9.し、仕事が早いのです……
学院の授業は午前中2コマ、午後2コマとなっている。
ちょうどエミーリア様、ヨハンナ、私の4限が空いていたので、3限の授業に出た後、さっそく会議となった。
場所は、小春日和の日差しが降り注ぐ、食堂の窓辺の席だ。
「とりあえず、さっくりオーギュスト様のお顔を確認したいんですけど……」
前回は、ミハイル様とどうやって接触するかで無駄に悩んだので、さっさと確認してしまいたい。
「あ、それならもうじきいらっしゃると思うわ」
エミーリア様、なんと速攻オーギュスト様と私達を引き合わせるつもりらしい。
「し、仕事が早いのです……」
ヨハンナが引いている顔、わりと貴重だ。
と言っているうちに、肩先くらいの長さの、少し癖のあるプラチナブロンドをふんわりと流した、キラキラしい男子生徒がやってきた。
背はミハイル様とほぼ同じくらい?
だけど、細身で優美な物腰だ。
あー! ランチの前後とかによく女子生徒に群がられてる「王子様」っぽい人だ!!
なにしろこの方、顔がいい。
ペリドットを思わせる、淡い緑の瞳が輝くちょっとタレ目気味の眼に、すっきりした顔立ち。
薄く紅い唇が妙にセクシーでもある。
ミハイル様はがっつり男らしい顔立ちだけど、オーギュスト様は女顔っぽい整ったお顔で、まさしく女子が夢見る「イケメン貴公子」だ。
男子生徒の秋冬の制服は、ドレスシャツにジレ、テールコートを重ね、センタープレスを入れたトラウザーズと合わせたもので、オーギュスト様の制服も規定通りなのに、他の男子生徒とは全然違う洒落た服に見える。
立ち居振る舞いがきれいだからなのかな……
「見た目も麗しい方」とエミーリア様がおっしゃるだけのことはある。
自慢している気配は1ミリもなかったのが、オーギュスト様にお気の毒ではあるけど……
ぽかんと見ていると、エミーリア様、ヨハンナが立ち上がった。
私も慌てて立ち上がる。
「エミーリア、今日も麗しく」
オーギュスト様は、差し出されたエミーリア様の手を取り、甲に唇をつけた。
学院でも、初めて間近で見たわこんなの!!
二人ともお美しいし、阿吽の呼吸が合ってる感じで、ほんと絵になる……
ていうか、これだけ「王子様」っぽい人にこういう挨拶をされて、ぽわわ…ってならないエミーリア様のオジサマ好き、逆に凄いな!!
「オーギュスト様こそ。
お友達を紹介いたしますわ。
ミナ……ウィルヘルミナと、ヨハンナですの」
やばい、挨拶はヨハンナの真似しようと思ってたら、私とヨハンナだと、一応貴族籍がある私が先だった!
エミーリア様をちらっと見ると、両手でなにかをつまむような身振りをされた。
カーテシーつきで自己紹介するべきところっぽい。
「ベルフォード男爵が養女、ウィルヘルミナ・ベルフォードと申します。
この秋に編入した1年生です。
よろしくお願いいたします」
よし!今日は軸がぶれなかった!!
これもエミーリア様のご指導の賜物…!!
「これはご丁寧に。
名前で呼んでも、構わないかな?」
オーギュスト様が優しげに頷いてくださる。
その仕草と表情の優美さにびびりながら、ミナとお呼びくださいとお願いした。
「ゲンスフライシュ商会長が娘、ヨハンナ・ゲンスフライシュと申します。
同じく1年生でございます。
よろしくお願いいたします」
ヨハンナも可愛らしくカーテシーをし、こちらこそ、とオーギュスト様は頷かれた。
席に座り直すと、オーギュスト様はウエイターを呼び止めて、コーヒーを頼まれた。
オーギュスト様は私の事情をご存知のようで、学院には慣れたかとお訊ねになり、しばらく平民の生活と貴族の生活の違いの話が続いた。
男性が女性の手の甲にキスをするのを、初めて間近で見たというと、エミーリア様もオーギュスト様も大変驚かれた。
学院には貴族はいっぱいいるけれど、皆が皆、宮廷風に振る舞っているわけではない。
お姉さま方は、遅くとも学院入学前には婚約者が決まっていたそうだけど、私が仲良い子は男爵騎士爵平民の子が多くて、婚約者探しはまだまだこれからって雰囲気だ。
同じ学院生でも、皇族や上位貴族と下位貴族で、文化が違う印象がある。
「では、平民だと、ある程度以上に親しい男女はどう挨拶するんだろう?」
「ええと、手の甲にキスするというのは、どういう間柄の場合にするのですか?」
「んん、女性から手を預けられたらしているから、あまり考えたことがなかったな」
オーギュスト様、案外雑だった!
「では、エミーリア様はどういう方なら手を預けるのですか?」
ヨハンナもそのへんの機微はよくわからないらしく、エミーリア様に訊ねる。
自然に身についていることを言葉にするのは難しいのか、うーん、とエミーリア様は首を傾げて考えられた。
「信頼している方、かしら。
親戚や幼馴染でもちょっと、という方もいるし、学院からのおつきあいでも気心が知れた方なら、ということもあるわね」
オーギュスト様が面白がって、何人か共通の知人らしい男性の名を挙げた。
それをエミーリア様が、アリ、ナシ、とスパスパ両断していく。
オーギュスト様は、フラフラしがちな男はだいたいダメなんだね、と納得されているようだった。
「逆に言うと、まだそれほど親しくない間柄の方に手を預ける女性はビッチ扱いされるのです?」
ヨハンナの質問に、ビッチって、とオーギュスト様が苦笑する。
「そうとも限らないわ。
たとえばギネヴィア殿下が、公の場で挨拶に来た男性に手を預けなかったとしたら、その方のことを皇家は信頼していないということになってしまうでしょう?」
「なるほど。勉強になります」
さっそくヨハンナがメモしている。
「そっか。
プライベートだと個人的な親しみと信頼を表すためにする、公的な場だともうちょっと広げて、互いに良い関係にあることを周囲に示す、という感覚なんですかね??」
「ああ、そうまとめてくれるとわかりやすいね」
オーギュスト様が頷かれた。
よかった、男爵の養女で中身はただの村娘ってバレバレの私が、調子こいてろくに知らない上位貴族の息子とかに手を差し出したりしていたら、学院生活終わってた!!
「そう考えてみると、平民同士だと、手の甲へのキスに相当する挨拶はないかもです」
「そだねー、ちょっと思いつかないや」
とかやっていると、侍女がやってきた。
そっと耳打ちされたエミーリア様が、あら、と声を漏らされる。
「ごめんなさい、失礼しなければならなくなってしまったわ。
……どういたしましょう」
え、なんか小芝居感漂ってるんですけどなにこれ。
エミーリア様、最初っから逃げるつもりで仕込んでいたんじゃ……
先に打ち合わせしてからにしてほしかったああああ!!
「いや、このまま話していくから、気になさらず」
「すみません。またいずれ」
にっこりと笑むと、後はよろしくと言わんばかりに、エミーリア様はヨハンナと私に眼を合わせて立ち去った。
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