さすがギネヴィアの軍師!!
「ととととところで、ご相談というのはどういうものございましょう?」
動揺したまま、ヨハンナは話を変えてきた。
「ああ、例のアレのことなんだが……
あれ、どこに隠したらいいと思う?」
アルベルト様は無駄に朗らかに訊ねた。
「「はいいいい!?」」
ヨハンナと声が揃った。
例のアレって、エルスタルの絵だよね!?
「あーのー……
わたくし、『ライト』さえ灯すことができない雑魚なのですが。
そのような皇家の秘事、関わってはならんのではないですか?」
呆れ顔で、ヨハンナが眼鏡をくいいっとした。
「だって、君が持ち出したんだろう?
ほんっと、どうしていいのか俺も困ってるんだよ」
アルベルト様はめちゃめちゃ弱った顔で言った。
「最近、ようやく成年皇族としての諸々の承継が終わったんだが、理の龍との契約をほのめかすような表現はちょいちょい出てくるけど、具体的な話は結局出てこなかったんだ。
俺の感触では、皇太子殿下は契約の詳細をご存知だと思う。
当然、陛下もご存知だろう。
だが、他の皇族にははっきり知らせないことになっているようなんだ。
遠回しに探ってみたら、極大魔法の許しを得たギネヴィアでも教えてもらってない」
「「ええええええええ……」」
皇家の秘中の秘ってことじゃん!
道理でブレンターノ公爵がアルベルト様に押し付けて逃げたわけだ……
「あれを俺が持っているのはマズい。
だがもし、皇帝から皇太子へ伝えてきた流れが絶えるようなことがあったらと思うと、勝手に証拠隠滅するわけにもいかないし……」
アルベルト様はへんにょりした。
今は皇家──というか、皇太子殿下とアルベルト様は巧く行っているけれど、本来は皇帝と皇太子しか知ってはいけない秘密を勝手に知ってるってわかったら、どうなるかわからない。
一方、たとえば疫病や事故で、同時に皇帝と皇太子が亡くなってしまうようなことがあれば、皇家の力の秘密はわからなくなってしまう。
アルベルト様は、今後、魔獣襲来が頻発するような時代が来る可能性が高いと見てらっしゃるから、未来の人たちのために、エルスタルの力を得る手がかりを残しておきたいとお考えなのだろう。
おろっとヨハンナと顔を見合わせる。
でもすぐに、ヨハンナはぽんっと手を叩いた。
「木の葉を隠すならば森の中。
皇家文書館に突っ込んでおくのはいかがでしょう?」
「「ほへ?」」
皇家文書館、聞いたことはあるけど、私は行ったことはない。
確か、皇宮の中にあって、皇族の私的な文書を収めてるとこだったと思うけれど、きっと図書館みたいなものだよね?
ヨハンナは、アルベルト様に、書庫は閉架式なのか開架式なのかと訊ねた。
閉架式だと、なんの資料を閲覧したのか記録が残るらしい。
アルベルト様は、書庫に入れば後は自由で、誰がどの資料を見たかまでは記録していないと答えた。
「ギネヴィア殿下より、皇家文書館は千名を超える歴代皇族の活動記録、手紙、書き物、その他諸々の資料を収蔵しておる場所と伺っております。
ということは、エルスタルやカイゼリンのように今も魔導研究、歴史研究の対象となっている皇族がいる一方、たいした事績もなく、資料を閲覧されることのない方々もたくさんいるはず。
手稿も絵もかさばるものではないですから、このへんまず誰も見ないだろうなというあたりに、こそっと混ぜてしまえば、出所を辿られずに、とりあえずは後世に残すことができるのではないですか?
そのまま埋もれさせたくなければ、なんらかのヒントを別途お遺しになればよろしいかと」
「なるほど!!
さすがギネヴィアの軍師!!」
アルベルト様はパチパチと拍手をした。
私ものっかって拍手をする。
「きゅふふふ……
殿下のお役に立てましたのなら、皇家文書館の見学許可なぞ賜れますと良い感じなのですが」
ブレンターノ公爵家で味を占めたのか、ヨハンナは直球でおねだりしてきた。
「あれ?
ギネヴィアに連れてってもらってないのか?」
「それが、問い合わせてはくださったのですが、文書館と特に関わりのない皇女殿下の紹介で、平民の小娘を入れるのはあかん言われてしまいまして」
ふむ、とアルベルト様は考え込む。
「そういう理由でダメだったのなら、俺なら通るかもしれないな。
一応、魔導研究所の所長だし、ちょいちょい研究員を連れて行っているし」
アルベルト様は、ヨハンナを見て、私をんじーと見て、頷いた。
「ちょうどいい。
今からでもいいかな?
事前申請すると慎重に審議されまくったあげく撥ねられる可能性が高いから、いきなり行った方がいい」
突然の展開に、ねだったヨハンナが「よいのですか?」とびっくりしてる。
アルベルト様は窓を開けると、護衛騎士を呼んで行き先の変更を告げて、「なにしろ君はギネヴィアの恩人だからね」とキラキラしく笑った。
馬車は皇宮に入り、大宮殿の近くにあるという文書館へ向かう。
もう4ヶ月以上小宮殿に居候しているのだけれど、別の門から入るのが早いので、大宮殿のあたりは全然さっぱりだ。
皇宮、男爵領の領都より広いくらいだし。
「ところで、ヨハンナ嬢はなぜ皇家文書館に興味を持ったんだ?
歴史書や年鑑ではわからない点を掘りたいってことかな?」
「そうなのです。
特にカイゼリンこと皇女マグダレーナの3人目の婚約者、レズリー・ドライデンがなぜ亡くなったのか、子供の頃から、不思議で不思議で仕方なく。
帝国初期の歴史書は多数刊行されておりますが、皆、これなんなんだろねって言っているばかりで、ここは当時の資料を直接漁るほかあるまいと思っておったのです」
「あああああ!!!
あれ、ほんっとわけわかんないよね!!」
去年の秋、ヨハンナに薦められて『皇族譜』を読むようになった時、なんじゃこりゃってなったのを思い出した。
ドライデンは、カイゼリンの部隊と合流して、ワイバーンの群れと戦うはずが遅参し、その夜に自殺している。
『皇族譜』の書き方もそこだけおかしくて、なんで自殺したのかは諸説ありますということで、「軍法会議回避」説・「マグダレーナ様にしばかれた」説・「自責」説と3つ並べて記述は終わってる。
有名な話だから書かないわけにはいかなかったけれど、よくわかんないのでぶん投げたって感じがぷんぷんだ。
「そそそ、にんともかんともわけわかんないのです。
その意味でも、ゾーディア卿の手稿には期待したのですが、カイゼリンについては『人の倫を外れたクソ女』的な罵詈雑言は多数あれど、具体的になにをしたのか書いてなかったのですよ」
アルベルト様は、ものすごく微妙な顔をしてヨハンナを見た。
「それで、勲功調査の折、希望する進路を訊ねられて、平民では女官は無理でしょうから、皇家文書館の司書になりたいと申しましたのですが、それも無理だと秒で断られたのです」
むーっとヨハンナは不服顔で言う。
ていうか、ヨハンナ、女官になりたかったんだってびっくりした。
てっきり、ゲンスフライシュ商会で小説部門の編集者になるんだと思ってた。
ギネヴィア様にお仕えしたいってことなのかな。
「ヨハンナ嬢なら超優秀な司書になるだろうが、あそこは魔力がないと開けられない書庫や資料があるからね……
ついでに言うと、カイゼリンやエルスタル関連の資料は、貴族であっても特別な許可を得ないと閲覧が許されない。
さすがにその許可は勝手に出せないな……」
アルベルト様が困り顔で言う。
「え、今日文書館に入れたとしても、カイゼリンの資料を見るのはダメってことですか??」
思わず訊ねると、アルベルト様は頷いた。
ほんっとこの国クソだな!と言わんばかりにヨハンナが露骨に顔をしかめる。
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