誕生日でしたね、私。
まだお昼を回った頃なので、すぐに出れば夕方には帝都に着く。
ジャレドさんは、もう少し様子を見てからと渋ったけれど、先代皇帝陛下崩御と聞くとそれ以上は反対せず、公爵家の馬車で帝都に戻ることになった。
というか、ギネヴィア様からの迎えというのが、先代公爵閣下だったのだ。
ギネヴィア様から、アルベルト様は魔力切れから回復次第、いったん帝都に戻ることになると知らせがあって、では自分が迎えに行こうと、数日前から麓の町で待機されていたそうだ。
てっきり、帝都から迎えが来るのかと思ってた。
アルベルト様の着替えを取りに、アルベルト様、エドアルド様と3人で主塔の研究室に上がった。
戦いの時に揺れたのか、棚から落ちたものがちょいちょいあったけれど、そこまで荒れてはいない。
父さんの赤の貴腐ワインも無事で、ちょっとほっとする。
当座の着替えと研究ノート、本を何冊か、父さんのワインも持っていくことにした。
3人になったところで、例のエルスタルの絵と草稿はどうしようってなった。
さささっと相談して、どういう環境で暮らすことになるのかわからないし、身につけていたら逆に危ないかもしれない、ここに置いていった方がマシかもしれないということになる。
アルベルト様は絵と草稿を書類入れに入れて「封印」をかけ、さらに資料箱に入れてもう一度「封印」をかけた。
エドアルド様は研究所に残るとのことで、この部屋に人が近づかないようにするとおっしゃった。
それにしても、アルベルト様はお父様が亡くなったこと、どう感じてるんだろう。
見た目には、ものすごく淡々としてらっしゃるけれど、いつもと違う。
なんていうか……「見えない壁が厚くなっている」感じだ。
でも、どういう風に声をかけたらよいのかわからない。
あわあわしながら、とりあえず荷造りを手伝うしかなかった。
「ああああああああああ! そうだった!!
ミナ!!! 誕生日おめでとう!!」
だいたい揃ったかな、忘れ物はないかなってあたりを見回したところで、アルベルト様は声を上げて、細長い箱を棚から取り出した。
「ほへっ!?
あ、そうですね。
誕生日でしたね、私」
すっかり忘れてた。
10日間、寝倒してるうちに、誕生日が過ぎていた。
エドアルド様も、おめでとー!とのっかってくださって、えへってなる。
アルベルト様に、淡いピンクのリボンをかけた箱を渡された。
「ありがとうございます!」
開けてもいいのかな?ってアルベルト様を見上げると、開けて開けてとにっこにこだ。
開けた。
シンプルな、金の丸い枠に綺麗にカットされた深い蒼い石が嵌ったペンダントだ。
石は大きくて、私の親指の爪くらいの大きさがあった。
「ふあああああ、凄い!
アルベルト様の瞳の色みたい!
ありがとうございます!!!」
めっちゃテンション上がる。
アルベルト様に、つけてつけてってねだると、「え、俺が?」ってちょっと困った顔になる。
背中を向けて早く早くってねだった。
「レディ・ウィルヘルミナ。
そういう時は、向かい合った状態でつけてもらうんだ。
その一瞬のために、男はペンダントを贈るんだから」
エドアルド様から指導が入って、そういうもの?ってアルベルト様の方を向く。
アルベルト様は、どうやってつけるのって戸惑われてたけれど、そこもエドアルド様がちょいちょいやり方を教えてくださって、無事つけてくださった。
むぎゅーってするのとは違う、身体が間近にあるけれど、触るか触らないかって感じでつけてもらうので、逆にちょっと照れる。
かわいい?かわいい?って見上げると、アルベルト様は耳まで赤くなって、こくこく頷いてくれた。
普段でもつけられるようにシンプルなデザインにしたと、もがもがとおっしゃる。
ずっとつけてますね!て言うと、エドアルド様が微妙顔になって「とても価値のあるものだから、盗まれたりしないように気をつけて」とおっしゃった。
エミーリア様から、色のついた宝石は、基本的には濃く発色しているほど価値があるんだと教えていただいたのを思い出す。
というか、サファイアなのかなこれ?
サファイアでこの大きさって、すごく高価なものなのかも……
盗られたりしたら厭すぎるので、気をつけますって、頷いた。
て、アルベルト様のお祖父様をおまたせしてるんだった!
研究室の扉にも鍵と「封印」をかけ、正面玄関に降りると、車寄せに閣下の馬車が停めてあった。
艶のある藍色に塗った四頭立ての大型馬車だ。
荷物を積み、どう座るかでまごまごしたあげく、閣下、アルベルト様、私と並んで座る。
閣下の秘書さんは、馬に乗って馬車の前後を走るようだ。
護衛を兼ねているのかもしれない。
エドアルド様、所長代理、ジャレドさんほか研究員の方に見送られて出発する。
戦いの様子やら、魔力切れからの復活の経緯をアルベルト様が閣下に説明した後、しばらく、アルベルト様が小さい頃の思い出話が続いた。
アルベルト様、どうもお祖父様大好き甘えっ子だったようだ。
高い高いをねだりまくってお祖父様をへとへとにさせたりしたちびっこアルベルト様、きゃわわすぎるでしょ!?と聞いていたら、ふとアルベルト様が閣下の方に向き直った。
「お祖父様。
父上は、結局どういう方だったんでしょうか。
俺には父上の記憶が、ほとんどないんです。
なにか……酷く叱られた覚えくらいしか」
ふむ、と閣下が口髭をひねる。
「皇帝としては、まず明君のうちに入ろう。
治世の前半で、長年の懸案だった帝国中南部の治水事業を完成させて大穀倉地帯とし、国力をさらに高めた。
もつれていた税制の改革も、もう少しやりようはあったと思うが、とにかく決着をつけたしの。
やたら妃を娶り、子を産ませたがったのを差し引いても、十分に帝国を富ませた。
儂は陛下のお考えに反対することが多かったが、それでも優れた皇帝であったとは思うておるよ。
だが、人としてみるなら……」
遠い目になりながら、閣下は言葉を選ぶ。
「不幸な方であった、ということになるのかの……」
「「不幸な方」」
アルベルト様と声が揃ってしまった。
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