たぶん、今日から、帝国の新しい時代が始まる
別の文官がささっと寄ってきて案内してくれ、無事に着席できた。
席は、真ん中を通路として空け、勲章のランク別に並べられているようだ。
2列目は、喪服をまとった婦人、高齢の男性が並んで座っていた。
遺族席だ。
私の席は3列目。
通路の向こう側は、エドアルド様とデ・シーカ先生、ウラジミール様が座っていらっしゃる。
一つ空席があるのは、ファビアン殿下の分だろう。
殿下は、留学先で試験があるとかで、戻っていらしていない。
事情が事情なのだし、交渉すれば再試験とかで対応してもらえそうなものなのに。
もしかしたら当面、帝国に戻られないのかもしれない。
皇家の意向か、殿下ご自身の意向かはわからないけれど。
続いてアデル様、アントーニア様が私の並びに着席された。
雰囲気が厳粛すぎて、もうお声がけできる感じではなく、前を向いて動かないでいるしかない。
最後にギネヴィア様のお出ましだ。
ひときわ大きな拍手が起こった。
ギネヴィア様が最前列に着席されると、皇族方の入場だ。
侍従の呼びかけで皆、起立する。
皇太子殿下ご夫妻、皇妃方、皇族方が玉座の両翼に並べられた椅子にそれぞれ着席される。
髪をちゃんと後ろにまとめ、魔導省の式服をびしっと着たアルベルト様も、礼法の先生に教わった通りに着席された。
研究所の凄い光線は、わりとなかったことになっているので、アルベルト様は今回の叙勲には入っていない。
壇上に並ぶ百名近くいらっしゃる皇族方をほげーと見上げていて、ふと、ティアン殿下のお姿がないことに気がついた。
こういう場にはお出ましにならないのかもしれない。
最後に、皆が起立して、胸いっぱいに勲章をつけた皇帝陛下の入場だ。
以降、侍従長の呼びかけで立ったり座ったりお辞儀をしたりで、式は進んでいく。
声には拡声効果がかかっているようだ。
まず、亡くなった方達に黙祷が捧げられた。
侍従が亡くなった方の名前を一人ひとり呼び、遺族が起立する。
近衛騎士の遺族の代表、研究所所属者の遺族の代表、生徒の遺族の代表が、それぞれ壇の前に進み出た。
陛下が賞状を読み上げ、賞状と勲章を授与して、握手を交す。
亡くなった方の子供や弟妹が進学を望んだ場合、学費は無償、さらに給付型の奨学金が優先交付されることも、侍従長から発表があった。
次は本館防衛組。
ヨハンナやリーシャ、エレン、オーギュスト様やカール様、マクシミリアン様の名前も呼ばれた。
名が呼ばれるごとに、受章者が起立し、大きな拍手がホールいっぱいに響く。
勲章ごとに、代表者が壇の手前まで進み出て頂戴した。
リュークス殿下ほか魔獣と戦った留学生も、外国人に授与する特別な勲章を授けられる。
救援してくれた周辺の町の町長さんも勲章を貰っていた。
ただし学院長は叙勲に入っていない。
事前の準備がなければ到底勝てなかっただろうから、ほんとは学院長も勲章を貰ってもいいんじゃないかと思うんだけど、当日不在だったので固辞されたのかもしれない。
続いて、枢機卿鳥──じゃなくて「クイーン・アルピュイア」を射たセルゲイ様、アントーニア様が呼ばれる。
セルゲイ様は後ろから見ていてもしゃちほこばってらしたけれど、アントーニア様は美しい挙措で受け取られて、自然な笑顔で陛下と握手された。
さすが公爵令嬢!
本館防衛を指揮したエドアルド様がお一人で呼ばれ、盛大な拍手とともに勲章を授与された。
そして特別賞的な扱いで、アデル様。
アデル様は壇に向かう時からふわふわっとした足取りで、頑張って!頑張って!って拍手しながら心の中でめっちゃ応援した。
無事に帰っていらしてほっとした。
最後に、ギネヴィア様、ファビアン殿下を護衛した極大魔法組の番だ。
まず、生き残った7名の近衛騎士達が呼ばれ、一列に並んで勲章を受ける。
騎士の中には、車椅子の方もいた。
そろそろだ、やばいやばいやばいってなっていると、デ・シーカ先生、ウラジミール様、ユリアナさんに続いて、私も呼ばれた。
立ち上がって壇の前に進み出て、ユリアナさんの隣に立つ。
順々に勲章が授けられていく。
ウラジミール様には、騎士として帝国に仕える限り、例の御物の槍「白銀の閃光」を貸与されることも発表された。
私の名が呼ばれて、片脚を後ろに引き、頭を下げた。
文官から賞状を受け取った陛下が、朗々とした声で読み上げる。
緊張しすぎて内容は全然入ってこなかったけれど、「古今、類まれなる魔力を以って皇家に尽くし」と褒めていただいたのはわかった。
終わったところでどうにか頭を上げ、ガクガクに震えちゃってる両手で賞状を受け取り、どうにか傍の侍女に一度渡す。
侍従が陛下にトレーに載せた勲章を差し出し、陛下が私の首にかけてくださった。
初めて、陛下と眼が合った。
ファビアン殿下に似た、空色の瞳。
淡い色の瞳の人は、どこか人形めいた雰囲気になることが多いけれど、陛下もそんな風に見えた。
彫りの深い細面の顔に空色の瞳、ぴんと両脇に跳ねさせた口髭のせいもあって、いかにも厳しそうだ。
この方が、ファビアン殿下と焚き火料理を楽しんだり、学院の生徒だった頃には仲間と湖で息抜きされていたとか、信じられない。
陛下は、私のことは聞いているという風にごく軽く頷かれた。
びっくりして反応とかなんにもできずに、決められた通り握手をする。
どうにかこうにか転んだりせずに席に戻った。
なんだか夢の中みたいな気持ちで、ぼうっと壇上を見上げる。
最後の受章者であるギネヴィア様が呼ばれ、ひときわ大きな拍手が起きた。
よどみなく賞状が読み上げられ、勲章が授与された。
陛下が手を貸して、ギネヴィア様が壇上に上がられる。
なんぞ?って感じで、少しざわっとしたところで、侍従が起立を促した。
陛下が一歩進み出て、再度犠牲者への黙祷を促した。
終わったところで、着席するよう指示される。
「受章者の諸君。
まずは不慮の災厄を生き延びてくれて感謝する」
軽く、頭を下げた陛下の言葉に、死ぬほどびっくりした。
だって、皇家は人の人生を一方的に捧げさせ、命だって平気で奪うものだと思っていたから。
「我が祖エルスタルは、魔獣を打ち破るために大帝国を築き上げた。
その思いが脈々と受け継がれていることを、若い諸君らが身を以って証してくれたこと、感に堪えない」
陛下の声は、しわぶき一つない壮麗な空間に響く。
それから陛下は、魔獣襲来でみんながどう戦ったのか、称賛を交えて語られた。
ギネヴィア殿下とファビアン殿下のご決断。
近衛騎士ほか、極大魔法組の死闘。
本館防衛を指揮するエドアルド様。
執拗に退避壕を狙う人面鳥を、命がけで撃退した生徒達の勇姿。
極大魔法の発動。
クイーン・アルピュイアの登場と、生徒達の奮闘。
そして、総攻撃と数式魔法の炸裂。
リュークス殿下他留学生と、平民でありながら志願して戦いを助けた子達の勇気も、陛下は讃えた。
さすがに全員ではないけれど、原稿もないのに数十名は名を挙げられたと思う。
ヨハンナや私の名前もちらっと出た。
ヒルデガルト様はいなかったことになり、枢機卿鳥もクイーン・アルピュイアという新種の魔獣に書き換えられていたけれど──
「かくも勇気ある若人達に支えられる我が帝国の未来は、より一層、輝かしいものとなると私は確信する。
そして、我が娘ギネヴィアは、この春より魔導騎士団に入団し、今後も前線に立って魔獣を討ち滅ぼすと決意してくれた」
観客席から大きなどよめきが起こった。
すぐに歓声と拍手に変わる。
ギネヴィア様は、晴れやかな笑顔で片腕を高く上げ、拍手に応えられる。
私もめっちゃ拍手した。
起立と呼びかけられていないのに、誰かが立ち、皆総立ちになって拍手した。
ものすごい拍手で、ホール全体がびりびりと震えるよう。
それはギネヴィア様への拍手だけでなくて、高いところに祭り上げられて、長い間直接魔獣と戦わなくなっていた皇家が、またみずから戦うようになる、そのことへの拍手でもあるのだろう。
先代バルフォア公爵がおっしゃっていた、先々代皇帝も先代皇帝も、皇家の魔力が衰えるのを異様に畏れていたという話を思い出した。
ほんとは、その畏れは、皇家がなぜ帝国を支配しているのか、見えにくくなってたからなのかもしれない。
魔獣の脅威が弱まって、帝国は豊かになった。
皇家の役に立つところにお嫁に行くのが皇女の一番の仕事になった。
魔獣討伐で活躍した皇子が起こした「オルランドの乱」のせいで、皇子も魔導騎士団に入らなくなった。
でも、そのことによって帝国を皇家が支配する意味が曖昧になってしまった。
だから、先々代皇帝も先代皇帝も、自分達の権威がなにに拠っているのかわからなくなって、逆に強い魔力に固執したんじゃないか。
魔獣と戦わないのなら、強い魔力を持つ皇族がどれだけいても宝の持ち腐れなのに。
ギネヴィア様が今後も魔獣と戦われることで、皇家はなぜ自分たちが国を支配しているのか、その正統性を確かなものとして感じ、具体的に示すことができるようになるのだろう。
ひょっとしたら、他の皇女や皇位継承権を持たない皇子もギネヴィア様の後に続くかもしれない。
そのことで、皇家と領主の関係、帝国と民の関係はきっと変わっていく。
どこがどう変わるのか、それは今の私にはわからないことだけれど……
たぶん、今日から、帝国の新しい時代が始まる。
壇上では皇太子殿下や皇族方も立ち上がり、笑顔で拍手をされていた。
でも、年配の皇族方には一応拍手はしているけれど、微妙な顔をしている方もいらっしゃった。
アルベルト様は……ちょうどギネヴィア様の影になって、お顔が見えない。
ふと、ブレンターノ公爵がギネヴィア様のことを「ご自身の力を過大に見積もって、道を誤られるのではないか」とおっしゃったのを思い出した。
閣下は、ギネヴィア様と皇家の決断をどうご覧になっているんだろう。
振り返って、2階にいらっしゃるはずの閣下を見てみたいと思ったけれど、そんな無作法ができるはずもなく、興奮冷めやらぬまま、式は終わった。




