12.みなぎって、悪役令嬢降臨!!(1)
「『この下剋上ヒロイン気取り!』
素晴らしいわ!」
「悪役令嬢のセリフとしてインパクト無限大なのです!
ミナは下剋上ヒロインと特徴かぶりすぎな割に自覚が薄すぎるので、不当な気もしないでもないですが、100点満点で256点です!」
エミーリア様も、ヨハンナも、アルベルト様案を褒めてくれた。
私も鼻が高い。
というわけで、無事決め台詞も完成して、いよいよ土曜日。
買い物イベント兼エミーリア様の悪役令嬢っぷりを魅せつける日である。
エミーリア様は渾身の縦ロールで出陣されるとのことで、めっちゃ楽しみだ。
手持ちの私服を見せてヨハンナと相談し、以前領主様にいただいた、ブルーの膝下丈のワンピースにした。
胸元に、母さんが持たせてくれた赤瑪瑙のブローチを飾り、ブローチとおそろいの、しずく型のイヤリングもつけた。
これだけではちょっと寒いので、ベージュの地に赤と紺が入ったチェックのストールを羽織る。
前に「ツインテ」はあざとすぎるから普段はやめろと同室のリーシャに真顔で言われて、その後自重してたけど、エミーリア様のセリフもあるし、今日こそは「ツインテ」にしなければ。
自分では巧くできないので、ヨハンナと街に買い物にでかけるから!と、リーシャにお願いして結ってもらった。
おうちが騎士爵のリーシャは、護衛騎士を目指している。
女性の護衛騎士は、女性皇族・上位貴族を担当することが多いし、旅行先に随行するときは侍女の代わりをすることもありえるから、他人の髪をいじる機会は逃さない。
迎えに来たヨハンナは腰を絞ってスカートを膨らませた紺色の膝下丈のワンピース。
胸元には大きなラッフル、裾にもたっぷりフリルが入っている上に、揃いのショールケープもついててめちゃかわいい!
いつものようにおさげで来たので、せっかく街に出かけるのにそれはない!とリーシャと捕まえて、三つ編みを解く。
胸下まである髪は、「封印を解けば即爆発しやがるのです」とのことだったので、リーシャがサイドの髪を耳の後ろに向けて編み込み、途中から三つ編みにして後ろの髪の下を通してうなじの下で結んでくれた。
ヨハンナの髪、めっちゃつやつやで、下ろしてみると金色も少し混じっていてほんと綺麗。
2人で褒めると、例によってでゅふふと照れた。
黙っていればと思うけど、ヨハンナだから仕方ない。
学院の正面玄関に時間より少し前に着くと、馬車が待っていて、オーギュスト様が、やあ、と片手を上げられた。
白のピンタックが入ったシャツに、織柄が入ったシルクの臙脂のジレ、紺のロングジャケットと揃いのトラウザーズというコーデだ。
私服もやっぱり華麗!
ご挨拶して4人乗りの小型の馬車に乗り込む。
オーギュスト様が頼んでくださったもので、乗り合い馬車より内装がゴージャスで乗り心地が良い。
天気も良く、いい感じだ。
ヨハンナはオーギュスト様に、最近男子の間ではどういう小説が流行っているのか訊ね、返す刀で「下剋上ヒロイン」小説の話題を出した。
オーギュスト様もご存知だったので、エミーリア様の決めゼリフがしっかり伝わりそう。
一安心だ。
その流れで、「下剋上ヒロイン」小説の影響でギネヴィア様との婚約を解消したと言われている、隣国フオルマの王太子のあれこれを教えていただいた。
以前から両国の関係を強化する必要があったところに、同じ年にあちらに王子、こちらにギネヴィア様がお生まれになったので、ゼロ歳時点で婚約が内定。
7歳の時に王子がこちらに来て、正式に婚約となったのだけれど、一つ問題があった。
帝国では髪や瞳の色による差別はほとんどない。
色が薄ければ先祖は北方出身なのね、濃ければ南方出身なのね、くらいの感じだ。
貴族でも薄い人濃い人、いろんな色の人がいるし、平民も同じだ。
魔力の多い少ないにもほぼ関係ないと言われている。
でも、フオルマ王国では、色が薄い人は貴族で優れており、そうでない人は平民で劣っているという認識が強いらしい。
もともと、濃い人が多い地域を、薄い人が多い民族が征服・支配したので、そういう話になったらしいのだけど……
ギネヴィア様は混じりけのない漆黒の黒髪、瞳の色も濃い緑だ。
あちらの感覚では、「劣っている」人という扱いになる。
正式な婚約を結ぶ土壇場になって、ギネヴィア様の姉君や妹君には金髪や銀髪の方もいらっしゃるから、そういう方の方が良いという声がフオルマから出た。
まだその声が一枚岩で、国として強い申し入れがあったら、婚約する皇女を変更したかもしれない。
けれど、黒髪の王妃は厭だという保守派と、国の発展を妨げている差別を解消するために黒髪の皇女を娶った方が良いという革新派の抗争やらなにやらあちらにあり、こっちはこっちで、他国の王族にお嫁に出すなら母方の格も相応の方にしたい、それならギネヴィア様だろうという意見もあったりで、しっちゃかめっちゃかになったあげく、仮でという形で婚約を結んだそうだ。
その後もいろいろ揉めているうちに、姉君妹君の輿入れ先もどんどん決まる。
結局フオルマ王国に嫁げるのは実質ギネヴィア様だけになり、あと2年でご結婚というところまで来てしまった。
そんなタイミングで、王太子は自国の子爵令嬢(髪色は淡いピンクブロンド)と恋に落ち、保守派の重鎮を後ろ盾に、一緒になれなければ心中するだのなんだの言い立て、果ては婚約解消も再婚約もすっ飛ばして2人だけの結婚式を敢行。
自動的にギネヴィア様との婚約は解消というか……なんだったんだろう?ということになったらしい。
「王太子殿下が帝都にいらした時の舞踏会には僕も出たけど、こうなって良かったよ。
ご本人が、黒髪や濃い髪色の人を明らかに見下していたからね。
ギネヴィア殿下への態度は論外だし、皇太子殿下にまで馬鹿にしたような態度をちらつかせてさ」
学院の玄関にも肖像画が飾られている皇太子殿下は、ダークブラウンの髪に同じ色の瞳。
20代なかばに見える、賢く優しげな雰囲気の方だ。
国力で言えば比較にならない大国の、10歳近く年上の皇太子にそれって逆に凄いわ。
そんなところにお嫁にいったら、ギネヴィア様は大変な苦労をされるところだった。
解消になって本当に良かったとヨハンナと一緒に頷く。
「ところでヨハンナ嬢。
フオルマ王国には、あの国独特の『下剋上ヒロイン』物の小説や演劇が流行っているそうだけど、聞いている?」
「あ!はいい!
フオルマのは、色んな意味でレーティングが高めな感じらしいですね……」
ヨハンナが挙動不審に答える。
オーギュスト様がおもしろそうに笑って、あれこれ『下剋上ヒロイン』小説フオルマ版について訊ねるうちに、馬車は街の広場についた。
本当はオーギュスト様が先に降りて、ヨハンナと私が降りるのを手助けしてくれるのものなのに、オーギュスト様が降りた途端、私が反対側の扉を開けて飛び降りてしまって、元気でよろしいと笑われた。
この街は、規模はそれほど大きくないけれど昔からの宿場町で、何世紀も続いている老舗もいくつかあるそうだ。
地図で見た感じでは、街の中心は神殿と町役場がある広場。
そこから皇都と旧皇都を結ぶ街道やその支線に道が分かれ、半径せいぜい200mくらいの範囲でお店や宿屋、レストランやカフェといった施設がある。
まず広場に近い店から順々に見てみよう、ということになってそちらに向かった。
螺鈿を散りばめた小家具、象牙の櫛などを売っている老舗のアンティークショップ、おめかしして出てきた近在の農家の娘っぽい女の子達が群がっている、皇都のアクセサリーショップの支店なんかを順々に見ていく。
オーギュスト様も私達も、ピンと来るものがなく、そのまま街道から少し入ったところにある食堂で昼食をということになって、シェファーズパイを食べ、一度広場まで戻った。




