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ミナはまーだわかっとらんのです

「確認なのですが、アデル様は将来はどうされるおつもりなのでしょう

 わたくし、てっきり魔導省で数式魔法の開発をされるとか、そういう方向なのかなと思っておりましたが」


 ヨハンナが単刀直入に聞いた。

 貴族の女性の進路といえば、結婚・侍女か女官・魔導士の三択だけど、アデル様なら魔導省は大歓迎だろう。

 でも、アデル様は首を横に振った。


「数式魔法『コタ・ドラコ』は、ギネヴィア殿下のお役に立ちたい一心で、言ってみれば火事場の馬鹿力で出来たものですから……」


 あ。あの数式魔法の正式名称はそういうことになったんだ。

 ちょっと安心する。


「私、ああいう大掛かりな数式魔法をどんどん作れるわけじゃないんです。

 結婚して、趣味として数式魔法を続けながら、温かい家庭を築けたらな、と……

 父にも、進路希望調査の時にもそう言いました」


「そうなんですね……」


 ちょっと意外だった。

 せっかくあんな凄い魔法をその場で組める方なのに、もったいないという気もしないでもない。

 でも、学院の1年生で凄い実績を残されたのだから、もっと凄い魔法をどんどん要求されるだろうし、それがずーっと続くとなると相当しんどい。

 アデル様は、そのしんどさを受け止めきれないと判断されたのだろう。

 

 進路希望というのは、今回活躍した生徒を対象に、将来の希望があればなるべく叶えようということで、聞き取り調査があったのだ。

 もちろん、資格が必要なものとかは条件を満たさないといけないけれど、それなりに汲み取ってもらえるらしい。


「社交界で注目されていらっしゃるし、これからも数式魔法で大活躍されるかもっていうんで、アデル様はもう手の届かない方になってしまったって、マクシミリアン様は思ってらっしゃるんじゃ……」


 はっきりうかがったわけじゃないけれど、少なくとも魔獣襲来前のご様子だと、マクシミリアン様はアデル様のことを好ましく思われていたはずだ。


「ありえますですね。

 アデル様のお気持ちとしては、そのあたりいかがなのでしょう?

 ぶっちゃけ、今のアデル様なら上位貴族のイケメン貴公子とのご縁も望めばいけると思いますですが」


「私は、マクシミリアン様がいいです」


 眼鏡をきらんとさせたヨハンナに、アデル様は珍しく、食い気味に断言された。


「実は、学院に入ってすぐの頃、ハンカチをわざと落したり、似たようなことを何度もしていたんです。

 でも、そもそも気がついていただけなかったり、普通に無視されてしまったりして。

 笑顔で渡してくださったのはマクシミリアン様だけ。

 それでこの方だ!って飛びついてしまって、引かれてしまったんですけれど……」


「「あー……」」


 それで、マクシミリアン様が私達のテーブルに隠れることになったのか。


「魔獣襲来の時、私は退避壕に入っていたんです。

 地上型はギネヴィア様が極大魔法で倒されるとしても、もし飛行型の強い魔獣が来たら、どうなるんだろうって不安で。

 数式魔法を使えば、ギネヴィア様に上空も攻撃していただけるかもって思いついたけれど、書く物がなくて。

 私は紙に書きながら考えないと式を組めないのに手ぶらで入ってしまったから、誰か書くものを貸してくださいって言ったんですけれど、みんなそれどころじゃないし、私も慌ててしまって巧く伝わらなくて。

 どうしよう、せっかく思いついたのに間に合わないって焦っていたら、マクシミリアン様が気がついてくださって、一緒にペンと紙を探してくださったんです。

 式を組んで、ギネヴィア様にお届けしようってなった時も、退避壕の扉を開ける開けないでひと悶着あったんですけれど、マクシミリアン様が強くおっしゃってくださって、なんとか間に合いました」


「そうだったんですね……」


 てことは、マクシミリアン様、めっちゃ功労者じゃん!


「お招きいただいたサロンで、それこそスパダリっぽい殿方に褒めていただいたり、その……観劇でもどうかとか、お誘いいただくこともあったんですけれど……」


 アデル様は恥ずかしそうにおっしゃった。

 うんうんとヨハンナと2人で頷く。

 アデル様のお美しさ、数式魔法を再発明した賢さ、慎み深いご性格、そりゃお誘いの2つも3つも4つもあるっしょ!


「でも、そういう方々は、以前の私なら、目にも留めてくださらなかっただろうなと思ってしまうんです。

 馬鹿なことをしたのもご存知なのに、いつも優しくしてくださって、助けてくださるマクシミリアン様と、ずっと一緒にいられればよいのにと思っているんですけれど……」


 アデル様は、静かにふしゅーっと赤くなって、うつむいた。


「「なるほろ……」」


 ヨハンナと2人で、納得した。


「ということは……

 アデル様が『でもでもだって』され、おそらくはマクシミリアン様も『でもでもだって』されているうちに、時はあっという間に流れ。

 気がついたら、アデル様はスパダリに攫われるか、お父様の部下あたりとご結婚。

 マクシミリアン様も家の都合の良い令嬢とご結婚。

 2人は若き日の恋に思いを残したまま、それぞれ別の道を歩んでしまう──


 という展開のとば口に、お2人は立っておられるのです。

 サブエピソードなら『せつないね』で許されますが、ヒロインがそれをやったら『ふざけんな金返せ』と、物凄い量の愛読者カードが送りつけられてくるのです」


 ヨハンナが身も蓋もないことを言う。


「え? あああ……なりますね、なってしまいますね!」


 小説に例えられて、今どういう状況なのか把握したのか、アデル様が慌て始めた。


 内気な方だから、なかなかマクシミリアン様に申し上げられないのは無理もないけれど、ヨハンナの言う通り、早く動かないとダメなやつだ。

 子爵家の次女だから、結婚はもっと先のことって思っていらっしゃったかもしれないけれど、惣領娘だと話が違ってくる。

 フィリップス子爵家は歴史あるお家柄だし、婿入り候補者の家も相応の家柄のはず。

 見合い話が動き出してからだと、ひっくり返すのが大変なことになりそう。


「余計なお世話かもしれないですけど、もしお手紙だと難しいのでしたら、今日お聞きしたことを、私達からマクシミリアン様にそれとなーくお話しさせていただくのはダメですか?

 来週の水曜になりますけれど、マクシミリアン様と授業でご一緒しますし」


 こそっと申し上げると、アデル様は首を横に振った。


「いえ、あの……

 お気持ちはありがたいのですけれど、ここは自分でお伝えしないと。

 今、手紙を書きますので、すみませんが先輩方からマクシミリアン様にお渡ししていただけないでしょうか?」


「え、今!?」


 ちょっとびっくりした。


 アデル様は、後で書くことにしてしまうと、自分の性格だと言葉を尽くそうとして、ものすごい長文のわけのわからない手紙になってしまって、何度も書き直しているうちに諦めてしまうに違いないからと、もがもがおっしゃった。

 確かにそうなりそうな予感はする。


「鉄は熱いうちに打て!なのです。

 紙はございますか?

 封筒を買って参りますので、その間にお書きください」


 紙はあるとのことで、店の人にちょっと買い物に出ると断って、2人で外に出る。

 文房具屋文房具屋と探したら、わりとすぐ近くにあったので、シンプルだけどしっかりした封筒を見つけて戻る。

 

 アデル様は、既にお手紙を書き終えていた。

 ノートから切った紙一枚に、思いをまとめられたようだ。

 封筒にさらさらっと表書きを書いて、お手紙を入れて「封印」をかけ、さらに花模様の書き封もされる。

 字も書き封もとても素敵で、やっぱり令嬢って凄いなって改めて思った。


「では、よろしくお願いします」


 差し出された封筒を、「確かにお預かりしました!」と受け取った。




 次の週、授業の前にうまいことマクシミリアン様を捕まえて、無事手紙をお渡しできた。

 授業が終わってすぐ、マクシミリアン様はめっちゃ笑顔で私達に手を振って「ありがとう!」と叫ぶと、超ダッシュで消えていく。

 きっと、アデル様に会いに行ったのだろう。


 よかったよかった!!


「ところでミナ。

 わたくしに言うことがあるのではないですか?」


 腕組みしたヨハンナが、ふんすとドヤ顔で言ってきた。


「え、なに??」


「アデル様とマクシミリアン様、秘技『ハンカチ落とし』から、恋が実ったではありませんか!!

 やはりあの秘技は有効なのですよ!!!」


「ええええええ……たまたまじゃん!

 てか、そんなに『ハンカチ落とし』がアリだって思うのなら、ヨハンナも落としてみればいいのに」


 私が言うと、ヨハンナはぷすーっとむくれて「ミナはまーだわかっとらんのです」とぼやいた。


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☆★異世界恋愛ミステリ「公爵令嬢カタリナ」シリーズ★☆

※この作品の数百年後の世界を舞台にしています
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