「外」は面倒なんだな……
おろっとしていると、閣下はぽんと両手を打った。
「おお、あれか!
ギネヴィアが侍女候補にした娘か!」
「そうです、それです!
その、ほんとは田舎のブドウ農家の娘なんですけど、うっかり魔獣を光魔法で倒してしまって、領主様の養女になって、学院に入れていただいて……
なんにもわからなくて、やらかしてばっかりですけれど、アルヴィン殿下にもギネヴィア様にもよくしていただいてます!」
あわあわと説明して頭をがばっと下げると、閣下は、はいはいはいと頷いた。
「お祖父様。
俺が魔力を失って死にかけていたところに、ミナが駆けつけてくれて、全力で魔力を注ぎ込んで助けてくれたんです。
本当なら、ミナも命を失うところでした。
その前に、ギネヴィアが極大魔法を打てるよう、魔獣の群れから守り通してくれました。
ミナがこれほど尽くしてくれなければ、俺も、ギネヴィアも、お祖父様に二度と会えなかったんです」
アルベルト様は、私の肩を抱き、熱をこめて閣下に告げた。
「そうかそうか……」
閣下は私の方に向き直ると、うるうるな眼で私の両手を取った。
温かい大きな手に両手をがっしり握られて、ひょああってなる。
「アルヴィンだけでなく、ギネヴィアもか。
あれも儂にとっては不憫な、それだけに可愛い孫での……
ありがとう、レディ・ウィルヘルミナ。
ありがとう!」
そのまま、ぶんぶんと手を振りながらお礼を言われて、あうあうになってしまう。
わけがわからないまま動いてたら、なんとかなっただけなのに!
こういう時、どう言ったらいいの!?て、アルベルト様を見上げても、にっこにこで笑ってるだけだ。
「いえ、そんな、あの……」
エドアルド様!助けて!て眼を泳がせていると、閣下もエドアルド様に気がついた。
「ええと、そちらは?」
「ご無沙汰しています、バルフォア卿。
ブレンターノの次男、エドアルドです」
エドアルド様は、右手を胸に当て、左脚を軽く引いた。
「ああああ!? エドアルド君か!
ひ、久しいな!!!」
閣下は、私の手をそっと離すと、めちゃくちゃ視線を泳がせた。
エドアルド様は、ほんわり微笑みを浮かべる。
「ご心配なさらず。
事情は理解しておりますので」
「お気遣い、感謝する」
閣下が軽く頭を下げる。
エドアルド様と閣下のやりとりの意味がわからなくて、アルベルト様も私もきょとんってなる。
「孫とはいえ、皇族であるからには、人前では殿下と呼ばねばならぬ。
それがすっかり頭から抜けてしもうての」
しまったしまったと閣下は照れ笑いをしてる。
きゃわわ!
アルベルト様はそういうものなのかってびっくりしている。
「レディ・ウィルヘルミナ。
君はギネヴィア殿下から名で呼んで良いと許されているが、学院の外では殿下と呼ぶように言われてないか?
それと同じことだよ」
エドアルド様が補足してくださった。
「あ!そうでした!!」
学院や内々の場は例外で、基本的には「ギネヴィア殿下」と敬称をつけて呼ばないといけないと、ユリアナさんに教えてもらったんだった!
というか、今、普通にギネヴィア様って言っちゃってたのもほんとはNGってことか。
「外は面倒なんだな……」
アルベルト様がぼそっと言った。
「……御前」
放り投げられた杖を拾って、少し離れたところから見守っていた秘書さん?が、閣下に声をかけた。
ああ、と閣下が頷き、表情を消した。
アルベルト様にしっかり視線をあわせる。
「アルヴィン殿下、辛いことをお伝えせばなりません。
……お父上である先代皇帝陛下が崩御されたと、昼前に発表がありました」
は?とアルベルト様が軽くのけぞった。
え!?とエドアルド様も私も声が出る。
先代陛下、お年ではあるけれど、お病気とかそんな話は一度も聞いたことがない。
新年の舞踏会では全然お元気だったし。
超遠くから、挨拶されるのを見ただけだけど。
「父上が…………なぜ?」
アルベルト様の眼が険しくなった。
「10日ほど前から、ご不予であらせられたとのことで。
詳しいことは、皇宮にて説明があるかと」
「10日ほど前から」
アルベルト様はオウム返しに繰り返して、眉を寄せた。
少しうつむいて、なにか考え込んでいる。
エドアルド様も、なんだかおろっとされている。
ああそうか。
ちょうど、魔獣襲来が起きた前後に先代陛下は体調を崩されたということか。
関係がある……の?
よく考えたら、閣下がお召しになっている薄墨色は、大陸で広く使われている喪の色だ。
さっき発表があったというのに、もう着ていらっしゃるというのは早すぎる気もする。
既に亡くなっていて、今日の昼発表するとあらかじめ決まっていたということ?
なんだかよくわからないけれど、なんだか変だ。
ややあって、アルベルト様は「では、皇宮に向かいましょう」とだけおっしゃった。
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