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ブラッシブラッシ

「ミナ。まだ寝てる?」


 翌朝。私は母さんにそっと揺り起こされた。

 2月なので、外はまだ薄暗い。


「ん、起きる……」


 むにゃむにゃしながら、さっぱりしてくる。

 戻ってきた私を見て、母さんは猪毛のブラシを取った。

 促されて、ちっちゃな古い鏡をかけた鏡台の前に座る。

 父さんが、私が一人で寝るようになった時に造ってくれたやつだ。


「ブラッシブラッシ?」


 母さんは、少し笑った。


「そ」


 ブラッシブラッシというのは、ちっちゃい頃に私が言い出した言葉で、そのまんまブラッシングをしてもらうこと。

 家族の中ではこれで通じる。

 毛先をほぐし、丁寧に、頭皮からブラシをかけてもらううちに、髪がツヤツヤになっていく。

 だいぶ伸びたのねと言いながら、母さんは、私の髪を編み込みにして、かわいくまとめてくれた。


「母さんも、ブラッシブラッシ」


 代わりに、母さんを座らせて、私がブラシをかける。

 母さんの髪は明るめのピンクだからそんなに目立たないけれど、だいぶ白髪が増えていた。

 私が心配かけまくってるから、かな。


「……勝手に結婚することになっちゃってごめんね。

 アルベルト様と結婚しても、私が母さんと父さんの娘だってことは変わらないから」


「そうなの?」


 そっけない返事。

 母さんは、やっぱり納得してないっぽい。


 手紙でも、妙に奥歯に物がはさまったような書き方だった。

 奥様がわざわざ来て、あれこれ説明してくださったから、もう受け入れるしかなかったんだろう。


 だいたい、帝都で行う予定の結婚式には母さんも父さんも来ない。

 婚約発表が今年の6月、結婚は来年の6月ってことになっている。

 皇家にとっても男爵家にとっても、色々都合がいいからそのタイミングになった。

 でも、村っでは6月は葡萄の世話をする大事な時期。

 結婚式の前後にはいろんな儀式があるので、はるばる帝都まで来てもらってもほんのちょっとしか会えない。

 だから、結婚した後、ゆっくり村に帰って、花嫁衣装とかなんとか見せるってことにしたのだけれど。


 せめて、先にアルベルト様に会わせてから、色々決めた方が良かったのかも……


 艶が出てきたところで、母さんは自分でささっとまとめると、朝ご飯の支度をしなくちゃ、と階下に降りていく。

 私も後を追った。

 台所に入り、まずはエプロンをする。


「大丈夫だから。アルベルト様にも皇太子様にも、そう仰っていただいているし」


「皇太子……様?」


 母さんが、野菜をざくざく刻みながら、訝しそうに振り返った。

 うちの朝ご飯は、具だくさんのスープとチーズ、あとはパン。

 春夏なら卵があれば目玉焼きもつくけど、冬は鶏がお休みだ。


「うん。次の皇帝になる方で、アルベルト様の甥っ子なんだけど、年は上だからお兄さんみたいなところもある感じ。

 アルベルト様が結婚しようって言ってくれた時、私、皇族の妃なんて無理だ!ってなって、一度断ったんだけど、皇太子様が励ましてくださって。

 それで、結婚できるってことになったの」


「えええええと? どういうことなの!?」


 パンやチーズを切りながら、皇太子殿下とギネヴィア様が小宮殿にいらした時のことを話した。


「ミナ!? なんでそんなめちゃくちゃなことをしたの!!」


 改めて、怒られた。


「だって、アルベルト様がそんなこと言い出すとか思ってなくて、ほんとにびっくりしたんだもん」


 もそもそ言い訳すると、母さんはハァァァァとため息をついた。


「昔っから、あなたはいきなり突拍子もないことをしでかすから。

 結婚が決まったのは良かったけれど、私達の手の届かないところで、たいへんな粗相をしておおごとになるんじゃないかと心配で心配で……」


 ん? 「今、結婚が決まったのは良かった」って言ったよね??


「ええええええっと、結婚することはいいの?」


「それは……見ていれば、お互い好きあっているのはわかるし」


 母さんは鍋をかき回しながら、からかうように横目で見てきて、私はふしゅーっと赤くなった。


「ただ、なんていうか……もっと普通の人だったら良かった、とは思うけど」


「普通の人って?」


「だって、王子様みたいじゃない。

 しゅっとして、いかにも頭が良さそうで、いかにも上品で。

 それに、あんなに綺麗な手、生まれて初めて見たわ」


「あー、手は確かに綺麗かも。

 でも、ぽへーとした、かわゆい人なのに」


 私にとって、「王子様みたい」って言葉で思い浮かぶのは、ビジュアル的には男装ウィラ様とオーギュスト様だし、俺様感で言えばファビアン殿下だし、威厳ならウルリヒ皇太子殿下だ。


 母さんは呆れたように私を二度見した。


「ま。とにかく、みんなを起こしてらっしゃい。

 お皿も並べてね」


「は〜い」


 母さんに急き立てられ、私は父さんとトマ、アルベルト様を起こしに行った。




 今日は、ちょうど休日。

 みんなで朝ご飯を食べたら、隣近所にお土産を持っていく。

 それから男爵家の馬車が来てくれて、親戚に挨拶まわりだ。

 父さんと母さん、トマはお出かけ着。

 アルベルト様は、引き続きお忍び用の「どっかのいいところの坊っちゃん」服。

 私は、学院の制服に着替えた。

 前回帰った時は、制服を持って帰らなかったから、従姉妹達に見たい見たいと言われていたのだ。

 

 父さんと母さんの兄弟姉妹は合わせて5人いて、それぞれ子どもがいるし、孫もいる。

 お土産を渡して、アルベルト様を紹介して、勲章を見せて、最近の様子を聞いたりした。

 村に帰るのは1年ぶりだから、初めましての赤ちゃんもいて、めっちゃかわゆい。


 アルベルト様はどこに行っても「王子様みたい」ってめっちゃ言われて、「ほんとに皇子です! 23男ですが!」て返すのが持ちネタみたいになってた。

 みんな、アルベルト様に興味津々で、「家族は?」とか「なにしてる人?」とか、直球でガンガン聞いてくる。

 アルベルト様はにっこにこで、両親はもういないけれど兄弟姉妹に伯父伯母いとこがやたらめったらいて、誰が誰だかまだよくわかってないと笑い混じりに言い、魔導考古学のことをわかりやすく説明して、このへんに変わった遺跡っぽいものや伝承がないかって、さりげに聞き取りしてた。


 私もちょいちょい口を出したりするけど、なんだかんだでめっちゃ馴染んでる感じ。


 アルベルト様は、ちょっと人見知りするところがある。

 村に来るのはお役人が行商人くらいだから、それ以外の人に村の人達がどう反応するかちょっとよくわかんないってところもあった。

 アルベルト様はぽわわんとしているし、まぁ大丈夫だろうとは思っていたけれど、思ってたよりいい感じで、ほっとした。


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☆★異世界恋愛ミステリ「公爵令嬢カタリナ」シリーズ★☆

※この作品の数百年後の世界を舞台にしています
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