大丈夫だよね? またお会いできるよね?
夏の盛りを過ぎた頃。
留学先のローデオン公国に出立するファビアン殿下を、デ・シーカ先生やカール様、エドアルド様ほか私塾つながりの方、アデル様やヨハンナほか学院で親しくしていただいていた生徒で、旧市街地の門の手前にある広場でお見送りすることになった。
行ってみると、20人くらい待っている。
デ・シーカ先生にお会いするのは、魔獣襲来以来。
やっぱ「ライト?」にかっこよい名前つけようぜと言われて、「それはちょっと」ってなった。
エレンもカール様と一緒に来ていて、やっと顔が見れた。
まだかなり痩せてたけれど、表情とかはしっかりしている。
侯爵家でパンを焼くようになって、だいぶ落ち着いてきたそうだ。
特にパンを捏ねる作業が、めちゃくちゃ癒やされるらしい。
そういえばエレンはちゃんと魔力循環してるか気になってたけど、魔力循環は続けているとかでほっとした。
もともと脚にもちゃんと回せてたそうだ。
エレン、ほんと私の上位互換だよね……
そんなことを広場のすみっこで喋っていると、皇家の立派な馬車が止まり、ファビアン殿下が降りてきた。
久しぶりにお会いするファビアン殿下は、薄墨色の旅行服をお召しになっていた。
どこがどうとは言いにくいけれど、雰囲気が変わっていて、もうすっかり大人のように見える。
どういう風にお話すればよいのかわからなくて、みんなおろおろしていたら、ファビアン殿下の方から、一人ひとり声をかけて、握手してくださる流れになった。
私の番が来る。
どうかお身体にお気をつけて、とかなんとか、もがもがと口にしながら、前に召し上がっていただいたクッキーですとお祭りクッキーの包みをお渡した。
「ありがとう。
ベルフォード、まだしばらく皇宮にいるのか?」
「はい。その予定です」
「じゃあ、もし母上に会うことがあったら……会釈だけでもしてくれないか?
無理にとは言わないが」
え、て声が出かかった。
それって、ファビアン殿下のお母様、メリッサ夫人は、皇宮の中でまるっと無視されてる……ていうことなの?
なのに、お母様を置いてよその国に行かないといけないだなんて……
「は、はい」
思わず、お約束をしてしまった。
「ま、皇宮も広いから、会う機会はないかもしれないけどな」
握手した方の腕をぽんぽんと叩いて笑うと、ファビアン殿下は隣のヨハンナに向かった。
「ヨハンナ。
今日はみぎゃあああって言わなくて良いのか?」
殿下は、にやりと笑っておっしゃった。
「ご期待に添えず残念無念でございますが、本日わたくしの俺様センサーがピクリとも動かず……
こちら、旅行中の気分転換によさげなものを何冊か見繕って参りましたので、よろしければ」
ヨハンナは本が何冊か入っている手提げ袋をぴしっと捧げ持って、殿下に差し出した。
「どんな本なんだ?」
受け取りながら、ファビアン殿下はお訊ねになる。
「イチオシは『執事はなんでも知っている』という作品で、殿下が面白いとおっしゃっていた『二人の令嬢』の作者の新作でございます。
お人好しの貴公子に仕えるスーパー執事が、主が巻き込まれる事件をビシバシ解決していく連作短編で」
「さすがヨハンナ、気晴らしによさそうだな。
ありがとう」
ヨハンナと握手した次は、アデル様。
アデル様は、泣き出してしまいそうになるのをこらえるのが精一杯でなにもお話になれず、ファビアン殿下は「大丈夫大丈夫」「アデルも元気でな」と笑って励まされていた。
「カール」
最後に、ファビアン殿下はカール様と堅く抱きあった。
そこにはもう、言葉はなかった。
カール様の眼は真っ赤で、ファビアン殿下がよしよしと慰める。
「皆、顔を見せてくれて嬉しかった。
いずれまた会おう」
カール様から離れて、からっとした声で告げると、ファビアン殿下は馬車に乗り込まれた。
あまりに吹っ切ったようなお顔で、逆にもう二度とお会いできないんじゃって、一瞬思ってしまう。
大丈夫だよね?
またお会いできるよね?
私達は馬車が見えなくなるまで、手を振ってお見送りした。
三々五々と集まっていた人が散っていく中、なんだかまだぼーっとしていらっしゃるアデル様を放っておけず、ヨハンナと一緒にお誘いして、カフェに寄ることにした。
アデル様にお会いするのも、久しぶりだ。
ヒルデガルト様がその後どうされているのか、なにか聞いていないかと訊ねられたので、離宮で療養されているとお伝えした。
こちらのその後も差し支えない範囲でお話したりして、少し落ち着いたところで、アデル様に最近のご様子を伺う。
アデル様、数式魔法の威力が大々的に報道されたこともあって、社交界の注目を集め、高名なサロンに招かれたりするようになられた。
となると、家庭をほぼ放棄していたお父様の関心も戻ってくる。
それで、アデル様だけちゃんとしたドレスがないとか、自分の部屋を取り上げられてメイド用の屋根裏の小さなお部屋に押し込められてるとか、色んなことにようやく気がついてお母様を問い詰め、大騒動が発生。
結局、お母様と姉君妹君はお母様のご実家に強制送還、おそらくこのまま離婚となるそうだ。
ピクニックの帰りに、お母様が長年ダブル不倫されてる的なことをおっしゃっていたけれど、そのへんも大爆発した雰囲気だ。
「そそそそそれは、いわゆる……」
ヨハンナがなにか言いかけて口ごもる。
「『ざまぁ』展開ですよね。
実際起きてみると、大変なことばかりであんまりスカッとしない感じでしたが」
アデル様は苦笑しながらおっしゃった。
「あ、でも、そうなるとアデル様は跡取り娘ってことになりますよね。
ご結婚はお家を継いでくれる人とってことになるんですか?」
フィリップス子爵家は代々法務畑の宮廷貴族だ。
それを継ぐとなると法務省に入るのが前提になるから、婿入りするなら法律に関する専門知識がそれなり以上に必要になる。
アデル様はマクシミリアン様とよい感じだったけれど、どうなるんだろう。
「……そういうことになるんでしょうね」
まだ、実感が湧いていらっしゃらない様子だ。
いやいやいや、もしマクシミリアン様とご結婚されるおつもりがあるのなら、早めに法学の勉強を始めていただかないとマズいんでは!?
「ええと、マクシミリアン様は、そのあたりのこと、ご存知なんです?」
アデル様は首を横に振った。
「学年が違うので、授業でお会いすることもないですし。
手紙のやりとりは続いていているんですけれど、やっぱり家の恥ですから……」
「「あー……」」
以前からご相談していたとかならとにかく、マクシミリアン様と関係がないところで、外聞をはばかるような大騒動が起きて、終わってしまったのだ。
なかなか申し上げられることではない。
「それに、マクシミリアン様は、あんまりその……私にお気持ちがあるわけではないのかなって」
アデル様は俯かれた。
「いやいやいやいや……それはないっしょ!?
マクシミリアン様、すうきけ──じゃなくて、クイーン・アルピュイアとの戦いでめっちゃ頑張られたのは、アデル様をお守りするためじゃないですか!」
オーギュスト様に色々持っていかれた感はあるけど、マクシミリアン様もしっかりかっこよかったと思う。
「でも……お手紙ではなんというか、普通のやりとりばかりで。
お優しい方だから、ああいう風にしてくださっただけなのかなって……」
アデル様、余計にしょんもりしてしまった。
どゆこと?ってヨハンナと顔を見合わせる。
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