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できればなにか、スマートな言い訳を

 その時、セルト大公の腕を、人垣を抜けて現れた先代バルフォア公爵が後ろから掴んだ。


 無言のまま、大公が苛立って振り払おうとするけれど、先代バルフォア公爵は離さない。

 幾度も大公が振り払おうとするのを、先代バルフォア公爵は抑え込んで、腕を握ったままゆったりと口を開いた。


「久しいですな、セルト大公閣下。

 お目にかかるのは何年ぶりでしょう」


 声は穏やかだ。


 ようやく、かつて婿となるはずだったセルト大公は、舅となるはずだった先代バルフォア公爵に眼を合わせた。


 お祖父様の眼は、怒ってはいない。

 でも冷たくて、相手を刺すようなめっちゃ怖い眼だ。


 アルベルト様のお祖父様は、孤立しようがそしられようが、先代皇帝がおかしなことをする度に異を唱え続けていたと聞いている。

 それでめちゃくちゃに揉めて、ディアドラ様がつらい思いをされたそうだけれど……


 でも、お祖父様が「孤立」されていたってことは。

 もしかして、セルト大公はその間、なにもしなかったってことなんじゃないだろうか。

 ほんとにそうなら、お祖父様としては、「今頃出てきて、なにを言ってるんだ」てことになる。


 セルト大公が眼をそらした。

 先代バルフォア公爵が腕を離す。


 ビリビリ感がすうっと消えた。


「ちと、儂からご説明した方が良いことがいくつかあるようですな。

 上の談話室にでも、おつきあいいただけますか?」


「では私も参りましょう」


 セルト大公がなにか言う前に、ブレンターノ公爵が同意した。


「エドアルド、君も来なさい。

 ロドルフォ、レディ・ミカエラを頼んでもいいか?」


 ミカエラ様をパレーティオ辺境伯に託すと、セルト大公を真ん中にして、3人はエドアルド様を連れて2階へと上がっていった。

 エドアルド様は、アルベルト様と私の間柄の説明係なのかも。

 ブレンターノ公爵は、セルト大公の背に手を添えて、なだめるように話しかけている。


「ああ、アルヴィン殿下。

 夜食をお忘れなく。

 9時に西翼ですぞ」


 先代バルフォア公爵は振り返って、殊更にのんきな感じでアルベルト様に念を押された。

 なにも問題はなかった、そういうことで収めよう、ということなのだろう。


 足を止めていた人達が、ざわざわっとばらけていった。

 たぶん、今の出来事は、あっという間に宮廷中に広がるんだろう。

 どういうかたちで広がるのか、ちょっと怖くて考えられないけれど……




 アルベルト様、ミカエラ様、パレーティオ辺境伯、私が残された。

 な、なにか言わないと!


「あの……

 とりあえず、お座りになりませんか?」


 こそっと申し上げると、まだ青ざめたままのミカエラ様は頷いてくださって、4人で座れるところを探す。

 ミカエラ様は「普段は優しい伯父なんです」と半泣きでおろおろされていて、アルベルト様は自分の対応が良くなかったのだと必死に謝っていた。


 手近なところに空いてるソファはなかったけれど、辺境伯閣下が声をかけると1つ空いた。


 とにかくミカエラ様に座っていただく。

 

 改めて、アルベルト様はミカエラ様に謝罪し、ミカエラ様は謝罪を受け入れてくださった。

 へなへなっと腰が抜けそうになる。


 ミカエラ様ははっと気がついて私を見上げ、「ウィルヘルミナ様もどうぞおかけになって」とおっしゃってくださった。

 色々ありすぎて正直辛かったので、隣に座らせていただく。

 アルベルト様が給仕を呼んでくださって、オレンジのジュースを貰った。

 パレーティオ辺境伯は、強い蒸留酒を選んで一息で干す。

 辺境伯閣下にも、相当気を使わせてしまったようだ。


 喉を潤しながら、優しそうな方だけれど大公家の深窓の姫君に一体なにをお話したらいいんだろうと焦っていると、すすすすとエミーリア様とオーギュスト様がいらっしゃった。


「「エミーリア様!」」


 助かった!って思ったら、ぱっとミカエラ様のお顔も明るくなる。

 あれ?そちらもエミーリア様とお知り合い?って顔を見合わせてしまった。


「ミカエラ様、ご無沙汰しております。

 ミナはこの間ぶりね」


 ミカエラ様とエミーリア様、何年か前に避暑先で一緒になったことがあるそうだ。

 さすが社交モンスター!


 エミーリア様は辺境伯にもご挨拶され、オーギュスト様をお2人に紹介された。


「まあ! あのオーギュスト卿にお目にかかれるだなんて!!」


 ミカエラ様はテンションを上げられた。

 大公領にも半月遅れだけれど絵入り新聞は出回っていて、学院の魔獣襲来以降、大公家の女性陣は全員オーギュスト様のファンなんだそうだ。

 ゲンスフライシュ商会の豪華分冊本も、付録の石版画やら記念メダルを目当てに1人で3部も契約している方もいるとか。


「ところで殿下」


 エミーリア様が流し目で、アルベルト様の方を見る。

 なにか言われる前に、アルベルト様はしょんもりとうなだれた。


「すまない。

 せっかく君たちに色々教わっていたのに……」


 どういうこと?ってなっているミカエラ様に、エミーリア様がささっと経緯を説明する。


「殿下がレディ・ウィルヘルミナを大切に思われているご様子、大変感服いたしましたが……

 できればなにか、スマートな言い訳を用意された方がよかったですね」


 オーギュスト様がフォローしつつ、ぐっさり釘を刺してくださった。


「スマートな言い訳……」


 アルベルト様が考え込む。


「英雄叙事詩には、危急の時に神に誓いを立てる場面がありますな。

 生涯、◯◯をしないから、どうか助けてほしいと。

 『妻以外の女性とは踊らない』というのは少々奇妙ですから、『妻以外の女性には触れない』となされば」


 辺境伯閣下がおっしゃった。


 それだ!!ってなる。

 厳密に、一切女性に触れないとなると大変だけれど、挨拶や、階段とかで咄嗟に手を貸したりする時くらいはアリということでよかろうとなった。

 誓いを立てた相手は、アルベルト様の立場だと初代皇帝エルスタルがわかりやすいけれど、エルスタルは複数の妃を娶っているし、ちょっと違う。

 カイゼリンも未婚で出産された方だし、貞潔なイメージには縁がない。

 ここは、ぼんやりと「女神フローラ」でいいんじゃないかってなった。


 さっそくオーギュスト様が「魔獣襲来の折、なんとしても帝都を守らねばと女神フローラに祈り、誓いを立てた」的な作文をしてくださった。

 アルベルト様が、復唱して覚える。

 エミーリア様は、やらかしたアルベルト様にゴリ押ししてくる勇者は、まずいないとは思うけれど、地雷と知らなくて突っ込んでくる事故はいつでも発生しうるから、対応の仕方を忘れないようにと念を押された。


 あわせて、今回のこと、ミカエラ様はちっとも悪くないのだとエミーリア様は改めて強調された。

 でも、エミーリア様もオーギュスト様も、セルト大公は悪くないとはおっしゃらなかった。

 さっきのように、身内の女性と踊るようゴリ押しするのも「スマートではない」ということなのだろう。

 もしあの流れでアルベルト様がミカエラ様と踊っていたとしても、ミカエラ様としては居心地が悪くてお困りになったんじゃないかって気も確かにする。


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☆★異世界恋愛ミステリ「公爵令嬢カタリナ」シリーズ★☆

※この作品の数百年後の世界を舞台にしています
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