まさか、この間のミナの彼氏って……
準備でてんやわんやしているうちにあっという間に1月の終わりになって、予定通り叙勲式が大宮殿で開催された。
朝、男爵家で仕立てていただいたドレスを着せていただく。
クリーム色の無地のサテンで、スカートが釣り鐘のように広がるシンプルな型。
スカートの前側の裾は、去年着た学院のドレスのように少し上がっていて動きやすい。
ガラテア様のドレスを参考にした、やや浅めの胸元の刳りが上品な感じだ。
スタンダードな分、地味といえば地味だから、共布で大ぶりのコサージュも作っていただいたんだけど、今日はリボンにつけた勲章を首からかけていただくからつけない方が良いだろうということになった。
お化粧もして、毛先まで完全に元の色に戻った髪も、いったん巻いてから綺麗に結っていただいた。
アルベルト様に誕生日祝いにいただいたペンダントをつけ、叙勲のお祝いにと新たいただいたイヤリングもつけた。
イヤリングは、ペンダントと対になっている。
裏に私の名が刻まれているとはいえ、ペンダントより落としやすいから、つけるのが怖いんだけど……
新調した礼服をぱりっと着こなした領主様と、一番のお気に入りの深い臙脂のドレスをお召しになった奥様と、馬車で皇宮へ向かった。
4人乗りの馬車の中が、奥様と私のドレスでもこもこになって、ちょっと笑ってしまった。
早めに出たのに、馬車は途中から大渋滞。
どうにか受付を済ませると、領主様ご夫妻と別れて、私は女性受章者用の控室へ向かう。
かなり広い控室には、もう結構人がいた。
空色のかわいい感じのドレスを着たリーシャを見つけて、やばいやばいどうしよーって手を取りあう。
「あ。そうだ、リーシャ。
あんまりびっくりしないで欲しいんだけど……」
「え? なに?」
「今日の舞踏会のエスコート。
私、ギネヴィア殿下の叔父様の、アルヴィン殿下にお願いしているの。
正式な発表は6月なんだけど、この間、婚約が内定したから……」
「はああああ!?」
ぶったまげて大声を上げるリーシャに、全力でしーってやった。
慌ててリーシャが声を低くする。
「まさか、この間のミナの彼氏って……」
「そそそそそ」
こくこく頷く。
「1年の秋から魔法を教えていただいてて、色々あってそういうことになって……」
「マジか……」
リーシャは天を仰いだ。
「そんなこと知らないから、めちゃめちゃ突っ込んじゃったじゃん!!
不敬とかにならないかな?
大丈夫??」
「大丈夫大丈夫!
私にしっかりした友達がいて良かったって言ってらしたし……」
はあああああと、リーシャは深々とため息をついた。
改めて私を、しげしげと眺める。
わりと露骨に「大丈夫なのかな」って顔だ。
「まー……これから大変だと思うけど、ミナならなんとかなるっしょ!
とりあえず、ああいうお忍びのやり方はこっちの寿命が縮むから勘弁してって、巧いこと丸めて言っといて」
「了解!」
淡い黄色のドレスを着たヨハンナも来た。
ゆるっと巻いてハーフアップにした栗色の髪がよく映える色で、胸元は同じ色のレースで覆われている。
色は明るくてかわいいのだけれど、スカートは後ろだけ膨らませた型で、ちょっと大人っぽい。
婚約内定とエスコートの件を話すと、「おめでとうなのです!」とむぎゅーっとしてくれた。
「ていうか、ヨハンナのエスコートは?
ウラジミール様?」
リーシャは、終業式の間際、幼馴染のお兄さん的な騎士様がエスコートしてくれるんだと、もじもじと乙女感を出しながら言っていたけれど、ヨハンナの相手は聞いていない。
「普通に兄なのです。
風の噂では、ウラジミール様の争奪戦は、エラいことになっているそうですよ。
結局、誰が勝利したのか楽しみなのです」
「「なるほろ……」」
もともとかっちょよい方でもあるし、ウラジミール様のご活躍も、新聞や雑誌で大きく取り上げられていたもんね。
不思議な方でもあるけれど……
「あ! しまった!
お祭りクッキー焼いてくるの忘れた!!」
ウラジミール様にお会いする度にクッキーをねだられるのに、舞踏会の準備で忙しくてすっかり忘れてた。
「いやいやいや、いくらなんでも今日、あのクッキーを差し入れするのはおかしいっしょ」
微妙顔のリーシャに、ヨハンナも頷いた。
「ウラジミール様のこと、舞踏会の真っ最中にパートナーを放置して、仁王立ちでばりぼりクッキーを召し上がるくらいのことはやりかねないのです。
しかも、あの無の表情で」
思いっきり、残念すぎる絵が浮かんだ。
ウラジミール様、もともと喜怒哀楽をあまり出さない方ではあるけれど、あのクッキーを召し上がっている時は明らかに無表情になるのだ。
ぶっちゃけ、なにかに取り憑かれて召し上がっているように見える。
それは色々マズい。
とかやっていると、そろそろ整列の準備をという声がかかった。
まず下位の勲章をもらう人たちが呼ばれ、順々に列を作っていく。
ということは、私は、アントーニア様とアデル様と一緒だ。
大きく広がった裾に金糸で刺繍を入れた超ゴージャス!な白銀に輝くドレスをお召しになったアントーニア様と、すらっとした身体つきを引き立たせる、クリーム色の細身のドレスをお召しになったアデル様に、軽くご挨拶をして最後尾に並ぶ。
文官に促されて、列は先頭から動き出し、式典が行われるメインホールへと向かい始める。
腕の付け根を隠すためか、ケープのついたドレスを着たユリアナさんの姿や、若草色のドレスを着たエレンもちらっと見えた。
メインホールに入る人の名を侍従が告げ、拍手で迎えられているようだ。
やばい、緊張してきた……
ふと見ると、アデル様も緊張されているのか、顔色が白い。
さすがのアントーニア様も、いつもより表情が硬かった。
行列は進んでは止まり、進んでは止まる。
止まっているうちに、ギネヴィア様が別室からいらっしゃって、私達の後ろについた。
ギネヴィア様は、艶のあるクリーム色の式典用のドレス。
大きなエメラルドと、虹色の魔石が数え切れないほど散りばめられたティアラと、揃いのイヤリングもおつけになっている。
ドレスはスカートが釣鐘型になっているスタンダードなデザインだけれど、同色の糸で薔薇の花の刺繍がびっしりと入った格の高いものだ。
ご挨拶しようとしたら私の名が呼ばれ、慌てて頭だけ下げてホールの中に入る。
「五彩の間」と呼ばれる、戴冠式や爵位などの重要な儀式が行われるホールは、どーんと大きな吹き抜けになっていた。
300名以上の受章者が椅子に座ってもまだ全然余裕がある1階を見下ろすように、2階、3階、4階まで観覧席が作られていて、大きな劇場のような造りだ。
2階席はボックス席のようになっていて、ひときわ大きく豪奢なものが3つ、それよりやや小さいけれどやっぱり豪奢なものが7つ、デザインが少し違うのが3つある。
それぞれ、家紋が飾られている。
大公家、公爵家、辺境伯家の席だ。
観覧席は4階まで超満員。
超特大のシャンデリアがたくさんたくさんぶら下がっていて、どこもかしこもキラキラ感が凄い。
どこかに領主様、奥様、お義兄様達もいらっしゃるはずだけれど、全然わからない。
見上げていると、くらくらしてくる。
入り口から見て左手、ホールの奥に3段ほど上がった壇が設けられている。
その真中に、魔石の珠で飾られた玉座が据えられている。
皇帝陛下がいらっしゃったらお座りになるはずだ。
文官に囁かれた通り、玉座に向かってカーテシーをし、顔を上げると、大きな拍手が降ってきた。




