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馬は楽しいでしょ

 メリッサ夫人に教えてもらいながら、何度も何度も練習する。

 絶対、明日、筋肉痛になるやつだ。


 ようやく一人でもそれなりに乗れるようになると、ほっとした。

 馬上からの眺めが、いつもよりキラキラしく見える。

 メリッサ夫人は「馬は楽しいでしょ」と笑い、「ついて来て」と、私の馬の右斜め前を歩き始めた。

 ゆっくり右に曲がったり左に曲がったりするメリッサ夫人に合わせて、右に左に手綱を引いてついていく。


「あの……メリッサ様は、ここで暮らしていらっしゃるんですか?」


 コテージの1階には、最初に案内された休憩室と控えの間、台所、浴室など、陛下が乗馬を楽しまれるだけなら十分な設備がある。

 裏手に増築された二階は、窓の配置からして中くらいの部屋がいくつかあるみたいだから、そこがメリッサ夫人のお住まいなのかな?という気もして訊ねてみた。


「そう。宮中に上がって、最初は女官が寝起きする宿舎に入ったのだけれど、巧く行かなくて。

 それでここに移って……月に二度ほど、陛下がいらっしゃるのを待ちながら、馬達の世話をしています。

 ファビアンもここで育ったんですよ」


 びっくりした。

 陛下の第一の寵姫と言われている方だから、毎日のように陛下のお側にいらっしゃるのかと思ったら全然話が違う。


 というか、「巧く行かなかった」というのは、いじめられたとかそういうことなんだろうか。


 皇妃は独立した小宮殿を与えられるからまだいいけれど、そうではない方達は、同じ建物の中で、それぞれ部屋を頂いて暮らす。

 使う階段を分けるとか、あまり顔を合わせないようになっているけれど、互いに接近している分、バトルは熾烈なんだと侍女のクリスタさんがぽろっと言ってたことがある。

 ヒルデガルト様のお母様が皇宮から逃げたのは、十中八九そのせいだ。


「そ、そんな貴重なお時間なのに、お邪魔してしまって……」


「いえいえいえ。こちらがお呼びしたのだから。

 ごめんなさいね。私がいて、びっくりしたでしょう?」


「あー……でも、ファビアン殿下のお見送りに行った時、もしメリッサ様にお会いすることがあったら、ご挨拶してほしいとおっしゃっていたので。

 お目にかかれて、よかったです」


「そう。ファビアンがそんなことを」


 メリッサ夫人は、顔を向こうの方にそらした。

 涙ぐんでいらっしゃる雰囲気だ。


 しばらく、黙ってポクポクしていると、メリッサ夫人はこちらを振り返った。


「ウィルヘルミナ様は……その、大丈夫ですか?

 ご婚約が内定したとファビアンに知らせたら、少し心配していて」


「もしかして……いじめられてないか、とかですか?」


 夫人がぼかしたところを直球で言ってしまって、苦笑される。


「ええ」


「厭なことを言われたり、なにかされたりってのはないんですけど。

 学院で親しくなってた方以外には、わりと遠巻きにされちゃってますね……

 なかなか、新しいお友達ができなくて」


 今後を考えたら、人脈を広げていくのがいいに決まっている。

 それで、エミーリア様やゲルトルート様がいろんな方を紹介してくださるのに、なんというか……ご挨拶から先に進むのが妙に難しいのだ。

 むしろ、セルト大公家のミカエラ様とか、皇族方の方がお話しやすかったりする。

 ブレンターノ公爵家のパーティーでは、ミカエラ様と帝都の美術館凄いですよねトークで盛り上がれたし、ギネヴィア様に憧れているユスティア殿下は気さくにお話ししてくださる。


「きっと、ウィルヘルミナ様にどう対応していいのかわからないんでしょう。

 平民とは比べ物にならないくらい、貴族はお互い上下をつけたがる気持ちが強いから。

 皇宮に来てすぐの頃、思い知らされました」


「あああああああ……

 皇弟殿下と婚約が内定している男爵令嬢とか、一番難しいですもんね。

 下手に私を下に扱うわけにもいかないし、正式に婚約してるわけでもないから変に持ち上げるわけにもいかないし」


 そうそう、とメリッサ夫人は頷いてくれた。


「ところでファビアン殿下は、ローデオンで元気にしていらっしゃるんですか?

 私、叙勲式にはお戻りになるのかと思ってたんですけれど……」


 メリッサ夫人は、少し視線を泳がせた。


「ええ。大使からの報告では、ローデオンにそれなりに馴染めたみたい。

 たまに書いてくれる手紙にも、向こうの友達の名前が出てくるようになったし。

 ただ……今は、こっちに帰って来る気はないみたいで」


「え。ど、どうしてですか?」


「皇家が、自分の生まれが、心底厭になったんでしょうね。

 私は、皇宮に来たことを後悔していないけれど、あの子に普通の人生を与えられなかったことだけは……」


 メリッサ夫人の言葉が、途絶える。


 私は馬を止め、あわってなりながら、滑るように降りた。


「あ、あのッ きっと、ファビアン殿下は普通じゃない人生でも大丈夫です!」


 メリッサ夫人が、びっくりして顔を上げる。


「正直に言うと、ファビアン殿下に初めてお会いした時、ギネヴィア殿下にやたらツンケンされるし、厭な方だなってちょっと思ってました。

 でも、湖のピクニックで魔獣を倒した後、デ・シーカ先生の指導をすっごく真剣に聞かれていて、あれ?なんか思っていたのと違う?ってなって。

 その後も、言い過ぎだってカール様に指摘されたらその場で謝ったり、たぶんヒルデガルト様がなにかおっしゃったんだと思うんですけど、ギネヴィア殿下にも丁寧に接するようになられたし。

 我が強いだけの人だったら人は離れてしまうけど、他人の意見を受け入れられる方なら、ファビアン殿下を助けてくれる人はこれから先もきっと出てくるはずです。

 だから、大変なお立場でも大丈夫です!」


 めちゃくちゃなことを言ってるのはわかってる。

 皇宮では、そんな甘いことは通じないって言われるだろうことも。


 でも、アルベルト様と私が一緒になれることになったのは、たくさんの人が助けてくれたからだ。

 ファビアン殿下を助けてくれる人だってたくさんいるはず、と私は信じたい。


「そうね。そうだといいわね……」


 自分に言い聞かせるように頷いて、メリッサ夫人が微笑んでくれたところで、陛下とアルベルト様が戻ってきた。


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☆★異世界恋愛ミステリ「公爵令嬢カタリナ」シリーズ★☆

※この作品の数百年後の世界を舞台にしています
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