10.色気ダダ漏れとはこのことか……
オーギュスト様が立ち上がられたので、慌ててヨハンナと私も立ち上がる。
エミーリア様を見送って座り直すと、オーギュスト様が小さくため息をつかれた。
なんぞ?と思っていると、こちらを見て、気持ちを切り替えるようにふんわりと笑まれる。
キラキラが……キラキラがまばゆい!!
「君たち、せっかくだし甘い物はいかがかな?
ちょっと、お願いしたいこともあるからね。遠慮なく」
とりあえず紅茶だけ頼んでいたので、テーブルの上はカップとポットだけだ。
お茶はまだあるけど、そういえば甘い物ちょっと食べたい……
「エミーリア様に不都合となるようなことはNGなのですがががが」
ヨハンナが念の為釘を指す。
オーギュスト様はそういうことじゃないよと一笑に付されて、お言葉に甘えることになった。
「お願いって、なんでしょう?」
「んー……なんというか」
少し姿勢を崩して、リラックスされたご様子のオーギュスト様は言い淀まれた。
長い脚を組み、軽く頬杖を突いて、斜めに傾いだお顔は悩ましい。
色気ダダ漏れとはこのことか……
「エミーリアがどういうものを好むか知りたくて」
「はぁ……?」
そんなの、私達より圧倒的に親しいゲルトルート様やウィラ様に聞いた方がいいんじゃ?とヨハンナと顔を見合わせた。
「……正直に打ち明けた方が早いよね。
エミーリアは素晴らしい女性だし、折々の対応もきちんとしてもらっているんだけど。
どうもね、僕がなにか言ったり、贈ったりしても、彼女に響いてないような気がしてならないんだ。
エミーリアと以前から親しい方々に軽くお訊ねしたこともあるんだが、はぐらかされるだけでね」
あー……そうか。
エミーリア様のことだから、そつなく婚約者の務めを果たしていらっしゃるだろうけど、オーギュスト様にお気持ちがあるわけじゃないからなぁ……
これがモテに縁遠い男子だったらこういうものかってなるかもしれないけど、オーギュスト様は「王子様」枠の男子。
キラキラうるうるおめめで見つめられ、話しかけたらキャーキャー言われるのに慣れているだろうから、気持ちがないのはそりゃわかっちゃうよね。
で、オーギュスト様に訊ねられたお姉様方は、エミーリア様が太鼓腹もツルツルも余裕で愛でるオジサマ好きだなんて言えずにごまかしたと……
「僕の方が1つ年下ではあるけど、そこまで大きな問題ではないから婚約ということになったわけだし……」
腑に落ちない様子で首を傾げられる。
1歳年下なのがいけないんじゃなくて、30歳若いのがダメなんだとか言えない。
ヨハンナと2人、冷や汗だらだらかいていると、オーギュスト様は憂わしげに目線をふせられた。
長いまつ毛が影を落とす。
そんなに色気を盛らなくても、お腹いっぱいなのですががががが!
「どなたかに恋をしていらっしゃるようでもないし……」
「ないですないです!!」
「それはないのです!!」
2人がかりで食い気味に否定する。
いやそこは疑ってないんだけど、と笑いながら、オーギュスト様は少しほっとした顔になられた。
「ええと、オーギュスト様からエミーリア様へのお気持ちは、どんな感じなのですか?」
不躾かもしれないけど、不躾でない聞き方がわからなくて、例によって直球で聞いてしまった。
「ん、婚約者として好ましく思っている、というところかなぁ。
夫婦となるなら、このままでは寂しいなという気持ちもあって、もう少し踏み込みたくはあるんだけれど、あちらにそのつもりがあるのかないのか、そのあたりがね……」
「はぁ……」
好意はある。
気持ちがありそうなら、もう少し恋人らしくしたい。
でも理性をかなぐりすててしまうほど、激しく恋してるわけじゃない。
自分に気持ちがないようなら、このままでも仕方ないと諦める、というところ?
ひょっとして、自分だけ一方的に婚約者にのめり込むと格好わるいということもあるのかな。
微妙だ。
微妙すぎるよ貴族社会。
「どうなんだろう。
この際、ぐいぐい行った方がいいんだろうか?」
「いやいやいやいや……」
「それはおすすめいたしませんのです。
私の見るところ、エミーリア様は追えば光の速さで逃げるタイプなのです」
「なるほど。そういう印象は僕もあるな……」
とかやっていると、スイーツ盛り合わせプレートが来た。
この食堂、ランチは学費にコミだけど、別料金で色んなメニューが用意されている。
その中で一番お高いメニューで、どんなものかと前から気になっていたのだけど……
内容は月替りだそうで、今日はフォンダン・ショコラというチョコレートのお菓子を中心に、ラズベリーのムースや珍しい南国の果物を合わせ、飴細工の花びらまで添えられている芸術的な一皿だった。
ほんと食べてしまうのが惜しいくらい。
さっそくナイフとフォークを伸ばされたオーギュスト様は、難しいところは手で食べても大丈夫だよ、と私に微笑まれた。
飴細工の花びら、とても綺麗だけどフォークで巧く食べられる気がしなかったので、助かった。
オーギュスト様マジで紳士だ。
ポットのお茶をヨハンナが注ぎ足してくれて、さっそくフォンダン・ショコラからいただく。
とろーりとチョコレートのソースが溢れてくるのを絡めるようにして……
ふおおおおおお!なにこれおいしい……!
ヨハンナも「絶頂物ですわこれは」と感動している。
「う、こちらも美味しいです!」
ムースも美味しい。
実家の家族にも食べさせたい。
父さんも母さんも、こんな美味しいものがこの世にあるのかってびっくりするだろうし、弟は渾身の「うまうまにぱぁ」を披露してくれそうだ。
「そうだね、酸味と甘味とコクのバランスがいい。
生クリームだけじゃなく、クリームチーズも合わせてるのかもしれないね」
「え、そんなことまでわかるんですか?」
「女性を喜ばせるには、まずは甘い物だからね。おかげで詳しくなったよ。
でもエミーリアを美味しい物で喜ばせようとしても、なかなか巧くいかないんだよなぁ。
僕がなにか贈っても、彼女が知ってるものばかりだしね」
オーギュスト様は自虐気味にぼやかれた。
ヨハンナと顔を見合わせた。
「あの〜、つかぬことを伺いますが、オーギュスト様は女性を喜ばせるのがお好きなのです?」
ヨハンナが訊ねると、オーギュスト様は普通に頷いた。
「本気で喜んでる女の子って、すごく可愛いじゃないか。
だから、ついついサービスしたくなるんだよね」
「それで、エミーリア様が大興奮されるような物が贈りたいけど、なかなか巧くいかないと」
「そうそうそう!」
「でしたら、ミナを連れてお買い物にいらっしゃるのはいかがでしょうかなのです」
はいいいいいいい!?
どっから出てきたその提案!?
どういうことかとオーギュスト様が私達を見比べた。
「先日、ミナが生家の村でお祭りに食べるお菓子を作ってくれまして。
ギネヴィア殿下やエミーリア様にもご賞味いただいて、珍しくて美味しいと大変喜んでいただいたのです」
「ほう」
オーギュスト様の眼がきらんと光った。
「帝都の流行を追っても、なかなかエミーリア様を驚かせることはできないと思うのです。
ですので、ミナの感性を活かして、エミーリア様のお心に刺さるものを新たにお探しになってはいかがでしょう」
「エミーリアの心に刺さるものか。
いい表現だね!」
……私これ知ってる!!お買い物イベントってヤツじゃん!!
ヨハンナに「下剋上ヒロイン」系恋愛小説を何冊か読まされたんだけど、中盤あたりで仲良くなったイケメン貴公子とお買い物に行く場面がちょいちょいあった。
そういうのをお買い物イベントって言うんだとヨハンナに教わったんだけど、いきなり!?
「で、でもオーギュスト様と2人でおでかけするのは……」
「もちろん私も同行させていただくので無問題です」
にっこりヨハンナが退路を塞ぐ。
とか言って、買い出し中にバックレて2人にするつもりなのでは!?
どうも信用ならないと横目で睨むけど、スルーされた。
「そうだね、近くの町にも気の利いた雑貨屋やカフェがいくつか出来ているようだし、一度チェックしてみたいと思ってたんだ」
オーギュスト様はすっかり乗り気になってしまい、ばたばたと日取りまで決まってしまった。
 




