何年も何十年も
お茶にしましょうってなって、またお馬さんを放してコテージに戻る。
今度は、メリッサ夫人が紅茶を淹れてくださった。
緊急焼き焼きした、お祭りクッキーがお茶請けだ。
「このクッキー、妙にうまいな」
「本当に。気をつけないと食べすぎてしまいそう」
陛下も夫人も、気に入っていただいたようでほっとした。
レシピを説明すると、今度作ってみようとおっしゃる。
クッキーがきっかけになって、陛下はまたまた村の様子をお訊ねになった。
男爵家が用意する山荘についても、詳しく訊ねられる。
1階は宴会が出来るくらい大きなホールとダイニング、厨房と、アルベルト様の研究室。
2階は、私達の寝室や居間、護衛や侍女が使う客室って予定にしている。
最初は私達が寝泊まりできるくらいでいいって思っていたけれど、後々を考えると、結局こうなったのだ。
領主様ご夫妻は、もっと部屋を増やしてもいいのにとおっしゃってくださったけれど。
もうじき、図面が上がってくるので、それで問題なければ着工だ。
「それにしても、羨ましい。
一夏で良いから、ヴェント村のようなのどかなところで、ゆったりと過してみたいものだ」
しみじみと陛下がおっしゃって、びっくりした。
皇宮だけでなく、夏の宮とか冬の宮とか、おもちなのに。
「え。なんにもないところですよ??」
陛下は声を立てて笑った。
「地方に視察に行くと、よくそう言われるが
『なにもないところ』など、この世には存在しない。
必ず、その土地その土地の美しさ、その土地その土地の暮らしがあるではないか」
「そうだそうだ! ヴェント村では羊もメーメーしているし!」
羊がやけにお気に入りのアルベルト様がのっかった。
一見、もこもこでかわいいのに、瞳孔が横に開いている眼を見ていると、なんだか不安な気持ちになってくるのが良いのだそうだ。
わかるようなわからないような……やっぱりちょっとわからない。
「いや、田舎ならどこでも、羊を飼ってる人は大抵いるわけで……」
「かわいいのは、かわいいけれど」
メリッサ夫人にも、羊はあんまり珍しくないのか、二人で首を傾げた。
「ああそうだ。ヴェント村の村長に手紙を書いておこう。
次に村に行く時に、渡してくれればいい」
「え? いいんですかそんなこと」
またまたびっくりしていると、陛下はひょいと別の部屋に行って、便箋や封筒なんかをとってきた。
村長さんの名前を確かめると、エンボス加工で皇家の紋章が入っている厚手の便箋に、さらさらっと書きつける。
<ゼフ・ダ・ヴェント殿
長年の忠誠、まことに喜ばしく思う。
我が弟アルヴィンを、今後ともよろしく頼む。
エルメネイア帝国 第15代皇帝
レオニダス・オーヴィル・アウグスト・ファビアン>
陛下は署名の下に印章指輪で印を捺し、綺麗に畳んで封筒に入れると、てきぱきと赤い封蝋で封印した。
折れたり汚れたりしないように、皇家の紋章のついた革製の小さな紙挟みに挟み込んで渡してくれる。
「私が、心から感謝していたと伝えてくれ」
「ありがとうございます!
村長さん、感動して泣いちゃうかもしれません」
「あの人なら、絶対泣くな……」
アルベルト様が笑いながら頷く。
それから、アルベルト様の研究のお話などもしているうちに、迎えの馬車が来た。
陛下とメリッサ夫人が表まで見送ってくださる。
「今日の練習を忘れずに、これからも励んでくれ」
「はい。兄上、今日はありがとうございました」
兄弟は堅く握手し、軽く抱き合って離れた。
私も「ありがとうございました」とお辞儀をして、馬車に乗った。
ゆっくり、コテージから離れていく馬車から、陛下とメリッサ夫人に手を振る。
二人は見えなくなるまで、手を振ってくださった。
馬車の中は、私達だけだ。
最近、二人きりになれるのは貴重なので、ぴとーっとくっついておく。
「今日は、陛下と過ごせてよかった。
ようやく、俺の兄上なんだと思えるようになった」
「よかったよかったです。
結構、アルベルト様と陛下って似てますよね。
ふとした表情とか」
そうか?とアルベルト様は照れた。
「それにしてもびっくりしたな……
夫人は、ああいう人だったのか」
夕闇が迫り、暗くなり始めた馬車の中でアルベルト様は呟く。
「私、お色気たっぷりな、いかにも男の人を惑わすタイプとかなのかと勝手に思ってました。
全然違いますよね。
なんか、陛下と夫人って、父さんと母さんみたいだなって思いました」
少なくとも、叙勲式の時の、陛下と皇妃殿下方との雰囲気とは全然違う。
「ああ……それは俺も思った。
二人になったとき、父上のことやらあれこれ話したんだが、兄上は『ここにいる時は、私は本来の私でいられる』とおっしゃっていた。
あそこ以外では、たとえ自分の寝室でも気を抜けないってことなんだろうな」
「それって……何年も何十年も、ずーっとってことですよね」
だな、とアルベルト様は頷いた。




