私達が思っていたよりも、ずっと強く
「そうかそうか。
ファビアンは、学院で楽しく過ごせていたのか」
一瞬、詰まった。
アントーニア様とか、明らかにファビアン殿下に敵意を持っている方もいらしたし、嫌な思いをされることだってあっただろう。
でもそのあたり、巧くお伝えできる気がしない。
まわりはみんな敵!ってわけでもなかったし、誰とギスギスしてたのかとか名前を言わなきゃならなくなったら超困るし。
「そうですね……
お食事も、よくカフェテリアで召し上がっていて。
学院に馴染んでいらっしゃったと思います」
とりあえず、穏便にまとめてしまった。
「あの……ヒルデガルト様は、どんな方なのでしょう」
メリッサ夫人にそっと訊ねられた。
んん、と考え込む。
「小柄で、可愛らしい、穏やかな方で……
お歌も楽器も得意で、ピクニックの時からファビアン殿下と一緒に歌われたりしてました。
歌がめちゃくちゃ上手で、乗馬もお好きなので、あっという間に殿下と親しくなられて。
このまま婚約されるんじゃないかって、生徒の間で噂になっていたくらいで」
魔獣襲来の時、殿下に自分も一緒に行くとおっしゃった時の、ヒルデガルト様の切羽詰まったお顔を思い出す。
そして、真っ白な顔でとめどなく血を流すヒルデガルト様を抱きかかえ、必死で名を呼ぶファビアン殿下のお姿。
「ヒルデガルト様は、ファビアン殿下を心からお慕いされていました。
私達が思っていたよりも、ずっと強く。
殿下も、ヒルデガルト様を深く深く思われていたんじゃないかと」
もう、それしか言えることはなかった。
「あの子はなにも言ってくれなかったから。
教えてくださって、ありがとうございます」
メリッサ夫人は眼を潤ませて、小さく頭を下げてくれた。
あわわってなる。
「兄上。ヒルデガルト・ロックナーは、今どうなっているんですか?
湖の宮で治療中と聞いてはいますが」
アルベルト様が陛下に訊ねる。
「調査の結果、彼女は私達の妹だと確定した」
私達、と言うところで、陛下は自分とアルベルト様を軽く指した。
やっぱり、とアルベルト様が頷く。
「それで、『皇族に準ずる者』という扱いで、湖の宮に受け入れ、今後の立場は、彼女が目覚めてから、当人の希望に応じて調整、ということにしたんだが……
『器』のダメージが、酷くてな。
目覚めるまで何年もかかるかもしれない。
導師は、命があるのは奇跡だと言っている」
陛下はため息をついて、首を小さく横に振った。
メリッサ夫人も眼を伏せている。
やっぱり、大変なままなのか……
陛下は、ちょっと居住まいを正した。
「ついでと言ってはなんだが、一つ、アルヴィンとウィルヘルミナに頼みたいことがある」
なんぞ?とアルベルト様と私も座り直す。
「ウルリヒにも頼んでいることだが……
できれば、今後、ファビアンのことを心に留めてやってほしい」
陛下とメリッサ夫人は、私達に頭を下げた。
私があばばばばってなる前に、アルベルト様はからりと笑った。
「兄上、ご心配なさらずとも。
ギネヴィアと共に魔獣と闘ってくれた以上、俺にとってファビアンは特別な甥です。
本人に会えていませんが、ウィルヘルミナから人となりは聞いていますし」
陛下は、ほっとした顔になった。
「そうか。そう言ってくれて安堵した。
ウィルヘルミナからは、どう聞いていたのだ?」
「面白俺様皇子」
直球で答えたアルベルト様に、陛下もメリッサ夫人も噴き、私は「ちょおおおおおお!」って声を上げてしまった。
それから、炉の始末をしてお片付けすることになった。
陛下は洗い物までされてて、びっくりした。
それも慣れた手つきで、メリッサ夫人との息も合っている。
まるで父さんと母さんみたいだ。
仮に料理が好きな皇帝がいたとして、皿洗いは下働きが普通するだろう。
とにかく、自分のことは自分でなさるのが好きな方っぽい。
このコテージ、村の基準から見ればちょう立派な建物だけれど、キラキラしい宮殿ばかりの皇宮の中では、素朴な感じに造られてることもあって、なんだか実家に帰ってきたような感じがした。
というわけで、午後も引き続きお馬さんの練習だ。
「アルヴィンは遺跡の調査がしたいのだろう?
僻地にある遺跡は、馬車では近づけないから、乗馬と馬の扱い方は早く覚えた方がいい。
ウィルヘルミナも、馬に乗れないせいで何ヶ月も留守番させられることになってもよいのか?」
陛下は、ちょっと私達をからかうような眼でおっしゃった。
「「ががががががんばります!」」
まずは、草地や森の中で自由に草を食んでいるお馬さんに近づいて、馬を引くための馬具をつける。
案外逃げないというか、むしろ「なにー?」って感じで近寄ってくれるので助かった。
馬具は耳の後ろで一周、眼と鼻の間で一周するわっかをつないだようなもので、形が複雑だし、巧く頭を下げてもらわないと通せない。
最初、メリッサ夫人がお手本を見せてくれ、アルベルト様も私も、陛下や夫人に助けてもらいながらやってみる。
一人でも出来るようになるまで、練習あるのみ。
それから鞍や鐙をつける練習を繰り返して、最後に踏み台なしに乗る練習。
左手でお馬さんのたてがみをぐいいって引っ張りながら、身体を引き上げつつ軸を回転させて、右足をうまいこと向こう側に持ってって跨るってのがなかなか出来ない。
アルベルト様はだいたい出来ていたので、馬に乗ったまま、陛下と一緒に森の方に行ってしまった。




