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去年の春ぶりの実家

 というわけで、去年の春ぶりの実家。


 黒黒とした木の柱を見せるように白い漆喰を塗った古い家は横に長く、家の幅と同じ長さのポーチがある。

 まんなかの玄関から入ってすぐが、左手に暖炉のある居間。

 居間って言っても、ご飯を食べたり、縫い物とか機織り、かご編みとかもする部屋で結構大きい。

 暖炉の裏側、家の左端は、父さん母さんの寝室になっている。

 右手は元はおばあちゃんの寝室だった、今は物置みたいになっている部屋。

 左右の寝室の上はハシゴで上がる屋根裏部屋になっていて、私は大きくなってからは左手の屋根裏部屋で寝ている。

 台所は居間の奥にあり、食料庫とちっちゃなお風呂もくっついている。

 で、トイレは裏庭。


 築何年だかわからないくらいのおんぼろ農家だけど、入ってすぐ、あちこちきれいになっていてびっくりした。

 元は何色だったかよくわからなくなっていた壁は、淡い黄色の漆喰に塗り直されてる。

 煤けて真っ黒な梁や柱はツヤツヤになって、屋根裏部屋と居間を仕切るキルトも新しくなっていた。


 暖炉には火が入っていて、あったかい。


 「お茶でも」とか言いながら台所にそそくさと向かう母さんにくっついてってこそっと聞くと、アルベルト様をお迎えするのになにかと物入りだろうしと、私の叙勲のお祝いということで奥様がくださったお金で、あれこれ整えたということだった。

 おばあちゃんの部屋にアルベルト様、その上の屋根裏部屋にお供の人が泊まれるようにしたとか。


 最初、アルベルト様が村に行くって言い出した時、村には泊まれるようなところはないから、手前の町の宿屋に泊まるとか?って思ってた。

 でも、馬車でも隣の町から1時間はかかるから、毎日行き来するのは大変。

 じゃあ、外から来た人が泊まる部屋が一応ある村長さんの家?と思っていたら、気がついたら実家にって話になってて、大丈夫かな??って思ってたけど、そういうことだったのかー!

 ヤバい、奥様にお返ししないといけないご恩がまた増えてる!!


 といっても、食器とかまで買い揃えたわけじゃないみたいで、バラバラのマグカップとかを総動員してお茶を淹れ、ついでに昨日焼いておいたというお祭りクッキーも添えて、居間に戻る。

 父さんとトマと向かい合って、アルベルト様は食卓に座り、護衛の二人は「休め」の姿勢で壁際に立っていた。


 男子五人は、無言のままお茶が来るのを待っていたらしい。


 宮殿でもあるまいに、二人を立たせたままお茶を飲むわけにもいかないけど、台所で休んでくださいって言っても動かないだろうから、とりあえず父さんと母さんに二人を紹介して、すみっこのベンチに座ってもらってお茶を渡した。

 母さんがトマの隣に座り、私もアルベルト様の隣に座る。


「どうぞ」


「い、いただきます……」


 アルベルト様は、かちんこちん。


 ふーふーしながら、あつあつのお茶を飲む。

 葡萄の葉を中心に、ハーブや乾燥ベリーを混ぜた村のお茶は、ほんのり甘酸っぱい。

 よそにはないお茶だから、めっちゃなつ!ってなるとこだけど、緊張しているせいか、味はよくわかんなかった。

 まだ背丈が足りないので、座面の高い幼児用の椅子に座らせてもらったトマは、カップを持ったままアルベルト様と私をきょとりと見比べている。


 空気は重苦しい。


 もしかして父さんと母さんは、本当は私達の結婚に反対なんだろうか。

 手紙ではそんなことは言われていないし、奥様は二人もOKしてくれたとおっしゃっていたのに──


「で、その……」


 おずおずっとアルベルト様が水を向けた。


「結婚の許しを、というお話でしたが」


 父さんはマグカップをテーブルに置くと、切り出した。


「ミナは、領主様に差し上げた娘。

 領主様が良いと仰っている以上、私らの許しもなにも必要ありません。

 ただ、」


 父さんは言葉を切って、まっすぐにアルベルト様を見た。


「領主様にミナを差し上げた時。

 もし魔力がなくなったら、ミナを必ずお返しいただくと、お約束いただきました。

 結婚となると、その約束はどうなるんでしょう」


「え。そんな話、領主様としてたの!?」


「ああ。お前は突然魔法が使えるようになったんだ。

 いきなり使えなくなることだって、あるだろう」


 血の気が引いた。

 そんなこと、考えてみたこともなかった。


 アルベルト様と私の結婚が許されたのは、私が光魔法を使えるから。

 私の魔力がなくなったら──男爵家とも縁が切れる。

 ただのぶどう農家の娘と、皇弟殿下の結婚なんて許されるはずがない。

 結婚してから魔力がなくなったら、きっと結婚自体が「なかったこと」になる。


 ふむう、とアルベルト様は首を傾げ、私の方を見た。

 テーブルの下で、私の手をとってむぎゅってしてくれる。

 向かいの父さん母さんから、丸わかりな気もするけど!


「万一、ミナの魔力がなくなったとしても、こちらにお返しすることはできません。

 私にはもう、ミナのいない人生は考えられないので。

 魔力がどうなろうが、私の妻はミナただ一人です」


 アルベルト様は、ぱかっとした笑みを父さんに向けた。


「だから、もしミナが村に戻りたくなったら、私も一緒に移り住むつもりです。

 なんでもする覚悟はしているので、その時はよろしくお願いします」


「覚悟しとるちゅうて、あなた様のような見るからにその……王子様っぽい人が、こんなド田舎でなにする言うんですか!?」


 父さんはぶったまげた。

 よそ行き語が秒で剥がれてる。


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☆★異世界恋愛ミステリ「公爵令嬢カタリナ」シリーズ★☆

※この作品の数百年後の世界を舞台にしています
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