私、お手振りなんてできないですしッ
どういうこと?って顔で、3人とも私の顔を見上げている。
なにか……なにか言わないといけない。
「だって……だって!!
私、お手振りなんてできないですしッ」
え!?そこ!?と3人はぶったまげた。
「いやいやいや……ミナ、落ち着いて。
お手振りは、わたくしの趣味だから!
妃殿下になったら、必ずしなければならないわけじゃないのよ!?」
慌てたギネヴィア様がめっちゃ早口でおっしゃった。
「ギネヴィアのお手振りは凄いからね。
あれをやれと言われたら、私も困る」
皇太子殿下はちょっと面白がって頷いている。
そういうものなの?って、一瞬きょとんとしてしまったけれど、お手振りしなくていいなら妃殿下になれるってわけじゃ絶対ない。
お手振りが問題なんじゃなくて、ええと……
「それに、皇族に嫁ぐって、めちゃくちゃお金がかかるんでしょう!?
そんなお金、領主様に出してくださいなんて絶対言えないです!
学院のお金だって、服とか身の回りのものとか用意していただいてるのだって、ほんと申し訳なくてどうしていいかわからないのに!!」
帝国博物館に、アントーニア様のお姉さまである皇太子妃殿下がお嫁入りの時につけられていた、ティアラやドレス、7メートルくらいある長い長いヴェールが展示されていた。
どれも最高級のもので、ギーデンス公爵家が総力を上げてあつらえたものだと書いてあった。
それとは別に、身の回りのものもたくさん新調しているだろうし、嫁いだ後、妃殿下が自由に使うためのお手元金も相当な額を用意されたはずだとか。
ヨハンナは、諸々合わせて、帝都旧市街の屋敷が買えるくらいのお金をどーんと突っ込んだんじゃないかと言っていた。
皇太子殿下への嫁入りと、これまで気配をなるたけ薄めていたアルヴィン皇弟殿下への嫁入りだと、式の規模や支度はだいぶ違うかもしれないけど、たとえば男爵家同士の婚姻とはきっと桁が1つ2つ違う。
「そのあたりは……
ええと、叔父様、皇族費は全然使ってらっしゃらないでしょう?」
ギネヴィア様はアルベルト様に振った。
「そそそうだ! 嫁入りの費用は全額俺が持つ!
所長の報酬だって、10年分、ほとんど残っているからなんとかなるはずだ。
だから、男爵家には迷惑をかけない!」
アルベルト様がのっかって、きぱっと言う。
「それで済むはずがないじゃないですか!
養女とはいえ、身一つで嫁にくださいって言われて、はいわかりましたって、なんにもせずに送り出すような人じゃないんですよ領主様も奥様も!!」
キレた。
男爵夫妻は、情に篤い人達だ。
この間、奥様とお話されたし、そのくらいのことはアルベルト様だってわかってるって思ってたのに、お金さえ出せばいいんだろうって……
男爵家をバカにしてるの!?って思ってしまう。
あーあーあー、なんか今、私、おかしくなっちゃってる。
おかしいってわかってるのに、止まれない!
「それにッ
私、色々色々教えていただいてるのに、高貴な方々の間でどう振る舞ったらいいのか全然わかっていないんです!
今日だって、いつ名乗ればいいんだろう、もしかしてものすごい失礼なことしちゃってるんじゃないかって……
たくさんたくさん罠がしかけてあるところを、目隠しして歩いてるような気持ちなんです!
……ていうか、今、やらかしちゃってるんですけど!
そこだけはわかってるんですけど!!」
そう、やらかしてる。
私は、今、めっちゃやらかしてる。
「今日の状況なら、叔父様があなたをお兄様に紹介するべきだったの。
でも叔父様は、そのあたりのことはちっともわかってらっしゃらないし、それは皇家がずっと塔に押し込めていたせいなんだから、お兄様だって気になさらないわ。
そうよねお兄様!?」
ギネヴィア様は、皇太子殿下に「異論は許さない!」とバキッとした視線を向けた。
気圧された皇太子殿下が「もちろんだ」と頷く。
「どうしていいのかわからなくて困ったでしょうけれど、無理やり割り込んで名乗ったりしなかったのだし、あなたはちゃんと判断できてるわ。
大丈夫、ミナならできるわ」
ギネヴィア様がおろおろしながらおっしゃってくださるけれど、そこでまたぐああっと逆上してしまった。
「そういうんじゃないんです!
できるかできないかじゃなくて、怖いんです!!
怖くて怖くて、もうどうしていいかわからないんです!!」
思わず怒鳴ってしまって、ギネヴィア様は息を飲んだ。
思いっきりショックを受けていらっしゃる。
ギネヴィア様は皇女様だ。
お姫様だ。
大事に大事に育てられて、怒鳴られたことなんて、きっとないのに。
あああああああああ!どうしよう!!!
ずっと、私のことをかわいがってくださったギネヴィア様に、ひどいことをしてしまった。
皇太子殿下の前で、めちゃくちゃ失礼なことをしてしまった。
せっかくアルベルト様は私と結婚したいって、はっきりおっしゃってくださったのに、私が潰してしまった。
終わりだ。
私、終わりだ。
全身がぶるぶる震えて来る。
どうしよう、男爵家に迷惑がかかったら。
ぶわっと涙が溢れる。
身体がぐらぐらしてきて、立っていられなくなって、ぺたんと床にしゃがみこんでしまった。
床に伏せながら、子供みたいに大声で泣いてしまう。
こんなの、村でだってダメな子だ。
なのに止められない。
アルベルト様がソファから降りて、私の背中を撫でてなだめようとしてくださるけど、もうほっといてって振り払ってしまった。
アルベルト様がびくっとしたのがわかるけど、そっちに顔を向けられない。
嫌だ。
もう嫌だ。
帝都なんか嫌だ。
皇宮なんか嫌だ。
このまままっすぐ村に走って帰って、自分の寝床に潜り込んで一生そこから出ないでいたい。
いいね&ポイントありがとうございました!
「ギネヴィア様は、皇太子殿下に「異論は許さない!」とバキッとした視線を向けた。」というところ、最初「刃牙っとした視線」と変換されてしまい、ギネヴィア様強い…強い…となりました。




