしゃるようで、村の様子をあれこれお話したこと。
陛下と夫人みずから昼ごはんを作ったり、片付けたりされていたこと。
二人共、馬を巧みに操り、人馬一体となって駆けることを楽しんでいらしたこと。
「そういう方だったのね……
わたくし達が、どれだけ着飾っても、しとやかに振る舞っても、媚びてみせても、最初から無駄だったんだわ」
乾いた笑いを漏らしながら、ディアドラ様は呟かれた。




