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いいじゃないか身内なんだから

 小宮殿の敷地の端と端まで離れても大丈夫になったところで、アルベルト様はお母様のお墓にお参りしたいとおっしゃった。

 皇家の廟は皇宮の奥、馬車で小一時間かかるところにあった。

 壮麗な廟には皇族しか立ち入れないので、私はなるべく近くに停めた馬車で待機だ。

 1時間ほどお待ちしていたら、少し眼が赤くなっていたけれど、晴れやかなお顔をして戻ってらした。

 なんでか「ただいまー」っておっしゃったので、「おかえりー」ってむぎゅーってした。


 とかやっていると、授業再開ということになった。


 まだ疲れやすさは抜けないのだけれど、びしばしとガリ版で刷った副教材や、理解度を確認するテストやら課題が送られてくる。

 アルベルト様もアルベルト様で、装置アパラート修復に向けて報告書を読んで指示を出したり、願い書を承認して魔導省に回したりといった魔導研究所の仕事のほかに、先代陛下のお葬式で顔をあわせることになる叔父や叔母、兄弟姉妹、従兄弟、甥姪達などなど200人以上の名前と立場を覚えて、礼法を最低限身につけなければならない。

 アルベルト様は、親戚の勉強を面倒がって、すぐ後回しにしたがった。

 ウラジミール様にお礼の手紙と一緒にお祭りクッキーを大量に焼いてお送りしたので、その残りをご褒美にしたり、膝枕でなだめて、なんとか取り組んでもらう。


 午前中は、いい感じに木陰になる、中庭に面したテラスで勉強するのが日課になった。

 エスペランザ語会話の練習として、アルベルト様に『皇族譜』をエスペランザ語に訳しながら読み上げてもらって、私もエスペランザ語で質問していると、ふと、木立の向こうが、なんだかがやがやしていることに気がついた。


 この小宮殿のあたりには、あまり人が来ないので珍しい。

 お見舞いに来てくださるのは、ギネヴィア様、第三皇妃様のほかはバルフォア家の方くらいだけれど、バルフォア家の方なら必ず事前に申請があるし、玄関じゃないところから来るだなんておかしい。

 アルベルト様も読むのを止めて、なんぞ?と木立の方を見ている。


「ギネヴィア様がいらしたのかも?」


 公務に社交にお忙しいギネヴィア様にも、忖度なしで課題は出ている。

 一人で自習するのはしんどいので、昼前にいらっしゃると知らせがあったのを思い出した。

 でも、ギネヴィア様がいらっしゃるときは、近衛騎士一人を連れてさっといらっしゃるのに、いつもより人が多い感じがする。


「なんだろな」


 アルベルト様がいぶかしげに眉を寄せて立ち上がったところで、栗色の髪のすらっとした男の人が木立の間を抜けてやってきた。

 年は20代後半くらい。

 飄々とした感じが、アルベルト様にちょっと似ている。

 薄墨色の夏の喪服を着て、喪章もつけている。


「……お兄様!!

 先触れもなしに!!」


 その後ろから、やはり薄墨色のデイドレスをお召しになったギネヴィア様がいらした。

 めっちゃ慌てていらっしゃる。


「いいじゃないか身内なんだから。

 叔父上、私のことを覚えていらっしゃいますか?

 ウルリヒです」


 ウルリヒって……皇太子殿下だ!!


 あわわわわわとなりながら、とりあえず立ち上がる。

 確かにこの展開は、心の準備をする時間がほしかった!!

 やばい。

 私は奥様に見苦しくないように気をつけなさいって言われて、制服に喪章をつけているけど、アルベルト様は、しんどくなったらすぐ横になれるように、ほぼ部屋着同然の、ゆるっとした白の麻の上下だ。


 アルベルト様は、んじー……と皇太子殿下を見つめている。


「あー……ウルリヒあにうえ?

 雛の宮で、魔導書を読んでくれた……」


 あざとく、こてんと首を傾げながら、アルベルト様はおっしゃった。

 皇太子殿下は破顔した。


「そうそうそう!

 早く見舞いに来たかったんだが、なかなかなかなか。

 ようやく少し時間が空いてね。

 いきなり押しかけて来た上にねだるようで悪いが、茶でも飲もう」


 にこやかに皇太子殿下はおっしゃっる。


 皇太子殿下の方が身分は上。

 でもアルベルト様は殿下の叔父。

 でもでもアルベルト様の方が年下で、ちっちゃい時に面倒を見ていたこともあるからか、目上に対する態度と、年下の親戚に対する態度が入り混じってるみたいだ。


「お見舞いありがとうございます。

 茶ももちろん構いませんが……」


 アルベルト様は、きょとんとしている。

 私はいつどういうタイミングでどうご挨拶したらいいのかもわからなくて、固まる。


 あ! 私がお茶を淹れるか、お茶を誰かに頼むかしないといけないのかな?

 でも饗応の差配は、女主人がやるものだよね?

 アルベルト様のおまけみたいな感じでここに置いてもらっている私がしたら、逆にでしゃばってるってことになったりしない?


「……とりあえず、サロンに入りましょう」


 ギネヴィア様が、「無茶振りにもほどがある」ってお顔で、皇太子殿下の方を軽く睨みながらおっしゃった。




 テラスとつながったサロンには、肘掛け椅子やソファが置いてある。

 ギネヴィア様が侍女のクリスタさんをさっと呼んで、お茶の支度を頼んだ。

 

 皇太子殿下が部屋の一番奥にある大きな肘掛け椅子に座り、その脇のカウチにギネヴィア様がお座りになる。

 よく考えたら私はギネヴィア様の侍女見習いなんだし、壁際にでも立って待機しとくとこ?とおろっとしたけれど、アルベルト様に引っ張られて、両殿下と向き合うソファに座ることになってしまった。


 座ってしまってから、座る前にカーテシーして名乗らなきゃいけないんじゃないの!?て、さらにあわあわしてしまう。

 あれ? でもご挨拶するにも、お許しいただかないといけないんだよね??


 皇太子殿下はアルベルト様と私を眺めて、微笑んでいらっしゃる。

 無視されているわけじゃない。

 けど、ご挨拶のタイミングが全然わからない。

 どうしたらいいの?

 

 ギネヴィア様に初めてお目にかかったときもあわあわだったけれど、あの時は「これは練習ですよ」って、ギネヴィア様が許してくださる雰囲気があった。


 今は違う。

 皇太子殿下はにこやかで、人好きがする感じの方だけれど、なんというか……圧が強い。

 同じ皇族でも、アルベルト様とも、ギネヴィア様とも、ファビアン殿下とも、導師ティアンとも、全然違う。

 仕草や視線の動きの一つ一つが鮮やかで、一つ一つに意味があるように感じられる。


 次の皇帝になる方だってことが、自然に伝わってくる。

 緊張で、身体がこわばって、喉がカラカラだ。


 ギネヴィア様の方をそっと見ると、「とにかく落ち着いて」という感じで小さく頷いてくださった。

 私がご挨拶できる流れを待てばいいのかな……

 挨拶とか礼儀作法とか、定型を覚えてその通りに振る舞うのって面倒だなってちょっと思ってたけど、定型通りにやらないと、上の立場の人はとにかく、下はめちゃくちゃやきもきしてしまうんだなって今更ながらよくわかった。


 クリスタさんがお茶を淹れて配り、壁際に待機しようとしたけれど、皇太子殿下がそちらに目を向けると、何も言われていないのに、頭を下げてすっとどこかに消えた。


 子供の頃の思い出話をしながら、皇太子殿下はお茶を飲まれた。

 アルベルト様は、なんにも考えてない笑顔でお茶を飲む。


 アルベルト様、ちっちゃい頃から魔導理論書を読みたがって、たまに雛の宮に来る年長の皇族方に誰彼構わずねだっていたらしい。

 読むだけならいいけれど、そのくらいの年頃の子によくある「どうしてどうして」攻撃が凄いので、多くの方が逃げ回っていた。

 皇太子殿下だけは面白がって読んでやっては、「どうしてどうして」にも出来る限り答えていたそうだ。


 どうしてお空は青いのに、風魔法は緑なの?とか、きゃわわすぎる。


 青だと水とかぶるから?って思ったけれど、よく考えたら水って無色だよね?とか勝手に混乱してたら、ギネヴィア様がどう答えたのかと皇太子殿下にお訊ねになった。

 普通に四大元素論からだと説明したのだと、殿下はおっしゃった。

 ですよね……


 そんな感じの、久々に会った親戚っぽいゆるい雑談にギネヴィア様は相槌を打ちながら、優雅にお茶を召し上がっている。

 私は、カップに触ったら粗相する予感しかしないので、こわばった顔のままひたすら頷く置物になっていた。


「ところで叔父上、今後はどうされますか?

 研究所を離れて、好きな道へ進まれても良いのではないかという話も出ているんですが」


 皇太子殿下は軽い調子で、大事な話を振ってきた。

 もしかして、アルベルト様のお祖父様の根回しが効いたのかな。

 ギネヴィア様は軽く眼を伏せていらして、反応がわからない。


 んんん?とアルベルト様は考え込んだ。

 好きに申し上げていいですか?と訊ねて、皇太子殿下が頷かれたので、考え考え口を開く。


「俺の希望としては……

 少なくとも、修理が終わるまでは研究所に関わりたいです。

 どうせ直すのなら、起動した時の経験も活かした改修をすべきですし。

 ただ、魔導考古学に本気で取り組みたい、現地調査にも行きたいとずっと思っていたので、今までのように主塔に籠もり切りではなく、自由に動けるようになればと思います」


「なるほど」


 皇太子殿下は頷く。


「それと、皇族でなければ閲覧できない資料が、帝国にはかなりありますから、立場としては皇族のままでいられれば。

 公務は最低限、その代わりに研究で貢献するという形が望ましいですが」


 え!?

 アルベルト様、皇族のままでいるの!?

 臣籍に降りるとか、しないの!?


 それにも皇太子殿下は頷いた。


「あとは、このウィルヘルミナ・ベルフォードを妻としたいと思います」


 にっこり笑って、アルベルト様は私の手を取った。


 皇太子殿下が私に目を向ける。


 駄目だ。

 無理だ。

 そんなの絶対無理だ!!


 血がかーっと頭に上る。

 アルベルト様の手をばっと払って、びゃっと立ち上がってしまった。


「あ、あたしッ

 妃殿下になんてなれませんッ!!」


 後先考える前に、叫んでしまった。


 アルベルト様がびっくりして私を見上げたまま、固まっている。

 ギネヴィア様も、ぽかんと私を見ている。

 皇太子殿下の眼がすうっと細くなる。


 やっちゃった!!

 やってしまった!!


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