だから、表には出せない
婚約がどうなるのか、奥様からの知らせをあわあわと待っている間に、学院の対面授業にも行けるようになった。
やっとヨハンナやリーシャ達と会えて、めっちゃ盛り上がった。
アントーニア様もお元気というか、絶好調!で凄かった。
髪も瞳もお肌もうるうるでつやつやで、めっちゃキラキラされている。
去年のおすましアントーニア様とも、今年の春のイライラアントーニア様とも違う、超満開!アントーニア様という感じだ。
モブの私にまで、気さくに話しかけてくださってびっくりした。
ヘルマン様の回復の目処が立ったことから、婚約継続が無事決定。
リハビリのお手伝いにかこつけて、大好きなヘルマン様といちゃいちゃしまくっているらしく、幸せすぎて全方位に色々振りまいているみたい。
一方、エドアルド様は、どんよりへろへろだ。
ほんとはこの夏、ゲルトルート様とミハイル様の結婚式があるはずで、それに合わせてウィラ様は帝都にいらっしゃるはずだった。
でも、先帝陛下の喪中なので結婚式は延期。
ミハイル様のお父様は騎士団長だし、直接先代陛下にお仕えしたこともあったので、まるっと1年延期になったのだ。
学院の授業があるから、エドアルド様がパレーティオ領に行くこともできない。
へにょへにょのエドアルド様は「ウィラ分が切れた」「もう無理無理無理無理」「でも単位を落として留年したら、結婚が遅れる」と、ほとほと弱ってらした。
仕方ないので、リーシャほかウィラ様ファンの子達が、あれこれ思い出話をして、ウィラ様分?を注入していた。
エレンはどうしてるんだろうって気になっていたけれど、カール様がおっしゃるには、起きられるようにはなったとのことで、ほっとした。
自分を責めてばかりで、一時はガリガリに痩せてしまったらしい。
徐々に良くなってきたのだけれど、まだぼんやりしていることも多いし、魔法をとても怖がっているそうだ。
私もまだ、魔羆が押し寄せて来る夢を見て夜中に飛び起きたり、あの時もっとしっかり動いていればベルゼさんや隊長さん達は助かったんじゃないかと、今更どうにもならないとわかっていることを考えはじめてしまって、辛くなってしまうことがある。
帝都では、まだまだ学院の生徒は英雄扱いで、授業の前後に制服を着て集まっていると、通りがかった人達が足を止めて拍手してくれることまであった。
めちゃめちゃ照れてしまったけれど、あとで、なんというか……すごく寂しい気持ちになってしまった。
褒め称えてもらっても、死線をくぐった心の傷は消えない。
あの人は死ななかったんじゃないかっていう後悔も消えない。
生き残ってしまって、申し訳ないって気持ちも消えない。
でも、私の中にそういう気持ちがあるっていうことを、褒め称えてくれる人達に伝えても、たぶん困らせてしまうだけだ。
だから、表には出せない。
心の中にこっそり壁を作って、壁越しに、ありがとうって手を振るしかない。
研究所で目覚めた時、エドアルド様が帝都にいたくないとおっしゃったのが、よくわかった。
この辛さを一番深く背負われているのは、あの時、ご自身で出撃すると決断されたギネヴィア様なんだと思う。
ギネヴィア様が、本館から出て極大魔法を打たれたから、私達は今も生きている。
私達だけでなく、麓の町の人達、帝都の人達が普通に暮らせているのはギネヴィア様のおかげだ。
でも、その決断があったから、ギネヴィア様の眼の前で、ベルゼさんは亡くなり、近衛隊長ほか騎士達も亡くなり、ユリアナさんは右腕を失った。
自分が命じたことで、身近な人が亡くなる。
騎士団とか警察なら、ままあることかもしれない。
でも、ギネヴィア様はお姫様だ。
騎士でもないし、警察官でもない。
なんの準備もなく、ご自身の責任で決断し、戦い、目の前で親しい人が斃れていくのを見てしまわれた。
病院に慰問に行った時、ギネヴィア様はいつものように、一人ひとり、眼をあわせて丁寧に励ましてらした。
患者の家族にも、怪我をした騎士や生徒がどれだけ立派に戦ったか、ギネヴィア様がどれだけ感謝しているか言葉を尽くしてお伝えになった。
でも、ユリアナさんのところに行った時は、様子が違っていた。
ギネヴィア様はなにもおっしゃらずに、ユリアナさんの左手を両手で握り、泣いてしまいそうになるのをどうにかこらえていらした。
ユリアナさんは「殿下、」となにか言いかけたきり、後はなにも言わず、ギネヴィア様をあやすように少し左手を揺らしながら、励ますような眼で見上げていた。
あの時、ユリアナさんに対して申し訳ないっていうお気持ちと、皇女としてそれを口に出してしまったらいけないっていうお気持ちの間で、揺れていらしたんだと思う。
極大魔法発動の後、本館へ戻ろうとするギネヴィア様に騎士達がついていこうとした時、怒ったように待機を命じられたのを思い出す。
転んだ私に覆いかぶさって、氷の杭から守ってくださったのを思い出す。
どちらも、皇女殿下がとるべきではない行動だ。
あの非常時に護衛を拒むだなんてありえないし、身分が下の者をその身を以ってかばうとか、もっとありえない。
きっと、あれ以上、ご自身のために誰かが傷つくのは、もう耐えられないと思われたんだ。
気をつけて見ていると、やっぱりギネヴィア様は以前とお変わりになった。
授業がない時に、将来の勉強を兼ねて公務にお供させていただくと、前には見ることのなかった、うっすらとした翳りを表情にまとわりつかせて、その場その場を「こなしている」ように見えることがある。
そのこなし方が完璧だから、大丈夫ですかってお聞きすることもできない。
ギネヴィア様は、常に完璧な皇女なのだ。
だから、辛くても泣いたりしない。
誰にも、なにもおっしゃらずに、辛いことなんて何もないように振る舞われる。
でも、このまんまで大丈夫なんだろうか。
どうもディアドラ様は、ギネヴィア様の苦しみにお気づきではないように見える。
ディアドラ様は今でこそほがらかな方だけれど、皇家とバルフォア公爵家の対立が激しかった頃は、心痛からかなり病まれていたそうだ。
だからお母様に心配をかけたくないというお気持ちが強いのか、ギネヴィア様は、ディアドラ様の前では、ことさらに明るく、憂いなく振る舞われる。
アルベルト様は、めちゃくちゃお忙しくて、ギネヴィア様とお話する機会がどんどんなくなっている。
研究所の再建という大きなお仕事に加えて、社会復帰?のためにダンスや乗馬、最低限の武術の練習をしないといけないし、他の皇族、準皇族との顔合わせもある。
子供の頃に隔離されて、人の顔を近くで見ることがあまりなかったせいだと思うけれど、人の顔を覚えて見分けるのがかなり大変みたいで、よくへんにょりされている。
泊りがけで研究所に行くことも多いから、学院にいた頃よりも会えないくらいだ。
それに、アルベルト様は、親しく仕えてくれた人達が、自分の決断のために次々と倒れていくのを直接見たわけではない。
研究所はもともと防衛拠点で、アルベルト様はあらかじめ定められた通りに起動したのだから、みずからの責任で出撃されたギネヴィア様とは、そこも違うし……
もしかしたら、ギネヴィア様のお苦しみは、アルベルト様とは十分共有できないかもしれない。
ギネヴィア様と似た経験があって、ギネヴィア様がお心を許せる方。
そういう方に、お話をしていただくのが一番良いと思った。
お一人だけいらっしゃる。
前線で魔獣と戦われていて、指揮経験もあるウィラ様だ。
思い返すと、3人のお姉様方の中でも、ウィラ様はギネヴィア様と特別なつながりがあるように見えた。
それは、自身の判断によって他人の人生を決定的に左右してしまう立場だという自覚を、ゲルトルート様やエミーリア様よりも明確にお持ちだからなのかもしれない。
ウィラ様に、改めて手紙を書いた。
私の思い込みかもしれないけれど、ギネヴィア様のご様子が以前と変わられたこと、誰にもお苦しみを打ち明けていらっしゃらないように見えることを書き、ウィラ様にならきっとギネヴィア様も本当の気持ちをお話されると思うので、帝都にいらしたらぜひお願いしますと書いた。
ついでに、エドアルド様がウィラ様を恋しがって、半死半生なことも書き添えた。
指揮官として褒め称えられるのが辛いとおっしゃっていたことも書いた。
エドアルド様、ウィラ様には弱いところを見せたがらないし、ウィラ様と会えなくて辛い辛いと言ってるわりには、このへんのことをちゃんと伝えてない気もするんだよね……
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