今、頭にヤカンのっけたら普通に沸騰する!!
どうにもできなくて飲み込まないいけないこと、やり過ごすしかないことが多すぎる。
身体は不思議とそこまで疲れてないけれど、心がくたくただ。
アルベルト様が外に出てみたいって言い出したので、3人で少し散歩に出ることにした。
さらっとアルベルト様が手をつないでくる。
もじもじしつつ振り返ると、エドアルド様は気を利かせてくださって、少し距離をとって後ろからついてくる感じになった。
短い坂道を登って、研究所の正面が見えたところでアルベルト様は足を止めた。
改めて、感慨深げに見上げている。
そっか。
主塔から外に出ることがなかったアルベルト様にとっては、ここに来た10歳の時に見たっきり、10年間見ていない風景なんだ。
つないだ手をそっと揺らして、ゆっくりと残りの坂道を上がる。
研究所のこちら側はほぼ無傷。
といっても前庭には、資材とかが運び込まれて、あちこちに積まれているけれど。
そのまま研究所の脇を抜ける。
あんなにたくさんあったワイバーンやヘルハウンドの死体は、もう跡形もない。
壁が崩落して出来た穴はとりあえず防水布で塞がれ、地面に落ちた破片も、小さいものは集められ、大きなものにはチョークで番号が書かれてたりして、修理の準備が進んでいるようだ。
私達に気づいた作業員さん達がお辞儀をする。
私が「お疲れ様です」と会釈を返すと、アルベルト様はちょっと慌てて会釈をした。
野原の方に出た。
研究所の周りは野原より少し高いので、北側の端っこの森まで見渡せる。
「……なるほど。
これは凄いな」
晴れているけれど、野原のほぼ北半分は、まだ泥っぽい、ぬかるんだ土の色だ。
泥に呑まれた厩舎の屋根のはしっこ、真っ二つに割れてそれぞれ違う方向に大きく傾いている武道場も見えた。
学院の建物の復旧は手つかずのようだ。
遠くの方で、膝下まで埋まってなにか作業をしている人たちがいる。
エドアルド様が、魔石を回収しているのだと教えてくださった。
今は抜けるような青空、あの空を覆うように、ギネヴィア様が魔法陣を展開していた光景を思い出す。
血みどろの戦いを思い出す。
なんだかもう、遠い夢の中の話のようだ。
私の感覚では、たった数時間前のことなのに。
アルベルト様は、草地の上をふらふらっと進んで、少し小高くなったところでしゃがむと、地面に手を伸ばした。
生えている雑草に触れ、シロツメクサの花を一本折り取ると、立ち上がる。
「……この花は?」
「シロツメクサです。
帝国だとわりとどこにでも咲いてる雑草……ってことでいいんですかね」
エドアルド様の方を振り返ったら、頷いてくださった。
そうか、とか言いながら瓶底眼鏡を外すと、アルベルト様はくるくると花を回し、小さな小さな花が集まって、まるっこい形を作っている構造をまじまじと見つめている。
塔の研究室からも、シロツメクサが咲いているのは毎年見えたはずだ。
でもあの高さからだと、白い点が散らばっているようにしかきっと見えない。
植物図鑑も研究室にはあったと思うけれど、実物を見たり触れたりするのとは違う。
エドアルド様も私も、なんとなく無言のまま見守っていたら、ふとアルベルト様が顔を上げた。
研究所の方から、杖を振り振り、年配の男性──60歳を越したくらいに見える人が早足でこっちに来る。
白髪をオールバックにして肩先で跳ねさせ、同じく白い口髭もピンと跳ねさせている。
薄墨色の絹の服の腕には、黒い喪章をつけていた。
眼光が鋭く、人に命じるのに慣れている雰囲気がある。
同じく喪章をつけた、がっしりした男の人が後からついてきてる。
上位貴族と、その秘書という感じだ。
アルベルト様は眼を細めて、その人をじっと見つめた。
「……お祖父様?」
まさか、と首を傾げながら呟く。
アルベルト様のお祖父様……
というと、父方の祖父である先々代皇帝はとっくの昔に亡くなっているから、母方の祖父、ギネヴィア様のお祖父様でもある先代バルフォア公爵!?
「アルヴィン!? アルヴィンか!?」
アルベルト様は弾かれたように先代公爵閣下の方に向かい、先代公爵閣下も杖を放り投げてアルベルト様に駆け寄った。
がしっと2人は抱き合った。
ややあって、先代公爵閣下はアルベルト様の顔を両手で挟んだ。
「この眼、ガラテアに生き写しだ!
再び相まみえることができるとは!」
ガラテア、というのはアルベルト様のお母様の名前だ。
泣き笑いしながら、アルベルト様と同じく藍色の瞳をした先代公爵閣下はわしゃわしゃとアルベルト様を撫でまくった。
アルベルト様も、「お祖父様、お祖父様」と子供のように泣きじゃくりながら閣下にしがみついている。
私もうるってきた。
アルベルト様は、ずっとひとりぼっちで。
親しい人とも、顔をあわせないように工夫しないとお話もできなくて。
それでも飄々と暮らしてらしたけれど、やっぱり会いたい人に会えなくても平気っていうわけじゃ全然なかったんだな……
15年ぶりに再会した祖父と孫がようやく少し落ち着いたところで、あ?と先代公爵閣下はなにか思い出したように首を傾げた。
「アルヴィン、例の魅了はどうなったのだ?
あの話は、皇家の謀りだったのか?」
「いや、そういうわけではなく……
俺の魅了は、今回のことでなくなったようなんです。
色々あって説明がややこしいんですが。
あ!そうだ、ミナ!」
うるうるで見守っていたところで、急に呼ばれて、ひあ!?てなった。
えとえと?とアルベルト様の傍に行くと、逃さないと言わんばかりに強く肩を抱かれる。
「お祖父様に紹介します。
俺の恋人、ウィルヘルミナ・ベルフォードです!」
「「は!?」」
閣下と声が揃ってしまった。
「こここここ恋人って……!!」
くああっと真っ赤になる。
ふしゅふしゅだ。
今、頭にヤカンのっけたら普通に沸騰する!!
閣下は、不思議な生き物を見るように私をまじまじと見た。
「あ、あの……
ベルフォード男爵が養女、ウィルヘルミナと申します」
あんなに練習したのに、カーテシーもなにも頭から吹っ飛んで、へこっとお辞儀をしてしまった。
「ベルフォード男爵家とな?」
男爵家と聞いて、閣下の眼が鋭くなったように見えて、息が詰まる。
やっぱり男爵家の名ばかり令嬢なんか、アルベルト様には釣り合わないって怒られるのかも……
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